第6話  ~半そでシャツと修学旅行~

12月

 授業中、黒板に書かれた内容をノートに書き写していた俺は、横から肩をつつかれて振り向いた。

隣の席の女子が手を伸ばして「チカに。」と言って、小さな半そでシャツの形に折られた手紙を渡してきた。

今まで何度かあったことで珍しい事ではなかったけど、シャツの形の手紙を見たのは初めてだった。

え?襟まで付いてる。なにこれ?折ったやつ天才じゃない?そんなことを考えながら、ちらっと裏も見たけど、どこから開くのかもわからなかった。

書いてある内容には全く興味がなかったけど、じろじろ見るわけにもいかず、反対側の席のチカに回した。

なんだあれ。どうやって折るんだろう。それが気になった俺は、あとで真沙美まさみに聞いてみようかな。と考えて、頭を授業に戻した。


 放課後、練習の合間に真沙美のところに行って声をかけた。

「なぁ。真沙美。」

「んー?あ。ナツ君、なに?」体育館の壁際に座っていた真沙美が顔をあげた。

「シャツの形の手紙ってどうやって折るの?」

気になっていた俺は、いきなり本題だけを言った。

「あぁ。シャツの形ね。襟のついたやつでしょ。」

「そうそう。」相槌を打ちながら、やっぱり真沙美は知っていたな。と思った。

「ちょっと待って。」真沙美はそう言って、そばのバッグから、パステル色のお手紙セットみたいなものを出した。

「よし。ナツ君の為に一つ折ってあげよう。」

そう言って、お手紙セットから便箋を一枚取り出すと、体育館の床の上で折り始めた。

「こう折って、こう折って・・・こうだよ。ほら。出来た。」

そう言って挙げた真沙美の手には、襟付きの半そでシャツの形に折られた便箋。

「おおっ。すげー!」と、俺が便箋を受け取ると。

「すごいでしょ~。」と笑みを浮かべる真沙美。

そして「それ、あげるよ。」と言った。

「ホント?ありがとな。」俺はシャツの形の便箋を持って、真沙美のそばから離れた。

自分のバッグのポケットに便箋を入れると、練習に戻った。



 部活動中にこんなことが出来るのは、多分学校が部活を重視していなかったせいだろう。

やることは大体決まっていて、顧問の先生はずっと見ているわけではない。どちらかと言えば、試合や大会の前以外は、いる時間の方が短かった。

3年生が抜けた後の2年生は特に自由な感じだった。

他の学校がどうなのか知らないから、“学校が部活を重視してない。”は、俺の思い違いかもしれないけど。


 市内でも一番田舎にある織野中学校は、学区が一番広いけど、生徒数は一番少ない。

大会があると、大体市内で行われる予選で負ける。

俺は2年生だけど、この2年間近く、他の部活を含めて市内以外の学校との試合の話は見たことも聞いたこともなかった。

校舎の正面玄関に飾られた賞状なんかを全部チェックしたことがあったけど、一昔前ひとむかしまえのもっと生徒数が多かった時のものばかりで、最高でも県大会で3位の時の物だった。

それも、柔道や卓球とかの個人戦のものしかなかったようだ。



 家に帰ってきた俺は、バッグのポケットから、シャツの形の便箋を出した。

よく出来ているな。としばらく眺めた後、半ば無理矢理開いてみた。

折るところは見ていたから、最後にどこを折ったか。端っこをどこに差し込んだか。なんて分かっていたはずだけど、きっちり折られたシャツを見て、もうどこから開けていいのかわからなくなっていた。

もちろん、中には何も書かれていなかった。

そして、折り目を目印に、もう一度元の形に折ろうとした。

5分ほど格闘したけど、元に戻すことは出来なかった。

「いやー。わかんねぇな。」そう言って、便箋を机の上に投げた。


 その時、ふと机の隅に鎮座する『恋地蔵』を見て、11月に行った修学旅行の事を思い出した。

と言っても、印象に残っていることはあまりなかった。

初めて食べた生八つ橋にあまりにおいしくて、衝撃を受けたこと。

薬師寺のお坊さんの話が面白かったこと。

それから、バスガイドさんのあの話。

どこからどこに移動していた時なのかとか、細かい事はすっかり忘れてしまっていたが、話だけは覚えていた。


 前に立ったバスガイドさんが、説明していたなにかの歴史の話が一段落したところで、全然違う話を始めた。

「ところでぇ。皆さんは、結婚指輪って知ってますよね?」

「結婚指輪は薬指にはめるんですけど、なぜ薬指にするか知っていますか?」

バスの中でみんなが、隣近所と顔を見合わせて「知ってる?」「知らないよ。」とひそひそ話を始めると、バスガイドさんが話を続けた。

「ちゃんと理由があるんですよ~。」

「では、みなさん、手をこの形にしてください。」

そう言って、中指だけ曲がった変な形で合わせた両手を高く掲げた。

中指の第二関節の甲の部分と、それぞれの指先が付いた形。

みんなが同じように手を合わせた。

バスガイドさんが「できましたかー?」と聞くと、みんながなんとなく返事をした。

バスガイドさんは、変な形に合わせた両手の手首に近い部分で器用にマイクを挟んでいた。

そして、手を顔の前に掲げて話し始めた。

「結婚すると・・・」

「親から離れます。」

そう言って、左右の親指の指先を離してみせた。

「そして、やがて子が離れ。」今度は小指を離してみせた。

「人から離れても。」人差し指を離してみせた。

みんな、席に座ったまま同じことをやっている。

「あなたと私はぴったんこ~!」

バイスガイドさんが嬉しそうに言った。

「ほら、薬指だけ離れないでしょ。」

「中指は離しちゃだめですよ。」

「だから、結婚指輪は薬指にするんですよ~。」


俺も、なんとか薬指を離そうとするけど、手首の筋が痛くなるだけで

全然離れる気配はなかった。

みんなが悪戦苦闘する中、1人の女子が「あたし、離れる~!」と言った。

注目を浴びると、「ほらほらー」と言って、手を通路の方に出してみせた。

1センチも空いてないみたいだけど、確かに隙間が出来ていた。

みんなから、「すげー!」「身体、柔らかいね。」「お前、人間じゃないだろ。」「宇宙人だー!」

などと歓声が飛び交い、「やっぱり無理。」「できねー。」と、再チャレンジした声も聞こえてきた。

俺は、え。出来るんだ。すごいな。と思いつつも、

じゃあ、あいつは、結婚指輪をどこにはめるんだろう?と違う事を考えていた。


 そんなことを思い出しながら、俺はまた手をあの形にした。そして親指から順番に離していって、最後に薬指を離そうとしたけど、やっぱり手首の筋が痛くなるだけで、薬指を離すことは出来なかった。

なるほどね。と思って手を眺めていたら、そういえば、赤い糸って小指につながっているんだよな。そんな話が思い浮かんだ。そして小指を凝視してみたけど、何も見えなくて、1人で「何も見えないな。そりゃそうだ。」とつぶやいた。



 修学旅行中は、恋はどこか遠い国の出来事で、実際に自分の身に起こっている出来事。という感触はなかった。

もちろん、就寝前に恋バナが咲いていたグループもあったけど、俺はその中に加わらなかった。

初めて見るもの、初めて聞いたこと、すべてが新鮮で刺激に満ちた旅行は、それだけでおなかいっぱいで、それ以外の事を考える余裕はなかった。

それに常に集団行動を余儀なくされていた上、ほとんどの時間、男子は男子だけ、女子は女子だけで固まっていた。

そこから抜け出すことはおろか、秘密の話をするのも不可能な状態だった。

ある意味、みんなで監視しあっていた。とも言えた。

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