第10話  ~最後の大会~

 6月に入った。初めて美花みかを見た日から2年以上が経過していた。

そして、美花みかが好き。と自分自身で認めてからは1年と9カ月近くの時間が過ぎていた。

 美花とは、1年生と2年生の時は同じクラスだった。部活も同じバスケ部だったけど、男子と女子が混ざって練習するようなことはほとんどなかった。体育館の二階、卓球部の男子と女子が、時々混ざって練習や試合をするのを見て、ちょっとうらやましいな。と思ったことはあった。


 今までずっと、俺と美花は“ただの同級生”だったな。

話をしたことはもちろんある。“ただの同級生”なんだから。

普通の時は普通に話せたけど、意識すると足が動かなくなって、頭の中で、「こう言った方がいいか?こんな言い方の方がいい?まず、なんて声かける?」そんな事がぐるぐる回って、結局、話しかけるチャンスを自分からダメにしたことが何度もあった。


 6月初旬、練習する美花を見ていてふと、不安な気持ちに襲われた。“どうしたらいいか分からないけど、どうしよう?”


 そんな事が頭に浮かんだのは、部活が終わると美花に会えなくなるから。それが分かっていたからかもしれない。

3年生になってクラスが離れた時は、部活がなくなるって事を考えもしなかったからか、何とも思わなかったし、時々からかわれるのにうんざりしていた俺は、むしろクラスが違う事を喜ばしく思っていたくらいだ。だけど、いざ、部活がなくなることが現実に迫ってくると、自分でもよくわからないあせりの様なものが心に沸いてきていた。



 俺にとっての中学生最後の大会は、駅の近くにある市の総合体育館で行われた。学校に集合してみんなでバスに乗って会場に行った。1回戦は何とか勝てたけど、2回戦で負けた。

俺達に向かって本間先生が、「よーし。お前ら、よくがんばったな。あとは女子の応援をするように。」と言い、試合待ちで待機中だった女子と合流した。

 女子バスケ部は2回勝ったけど、3回戦で負けた。俺にとって女子の試合の内容も結果もどうでもよかったけど、ただ美花だけを合法的に?誰にも何も言われずに見ていられるという意味では試合観戦は都合が良かった。

夕方、みんなでバスに乗って学校まで帰った。そして解散。


 俺の人生の主人公は俺だ。そして、その主人公である俺の中学生最後の大会は、よくマンガやドラマであるような「最後の試合」「逆転劇」「感動」みたいなものは無くて、ただ淡々としたものだった。

1回戦も2回戦も試合には出たし、何本かシュートも決めたけれど、誰かが主人公のドラマなら、物語には具体的に出てこない“どこかで負けたその他大勢の無名校”の中の一部員の扱いだ。


 卒業式と一緒だな。ふとそう思った。卒業も終りを意味するし、この大会も俺の中学校生活の中の部活の終りだ。だけど、俺にとって中学生最後ってことにそんなに意味はない。高校に行ってもまたバスケをやればいい。自分の人生の中での「最後」ではない。まだ先がある。悲しい。嬉しい。悔しい。そんな感情は何もなかった。ただ「終わった。」のだ。



 部活が無くなると、突然やることが無くなって暇になった。

もちろん勉強はしなければならないのだろうが、特に目標も夢もなかった俺は、自主的に勉強する気にはなれなかった。

 何点取れればどこの学校に行けるのか?どの学校に行けばどんな職業につけるのか?なんてことは、よく分かっていなかった。

行く学校を決めたとしても、自分がどれくらい勉強しなければならないのかもわかってなかった。


 学年での俺の成績は、105人中30~60位で、多少の浮き沈みはあるけれど大体いつも真ん中辺りだった。

俺は、1年の時に一度だけ期末テスト前に数学だけを必死で勉強したことがある。その結果、数学は満点だった。105人の生徒の中で満点は美花と僕ともう一人の3人だけだった。5教科合わせての順位は40番台だったけど、俺は“やればできる。”そう勘違いしていたのだ。


 そんな感じでまだ余裕があった俺達は放課後、浩司や亮太たちと学校の図書館にたまるようになっていた。一応、最初の名目は、みんなで勉強しようぜ。だった。

 坂寄さかきも来ていた。坂寄は頭が良くて勉強を教える立場だったけど、7月になると自分の勉強の為に来なくなった。

大体の時間はふざけていり、図書館にある本を読んだりして過ごしていたけど、勉強することもあった。


 亮太りょうたに数学を教えている時に、『これがこっちに行くとこうなるだろ。』と説明すると、亮太は手品でも見たかのような目をして、『は?なんでだよ?』と聞いて来た。

その時に、ふと気付いた。数学は理解に苦しむとか難しいってことじゃなくて、ルールをそのまま受け入れられるかどうか?と、想像力なんだな。と。


 簡単にいうと【1+1=2】だけど、それはひとつあるものがふたつあると【2】という数字で書く。というのが、誰だか知らないけど昔の人が決めたルールなのだ。それを【なぜ?】ではなく、そのまま受け入れられるかどうか。それだけの事でしかない。英語で言っても同じだ。【ONE】と【ONE】があれば【TWO】誰かがそう決めただけの事。それを受け入れて覚える。


【1+1がなぜ2なのか?】を証明する人もいるだろうけど、言葉をひねくり回して、誰かを納得させる文章が作れるかどうか。というような話で、そんな難しい事は、大学の先生とかがやればいいだけの話。中学生の俺達には関係ない。


 そして計算の基本は【+、-、×、÷】の4種類しかない。 円周率の記号とかルートとかサイン、コサイン、タンジェント、覚えることは他にもあるけど、それは覚えていた方が計算が早いというだけの事。だってルールは決まっているのだから。

あとは問題文の文字から、あるいは数式からグラフや図形が想像できるかどうかという話だ。


 夏休みになった。

先生は『この夏休みが勝負だ。』と言っていた。受験生という立場上、遊ぶわけにもいかないし、なにより誰かを誘うわけにもいかない。大体は部屋に引き籠っていた。

 

 教科書を開くと、今まで見えていなかったものがたくさん見え始めた。机の上の埃。乱雑に重ねられたマンガ。ごちゃごちゃ物が入っている引き出し。そんなものが気になって掃除を始めたりした。

 今までほぼ部活しかしていなかった長期休みに、何もしなくていい時間が増えたことで、本当に何をやっていいか分からない日々が過ぎた。

しかし、7月も終わり8月に入ると、理由もなく“勉強しなきゃ。”と思えるようになった。他にやることが無いのだ。

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