第3話 ~真沙美の落し物~
6月
「ナツ君、ナツ君。」
放課後、体育館に向かって歩いていた俺は呼び止められた。
振り向くと、同じバスケ部の
体育館手前の渡り廊下で手招きをしながら、
小さく「来て。来て。」と言った。
人懐っこい元気な性格の真沙美は、男女関係なく、誰とでも仲良く話す。
俺にとっては、気楽に話すことが出来る唯一の女子だ。
読んでいた少女漫画の主な貸主でもある。
真沙美の方に行くと、「ちょっと。ちょっと。ちょっと来て。」と
校舎の裏側まで連れていかれた。
植木の新緑がつややかに光を反射していた。
真沙美の幼馴染の
「なんだよ?」
「あのね。」
言いかけて、うつむいたまま固まった。
数秒後、意を決したように顔をあげると、
「あのさ。ナツ君。」
「ナツ君、
と、聞いてきた。いや、聞いてきたというより確認してきた。
「あーまぁ。家も席も近いしな。」
「私さ・・・・。」
「私さ、坂寄君。・・・好きなんだ。」
一度名前を出したからか、真沙美の告白にさっきのような長い
「はぇ?」いきなりの告白に変な声が出た。
「あー・・・。」
なんて答えていいか分からないけど、とりあえず納得した。
「いや、別に何かしてほしいとかないんだけど。」
「協力してほしいのよ。その、相談に乗って。とか。」
耳まで赤くして恥ずかしがる真沙美は普段とは別人で、女の子だった。
「分かった。なんかあったら言って。」
「うん!ありがとう。他の人には絶対言っちゃだめだよ。絶対に内緒。お願いね。」
言いながら、胸の前で手を合わせる真沙美。
「分かった。それだけか?」
「うん。それだけ。」
「じゃ、俺、行くわ。」と言って、体育館に向かって歩き始めた。
そっか。真沙美が坂寄をね。
つい、分かった。なんて言ったけど、俺は何が分かったのだろう。
とりあえず、内緒にしておけばいいんだな。
まぁ、何か行動する時は、なんか言ってくるかな。
でも多分、何も起こらないだろうな。と思っていた。
特に何も起こらないまま2日が経った。
放課後の体育館。
クラスが違うから、部活以外の真沙美はどうなのか知らないけど、
部活の時の真沙美はいつもと変わらないようだ。
ジャージに着替えた俺は、体育館の中を見回して、ふとあることに気づいた。
あれ?人が少ない。
あ。そうだ。バレー部もバスケ部も大会で負けたから、
三年生が引退したんだった。
ふと、あることを思いついた俺は、
「シンイチ―!コージー!」準備運動をしていた二人に向かって叫んだ。
「なんだよ?」「おー?」
二人が駆け寄ってきた。
「な。ちょっと
「なんで?」「行かなくても、もうすぐ来るだろ。」
二人は当然の反応をしてきた。
「いやいやいや。ちょっとな。まぁ行けば分かる。」
二人を連れて歩き始めた。
「それで悪いんだけど、話を合わせてくれよ。」
二人とも怪訝そうな顔をしたが付いてきた。
職員室に入り、本間先生の所まで行った。
「本間先生。」
「おう。
「先生、3年が抜けた後のキャプテン、まだ聞いてないんですが。」
「あーそうだったな。そういえばそんな時期か。」
本間先生が持っていたプリントを机に置きながら答えた。
「次のキャプテンって
「坂寄か。まぁそうだなー。ちょっと待ってろ。」
「いや、先生、俺ら坂寄がいいと思っています。な。
「そうそう。坂寄しかいないよな。」浩司が相槌を打つ。
「そうか。
本間先生が
「そうですね。まとめ役となると坂寄がいいと思います。」
真顔の真一が答える。
“まとめ役”なんて言葉がすぐ出てくるなんて、
真一、頭いいな。俺はちょっと感心した。
「よし。お前らの意見は分かった。あとで発表する。」
本間先生が机をコンコンと叩きながら言った。
「お願いします。」三人で頭を下げて、職員室を出た。
廊下に出たところで、浩司が聞いてくる。
「なんなん?ナツ。あんなこと言わなくても坂寄だろ。」
「まぁそうだとは思うけどさ。
「あー。大樹な。」「大樹か。」 真一と浩司も納得した顔をした。
そう。個人の技術的な面では坂寄より大樹の方が上だ。
だけど、リーダーシップや親しみやすさという点では坂寄。
「俺は真一の可能性もあるんじゃないかと思ってたけどな。」
そう言って、 真一をつつくと、
「いやー、無理無理無理。」 真一が顔の前で手を振った。
俺は、坂寄にキャプテンになってほしかったのだ。
だから、三年生が抜けた後、レギュラー入り確実の浩司と真一を連れて行ったのだ。
今まで一度も、試合に出してもらっていない俺が言うよりは、説得力がある。
まぁ、ダメ押しの一手だ。
女子の次期キャプテンは真沙美になるだろう。それは傍から見ても既定路線だった。
20分後、本間先生と女子バスケ部顧問の
俺のもくろみ通り、男子キャプテンは坂寄、女子キャプテンは真沙美になった。
キャプテン同士ともなれば、話す機会も増えるし、二人でなにかをすることもなくはないだろう。
余計なおせっかいと言えば、おせっかいだけど、坂寄がキャプテンになったのは、坂寄の実力だ。
俺がやったことはあまり関係ない。
そして、真沙美の恋が、その後どうなるかなんて知ったことではない。
7月
朝連を終えて着替えた俺は、誰もいない男子更衣室を出た。
汗っかきの俺は、着替えるのが遅い。
6月に入ってからは、最後になることが多かった。
「はぁぁぁぁ!」大きく背伸びをした時、
男子更衣室と女子更衣室の間の壁際に光るものを見つけた。
なんだあれ?
そう思って近づくと、ビニールのカバーが付いた蛍光オレンジ色の手帳が落ちていた。
拾い上げて、誰のだろう?と思って裏表紙をめくった。
裏表紙の内側は、パステル色の模様が広がっているだけで、
何かを書きこむようなスペースはなかった。
もう一ページめくると、
[織野中学校 2年1組 松本 真沙美]
顔をあげて見まわしてみたが、体育館にもう人の姿はなかった。
途中で、真沙美のクラスに寄って渡せばいいか。
そう思った俺は、手に取った手帳を改めて見た。
手帳なんて使ったことが無いな。
生徒手帳でさえ、もらったきり何かを書いた事が無かった俺は、
わざわざ市販の手帳を買ってまで、何を書くことがあるのだろう?
と、好奇心からパラパラめくってみた。
ほとんどが空白で、パステル色の☆や♡のマークが書いてあるだけだった。
時々、小さな文字も見えたけれど、意味があるようには見えなかった。
大して興味もなかったし、少し後ろめたい気持ちになった俺は、
手帳をバッグのポケットに入れて、校舎に向かって歩き始めた。
体育館の入口に着いた時、校舎の方から真沙美と涼子が慌てて走ってくるのが見えた。
すれ違う寸前で、「おう。真沙美、待て待て。」と声をかけた
そして「探し物はこれだろ。」と言って手帳を出した。
わざわざ「探し物」なんて言ったのは、最近見た刑事ドラマのセリフをまねて
恰好を付けたからだ。
真沙美が飛びついてきた。
「ほら。」手帳を手渡すと、
「良かったー!」と言って手帳を顔の前にあげた後、
「見た?」と言って睨んできた。
見たらまずいものだったのか?そう直感した俺は、
「見てねーよ。」と答えた。
そして「名前の所だけな。」と付け足した。
真沙美は、一瞬、目を丸くしたが、
「まぁ、見つかってよかったよ。ありがと。」
と言って手帳をポケットに入れて、校舎に歩き始めた。
俺が拾ったのは、ただの手帳だったけど、
真沙美が落としたのは「秘密」だったんだな。なんかそう思った。
だけど、真沙美の秘密と言えば、“坂寄が好き。”ってことくらいだろう。
ある意味、拾ったのが俺でよかったんじゃないか。
そんなことを考えながら、真沙美たちの後を追って校舎に向かった。
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