第4話  ~夏休みと体育祭~

夏休みは、部活とプールと時々遊び。ほぼそれだけで過ぎて行った。

事件と言えば、同じバスケ部の町谷大樹まちや たいきがバレー部の西谷寛子にしたに ひろこに告白されて付き合い始めた。という情報を浩司こうじが聞いてきたこと。

大騒ぎにはならなかった。みんな何か恥ずかしいのだ。

こっそり大樹を呼んで聞くと一瞬驚いたような顔をしたけど、あっさり認めた。

いよいよ俺たちの仲間からも、「女の子と付き合う」という新しい世界に飛び込んだやつが現れた。

これからは、なんだかんだ聞かされることになるだろう。

いや、俺達の方が大樹を問い詰めることになるのか?


同じ部活だから美花みかにも会う事は多かったけれど、特に何か話すわけではなかった。

タオルを頬にあてて話している美花。

ゴールを狙う真剣な表情の美花。

横から飛んできたバレー部のボールに驚く美花。

ただ、心のアルバムに美花のふとした表情や仕草がまぶしく焼き付いていった。


それから、もうひとつ印象に残ったことがあった。

美花の足。白くて丸みを帯びた太ももから膝のライン。

美花の膝頭は小さく、女子の足って形が違うんだなぁ。と。

なぜだか知らないけれど、その発見は強く頭に残った。



そして、過ぎた日々を悔やむ時がやってきた。

8月28日。

言われたことは特に不満も言わずやる。期限は大体守る。反抗もしない、

どちらかと言えば、大人しく真面目な俺だったけれど、

昔から一つだけ出来ないことがあった。

それは夏休みの宿題。

いや、夏休みに限らず長期休みは、最後の二~三日が宿題を始める時で、いつも苦しんでいた。

特に苦手としていたのは「読書感想文」

気持ちを表現するのが苦手だったこと、言葉を知らなかったこと。理由は色々あった。

本を読むことは全く苦痛じゃなかったから、毎回『面白かった。』じゃダメなんですか?と思っていた。

俺にとって読み終わった時の感想は『面白かった。』か『つまらなかった。』の二択である。

一言で片付くことを、なぜ原稿用紙2枚も3枚も書かなければならないのか。

いつもそう思っていた。


しかし、それも小学生の時までだった。

一年生の時、読み終わった小説の最後に「解説」というページを見つけて読んでいた。

その中に「本文中の「○○○」という記述は・・・」などと書いているのを見つけた俺は、

読んでいる最中に何か感じた時、その前後の文を丸写しすることで、文字数を稼ぐ方法を編み出した。

しかし前回は、読み終わった時には、読んでいる最中に感じた事など忘れていた。

感想文を書くためにもう一度、書きながら読み直す羽目になってしまった。

今回は、読み進めながら矢印を描いたポストイットを貼るという、目印をつけておく技が使えるようになった。

この技のおかげでだいぶ楽にはなったけれど、問題は、本の文章を写した後に書く感情の表現だった。

「面白かった。」を連発するわけにはいかない。

絶対に「どう面白かったかを書きなさい。」と言われるだろう。そこが一番難しいところだった。

自分の言葉で、自分の感情の動きを表現するのは、苦手なままだった。



二学期に入ると、体育委員の俺は、少しずつ体育祭の準備をやることが増えて行った。

一番厄介だったのは、リレーなどの選手を選ぶこと。

教壇に立ってみんなに向かって話すのも嫌だった。

「みんなー!聞いてー!」

「今から、体育祭の選手を決めまーす。」

「まずリレーに出る4人。」

私語でざわつく教室、中学生になると、こんなことを決める時は、先生はいない。

先生がいないと、どれだけまとまらないかを教壇に立って実感した。

そして選手選びは難航した。当然、立候補するような人間はいない。

だけど、足の速いやつは誰か?それはみんな知っていた。

足が速くて気の小さいやつから、誰かに名前を言われて、しょうがないな。という感じでなんとか名前が埋まって行った。

あとは千五百メートル走の二人のうちの一人だけ。


「千五百メートルのあと一人! 誰か出ませんか?」と呼びかけると、

木崎きざきが、「ナツが出ればいいじゃん。」と返してきた。

これはやばい!

俺は焦った。「木崎の方が足、速いんだから、木崎が出ろよ。」

と返すと、

「いや、ナツ出ろよ。」

「ナツでいいと思う人~!」

立ち上がった木崎が手を挙げると、周りの数名が半端に手を挙げた。

あーとうとう『生贄』になってしまった。そう思った。

クラスの誰もが、『自分じゃなければいい。』

『勝ち負けはどうでもいい。』そう考えているのは明らかで、

一度名前を出された状況から、みんなが納得する対案を出して、逆転するのは不可能だ。

諦めた俺は、千五百メートル走の最後の一コマに自分の名前を書いた。


体育祭の準備、部活、時々勉強と忙しく過ごしていた9月下旬の昼休み。

「よぉよぉ、ナツゥ。」浩司こうじが来た。

「特訓。付き合ってくれや。」

言いながら、俺の横の席に座った。

「特訓?おー。いつやる?」

「今週の日曜日。どう?」

俺は心の中で、ニヤリ。

「はい。先生。」 軽く手を上げた。

「はい。ナツ君。どうした?」 浩司が俺に向かって指をさす。

「先生。”特訓”の中に、テニス部の試合見学は含まれるんですかぁ~?にひひひ。」

一瞬たじろいだ表情の浩司。

にやりと笑うと、「含まれます。」

「だははっはは・・。」二人で笑った。

テニス部は、今度の日曜日、市内の別の中学校と練習試合を予定している。


「なんだ。知ってたの?」

浩司の顔が赤いのは、笑ったせいか照れているのかわからない。

「知ってるよ~。」

「まぁそういうことだからさ。付き合ってくれや。」

浩司が俺の肩を軽くたたく。

「わかった。わかった。楽しみだねぇ・・・。優子の太もも。」

「オマエなぁ・・・。」

「対外試合だから、ユニホームの短いスカートなんだろ?」

「ナツゥ。いやらしい目で見たら、ほぉり落とすぞ~。」

「お。でた。落とすなら女子更衣室にしてくれよ。テニス部の。」

浩司の苗字は、「堀落ほりおち」で、「ほぉり落とす。」をよく使うのだ。

本人はダジャレだと思っているようだが、別にそんなに面白くない。

だけど、毎回使うから定番ネタとなっていた。

「ったく。お前はいいよな。同じバスケ部だもんな。日曜日。9時な。体育館に集合でいいか。」

「OK。」と俺は親指を立てた。

「本間には、俺から言っとくよ。」

浩司はそう言って、離れて行った。

浩司の片思いも長いな。

俺が初めて聞いたのが、一年生の時の秋だから、そろそろ一年か。


日曜日

バレー部も近々、練習試合を予定しているとかで練習に来ていたが、バスケ部は俺と浩司しかいなかった。

俺達は休憩するふりをして、体育館とテニスコートの間にある土手に座って、テニスコートを眺めていた。

もっと近くまで行って見ようぜ。と言う俺に、ここでいい。と言って動かない浩司。

試合が始まった。

15-0フィフティーン・ラヴ

風に乗って審判の声が聞こえてきた。

テニスの試合の様子が描かれたマンガを読んだ時の疑問が、また頭に浮かぶ。

「なぁ浩司、テニスってなんで一回勝つと15点なんだろうな。知ってるか?」

「そういえばそうだな。理由は知らん。」浩司が答える。


バスケにも1点から3点まであるけど、それはゴールからの距離で決まる。

遠い方が、難易度が高いから得点が高い。それは分かる。

だけど、テニスは1つ勝つのに難易度は変わらない。

相手が強いからといって、得点が変わるわけじゃないしな。

1回で15点って、点数やりすぎだろ。


そして、もう一つの疑問を浩司に言って、ついでにからかってみた。

「なんで0点の事をラブって言うんだろうな。何語だろ?浩司、優子に聞いてくれよ。」

「あほか。そんなこと聞けるか。」あきれ顔の浩司が言った。

「なんでよ?好きな人にラブの意味を聞くって、なんか面白くない?」

「お前なー!」浩司が蹴って来た。

「いて!」俺は手をついた。

「黙って見てろよ。」浩司は、なんだか真剣な表情になってテニスコートを見た。

俺は後ろに両手をついて、空を見上げた。

青い空に白い雲がまぶしかった。


優子の試合が始まった。

近くまで行ってみようぜ。と、立ち上がって浩司の腕を引っ張ったけど、浩司は、かたくなにその場所を動かなかった。

浩司が行かないのであれば、俺も近くまで行く理由がない。


浩司の横の元いた場所に座って、試合を見た。

ふと何かを話しかけようと、浩司の方を見ると、浩司の目はボールを追ってなかった。試合を見ているのではなく、優子だけを見ていた。

浩司の表情に、何を言おうとしたのかを忘れた俺は、また空を見上げた。

やがて試合が終わった。

審判は俺達に背を向けていて、スコアボードも見えなかったけど、最後は優子のミスだったから、試合に負けたようだ。

浩司の肩を叩きながら言った。

「負けたみたいだな。」

「そうだな。」浩司の目はまだテニスコートを見ていた。

「ほら、行ってなぐさめてやれよ。」俺がからかい半分で言うと、

「あほか。練習試合に負けたくらいで慰めとかいるかよ。」

浩司が立ち上がりながら言った。

背伸びをすると、

「さ。練習練習。」と言って、体育館に向かって歩き始めた。

「おい。待てよ。」俺は浩司の後を追いかけた。



体育祭当日の俺の事件はふたつ。

千五百メートル走でビリを独走している俺に向かって、

志木織しきおり君、頑張って下さい。」と放送で応援されたのは、恥ずかしかった。

そして、恋する男の定番「オクラホマミキサ」

もちろん、いたって普通に踊っていたつもりだったが、目は時々美花を追いかけていた。

実際、男子が一つ前の女子に進んでいく振り付けは、“追いかけている。”という表現がぴったりなように感じた。

特に目的が無い他の男子の事を考えると、ただ順番に回っているだけだけど、1人の女子を目的に設定してしまった俺にとっては、まさに“追いかけている”だ。

次は美花みかというところまで来ると、ドキドキが止まらず、のどが貼り付くような感じがした。

そして、触れた美花の指先は、すべすべして柔らかかった。

貼り付いたのどを何とかしようと、美花の横で唾を飲むと、「ゴクン」と大きな音がして、

この音、美花にも聞こえたろ?と余計ドキドキした。

そしてどこか冷静に、マンガみたいな音って本当にするんだ。と思った。

正直に言えば、美花の手に触れることが出来る喜びよりも、美花から離れた時の安堵感の方が大きかった。


そもそも、この時点で未だお子様の俺にとって、

好きな相手に触れるのが嬉しいか?と聞かれたら、分からない。が本心だった。

『好きな相手に触れることはうれしい。』という感情自体が、マンガや周りからの受け売りであり、洗脳じゃないかと思っていた。


人数的に、最初の方にペアだった女子とは、2回踊ったけど、美花との2回目は無かった。

曲が終わった時、美花まであと4人という所まで来ていた。

俺は、美香を見ながら、もうちょっとだった。なんか残念。と思うと同時に、よかった。と何か安心するような二つの気持ちを同時に感じた。


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