第5話 ~ミカの誕生日~
10月22日。美花の誕生日だった。
あの頃、
泉美とは、同じ小学校だったけど、特に仲が良かったわけじゃない。
そもそも、一学年30人弱しかいない小学校では、みんなが友達だった。
美花より話しかけ易かっただけだ。
それに、泉美は騒ぎそうにない。という意味では、信用出来た。
俺が話しかけ易い泉美と、美花が仲良かった事は、幸いだった。
放課後の体育館の横、寒かったのを覚えている。
いや、足が震えていただけで、寒くはなかったのかもしれない。
制服の上着のポケットには、リボンのついた小さな箱。
ポケットの中の箱に触れて、入っていることだけ確認をすると、ポケットから手を出した。
あまり長く触っていると、汗で包装紙が歪むかもしれない。
それが怖くて触るのをやめた。
中のマスコット人形は、二週間前にデパートの入り口近くの店で買った。
買う時も緊張したのを覚えている。
「あの・・・プレゼントなので、箱に入れてください。」
ドキドキしたけど、店員のおねぇさんは、
普通に 「はい。リボンもおかけしますか。」 と聞いてきた。
何でもないことだったんだ。
プレゼントを買うなんて。
俺が買おうとしているのが、美花にあげるプレゼントだってことを誰も知らないし、どうでもいいことなんだ。
そうだ、誕生日にプレゼントをあげる。
普通のことじゃないか。
恥ずかしいことじゃないよ。
そんなことを考えて、待っていた。
・・・来ないな。帰っちまうか。
なんで来ないんだ。あのヤロー・・・。
プレゼントをあげる行為を肯定出来た俺は、体育館の外壁を睨んだまま、今度は毒づくことで緊張を紛らわせていた。
しばらくすると、角から泉美がひょこっと顔を出した。
そして、俺と目が合うとニコッと笑った。
泉美が横を向いて、陰になっている方に向かって手招きした。
美花がやってきた。
俺はポケットから箱を出すと、美花に差し出した。
「・・・これ。」
箱を受け取った美花は、両手で包んだ箱を胸の前まで上げると、
「ありがとう。」と言って笑った。
俺は 「じゃ」 と小さく手を挙げると、逃げるようにその場から走りだした。
走った。何も考えてなかった。
自転車置き場まで走ると、俺は自分の自転車に手を置いた。
「はぁっ! はぁはぁ・・・」
体全体が心臓になったみたいにバクバクしていた。
顔が紅潮していくのが分かった。
しばらく、そのままの態勢で呼吸が落ち着くのを待った。
「はぁーーー!」一つ息を深く吐くと、自転車にまたがって帰り始めた。
学校が遠ざかっていく。
5分も走ると、笑いのような達成感のような感情が胸から込み上げてきた。
「やったー!!」とこぶしを突き上げて、一声叫んだ。
そして、「やった。やった。」とつぶやきながら自転車をこいだ。
すると、今度は自分が情けなく思えてきた。
なんで走って逃げたんだろう。
気のきいたセリフとか言えなかったのか。
せめて、「誕生日おめでとう。」とかさ。
まぁいいや。
プレゼントはあげられたんだ・・・。
夜になると、「ありがとう。」と言った時の
美花の笑顔が浮かんできて眠れなかった。
にやにや笑いながら
あの顔、かわいかったなー。
少しはにかんでたか?
頬も赤かったような気がするなぁ
脈アリ。の顔だったよなぁ・・・。
いや、でも・・・。
普通っ!プレゼント渡されたら誰だって嬉しいだろ。
誰だって笑うだろ・・・。
でも、かわいかったなぁ・・・。そんなことを考えながら眠った。
翌日、美花のかばんには、新しいマスコット人形がぶら下がっていた。
俺は心の中で、ガッツポーズしながらも不安にも思っていた。
実は俺は、その美花のかばんにぶら下がっていた新しいマスコット人形が、俺がプレゼントした人形だ。という自信がなかったのだ。
昨日は美花の誕生日だったのだ。
他の誰かが似たような人形をプレゼントしたかもしれない。
よく選んで買ったはずなのに。
黄緑色っぽい色の何か。としか覚えてなかった。
マスコット人形売り場から、早く離れたかった。
俺みたいな男が一人で、ファンシーな売り場にいること自体が、恥ずかしかった。
だから、よく選んだつもりだったけど、長くいたつもりだったけど、
すごく短い時間だったのかもしれない。
それに、買った人形は、その場で箱に包まれてしまった。
俺は、美花のかばんの人形のことには触れなかった。
いや、触れられなかった。
美花も俺も、無視するかのように過ごした。
元々俺は女子と話すほうじゃなかったし、美花と俺はそんなに仲がよかったわけじゃない。
ただの同級生に近い。と言うか、ただの同級生だ。
美花は女子の中では一番頭がよくて いつでも学年でも5番以内くらいにいた。
だけど、がり勉というタイプでもなくて、運動もそれなりにできた。
要するに≪優等生≫だった。
その優等生の美花は、かわいかった。
「天は二物を与えてしまった。」のである。
密かに美花を好きな男子は、俺以外にも何人かいた。
はっきりと本人に聞いたわけじゃないけど、噂は色々流れてきた。
俺は好きだと思い込んでいたが、あこがれに近い感情もあったんだと思う。
しかし、好きだと思い込むと平常でいられないのだった。
俺は、多分、分かりやすい子だった。
俺が美花を好きなことは、ほぼ学年中が知っていた。
ミカの誕生日から二週間が過ぎた。
進展は何もなかった。
昼休み、教室でぼけっとしていると、隣のクラスの
真沙美は俺の前の席に横座り。ちなみにそこが坂寄の席だ。
俺は、女子とほとんど口を利かないから、はたから見たら仲良く見えたことだろう。
俺が美花を好きだってことがばれていたからか、真沙美が誰とでも気安く話す性格だからか、俺と真沙美が付き合っているという噂は流れなかった。
真沙美が、俺の机の上に身を乗り出して言った。
「ね。ね。ナツ君。」
「このカイロ、新製品でさ、いいにおいがするのよ。」
「んーそうなんか。」
「ほらぁ・・・かいでみて。」
と言って、俺の顔にカイロを押し付けてきた。
別に興味はなかったけど、俺はカイロを手に取って、においを嗅ごうとした。
すると、真沙美がカイロを俺の口に押し付けてきた。
「んんっ!なにすんだよっ!」
俺が軽く怒ると、真沙美はニヤニヤしていた。
「んっふっふ~♡」
「このカイロね。さっき、美花にキスしてもらったんだ~♡」
「間接キッスだね~♡」
「あ・・・アホか・・・。」
俺は、体の力が抜けると同時に耳が熱くなっていくのを感じた。
「欲しいでしょ~。これ。」
と言ってカイロを持った手を上にあげながら、立ち上がった。
また顔を近づけてきて、
「あれれ?ナツくゥ~ん、顔が赤いよ?」と、俺をからかう。
「おまえなぁ~」 俺が立ち上がると、
「ふふふ。まったねぇー!」と言って逃げて行った。
俺は今の会話が美花に聞かれていないかと、教室を見まわしたが、美花はいなかった。
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