別れを告げるだけだったのに
カフェラテと手にして、曇り空の向こうに小さく観覧車が見える。あの観覧車で、「瑠璃のこと、幸せにしたい」と告白されて、付き合うことになった。
そして、今日は彼にお別れを告げる日だ。スマホを見ても、何も表示されない。10分過ぎても、来る気配がない。
これまでもそうだが、待つのはいつも私だ。遅れてきても悪びれた様子もない彼に苛立ちが募っていくばかりだった。最近のデートもおざなりになって来て、ファーストフード店など、軽食の店ばかりで食事をすることが多くなった。もう、終わりにしたい。でも、lineなどで、別れを告げてもいいのだが、一度会って、平手打ちしなくては気が収まらない。
ブルル ブル ブルルとスマホが揺れて、画面を見ると、知らない番号からだった。
「あの…」と女性の声がした。
「誰ですか?」
「すみません。石川瑠衣さんのスマートフォンでお間違えないですか?」
「誰ですか?」
なんで私の名前を知っているのだろう。それに、名前を名乗ってくれないのだろう。
「警察のものなんですが。」
なんで、警察が私のスマホの電話番号を知っているだろう。
「辰巳海斗さんをご存じですよね」
「知ってますけど…」
何か良からぬことが起きたのか、怖くなっていく。ここに来るはずの彼の名前を言われて、さらに訳が分からなくなっていく。
「辰巳さんが車に跳ねられ、亡くなりました」
意味が分からない。頭が放心状態になって、何も入ってこない。何も答えないので、警察と名乗る女は話し続ける。
「そのことで、石川さんにお話を聞きたいのですが、どちらにいらっしゃいますか?」
何も答えられない。相手が警察なのかも信ぴょう性に欠けているようで、どこかで疑ってしまっている。
「では、ナホリ警察署までお越しいただいてもよろしいですか。」
本当に、警察なんだ。
「なんで、私に話があるんですか。」
「スマホの履歴から、本日、石川さんと会う約束をしていることが、こちらでは確認しております」
「会う予定でしたが…」
「申し訳ありませんが、お越しいただいてもよろしいでしょうか。」
もう疑っていても、無意味だと思って、分かりましたと今から向かうことを告げる。
タクシーで、ナホリ警察に向かうことにした。20分ほどで着いた。どこか、冷たくそびえ立つ建物の入り口を入ると、受付らしいところがあって、名前を告げた。しばらくして、人がやってきた。
「石川瑠衣さんですね。こちらにどうぞ」
スーツをきた女性に、個室らしいところに案内された。テレビで見るような、取調室とかに連れていかれるのかもと思ったが、その心配はなかった。
ふと、電話してきた声が気になって、女性に「さっき、私に電話したのはあなたですか?」と聞いてしまった。あっさり女性は違いますと言われてしまった。
「辰巳さんとはどのような関係だったんですか」
どういうって言っても、「ああ。今日別れ告げるつもりだったので、どういう関係も分からないですね。今は」
女性は私の顔をみて「そうなんですか」と冷え切った眼で言われて、萎縮しそうになる。
「この女性を知っていますか」と写真を見せられて、見覚えのない人だった。
「知りません」
「この女性は、新崎ほのかといいます。辰巳海斗を階段から突き落として、殺害しました。」
まったく状況が読めない。突き落とし、殺害…。電話では車に跳ねられてと言っていた気がする。
「電話をしたのは、新崎です。」
「はい??」
目の前の女性を凝視して、何も考えられない。新崎という女はなんで、私に電話は何がしたかったのだろうか。
「困惑しているようですが、この新崎も、先ほど、お亡くなりになりました」
「えぇ…」情報が多くて混乱してくる。なんで、新崎は私に警察に行くように促したのだろうか。
「石川さんに電話したのは、たぶん、あなたの声が聞きたかっただけだと思います。」
「声を聞きたかっただけって、どういうことですか」
「この新崎は、石川さんを殺そうと思っていたみたいです。」
その言葉に絶句していた。
「なんで、やめたんでしょうか。」
「それは、わかりません。」
これ以上は、ここには居たくないと告げると、何かあれば、また連絡くださいと言われて、警察署を出た。もう、辰巳海斗には会うことはない。別れを告げることもないし、会うこともなくなった。辰巳の家族からお葬式に出てほしいと連絡は来たが、断った。もう関わりたくない。
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