二杯目 流行り酒のこと
これは川野から聞いた二つ目の怪談である。口に含んだ水は吐き出したようだが、歯茎がふやけたらしく滑舌がまわっていない。これまた聞き取りにくい。
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昔、祖父が酒のことについて教えてくれた。
江戸で飲まれる酒の過半は
※下り酒…
※摂泉十二郷…
江戸や東国にも酒蔵はあったが、下り酒の味に匹敵するものは少なかった。
しかし
※造り酒屋…酒を醸造して売る店
※醸す…穀類をこうじにし、水を加えて、酒・醬油などを作ること
酒好きであった祖父は
そのうち人づてに
この酒は小さな酒屋が作っていたために出回る量が少なく、たちまち値上がりを起こして入手が難しくなっていった。
祖父は墓参りへ行くこととなった。彼岸にはまだ早かったが菩提寺から帰る道すがら、
道中の暑さに耐えながら、帰りの酒を楽しみにしていた祖父が菩提寺に着くとなにやら騒ぎになっている。
無縁墓が荒らされていた、というのである。もはや供養する者のいない無縁仏を暴いたところで金目のものがあるわけでもなし、奇妙なことであった。
墓参りを済ませ、住職と法事の話などをして祖父は帰途についた。既に昼過ぎであり、日暮れまで幾ばくもないという時間になっていた。
足早に歩を進め、
店構えはあばら家と言っても過言ではないほど粗末であった。
帰路を急いでいた祖父は店の裏へ回った。裏手の戸が少し開いており、中からはかすかだが物音が聞こえてくる。店主に声を掛けようとした祖父は開いている戸から顔を出し、中を覗いた。
薄暗い店の中では店主らしき男が下を向き、黙々と
酒樽の底はなにやら黄土色の球や棒、何かの欠片に満ちていた。暗闇に目が慣れてくるとそれらが何であるか、祖父は理解した。
人骨であった。
豪気な祖父もこのときばかりは、恐怖と驚きのあまり叫び声を上げた。危うく腰を抜かしそうになるが足を踏ん張り顔を上げた。
店主がこちらを見ていた。濁った
もはや声すら上げられず、祖父は一目散に家へと走り、布団に潜り込んだ。
ほどなくして
江戸の人々は惜しんだが、下り酒の新しい銘酒が流行りだし、やがて
この一軒以降、祖父は下戸となり川野家は分家を含めて
あの流行り酒が何であったのか、今となっては確かめようもない。
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