第2話  ~疑問しかなかった~

 俺というお子様は、ほぼ成長しないまま二年に進級した。

美花は同じクラスにいた。

ほぼ成長しないまま。というのは亮太りょうた浩司こうじもそんなに変わらないようだった。

誰も何も打ち明けることなく、時々ありもしない理想を言い合い、

血液型と星座の相性を調べてみたり、

勇気の出ない告白を妄想しては、みんなで照れて、そして笑っていた。


 だけど、俺はふたつ大人になった。

 一つは、女子の下半身の事を知ったことだった。

マンガも、テレビも、石膏像も、写真でさえも、目に入るモノすべてから、その部分は隠されていた。

その結果、女子の下半身はつるつるで何もないと思っていたのだ。

女性がおしっこをする時のことは知っていたというのに。


 興味が無ければ、与えられた情報は一つの点でしかない。

本当は関係あって、繋がって線となり、面となって体系づけられる情報でも、

頭の中でつながらなければ、各々の情報は独立した点でしかなかった。

点を繋げる為には、興味や関心と言う道具が必要だった。


 小学校で精子と卵子の話は聞いたけど、

男性が作った精子が女性の体内にどういった経路で入って、

受精するのかまでは知らなかった。

その結果、

それまでの知識の中で考えると、キスをしたら子供が出来ると思っていた。

しかし、そんな大事なことをテレビでやっていいのか?という疑問はあった。

あの女優さんはドラマの中でしたキスで、子供が出来たらどうするのだろう?

そんないらぬ心配と疑問を持っていた。


 小学生の時、自分の下半身に毛を見つけた時も、夢精したことも、

ははぁ。こういう事か。と、ただ受け入れた。

女性の下半身の構造を、初めて知った時も、ショックはなかった。ただ受け入れた。

キスでは子供が出来ないことが分かって、疑問が解けた。という感じだった。


 二つ目は、パンツがブリーフからトランクスの形になったこと。

俺の中でブリーフは子供パンツで、トランクスは大人パンツだった。

俺はブリーフでオヤジはトランクス。ただそれだけの理由だった。

あるとき母親に「今度から、オヤジと同じ形のパンツにしてくれ。」と頼んだ。

母親は不思議な顔をしたけど、要求は呑んでくれた。


 浩司と亮太、二人の好きな人を聞き、俺自身の「好き」と言う感情を認めた頃から、 徐々に恋愛というものに興味を持ち始めていた。

だけど、ドキドキして読み進めていた恋愛マンガは、

主人公が告白すると、相手が「うれしい!」とかなんとか言って涙を流して、

付き合い始める所でハッピーエンド

あるいはキスシーンで終わり。

それはまるで、おとぎ話や昔話の、最後に必ず出てくる言葉の代わりのようだった。

『末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたし。めでたし。』

少女漫画にも手を出してみたけど、それは変わらなかった。


 俺が知りたいのはその後のストーリー

どうやって付き合っていくのか?

そもそも「付き合う」ってなに?

キスの後はどうすればいいのか?

どうすれば「末永く幸せに暮らしました。」と言えるのか?

そして「幸せ」ってなに?


 そんな情報は知ることが出来なかった。

それどころか読むたびに疑問だけが増えて行った。


大人の女性は眼鏡を外して化粧をしたら別人になれるの?

見ているだけで人の気持ちが分かるの?

なぜモテる人はなぜ決まってテニスをやっているのか?

バスケットボールじゃダメなの?

鏡の前でウィンクもしてみた、出来なかった。


なぜ女子はすぐ泣くの?

学校のアイドルって存在するの?

学校と学園って何が違うの?

高校生になると、女子も男子も「好き」を隠さなくなるの?

告白する勇気はどこから出るの?


『言葉の裏側』って?

日々出会う新しい言葉の意味さえ覚えきれない俺にとって、

『言葉の裏側』は、未知の領域を超えたさらに彼方の別世界の話。

もっとも、未知の領域に境界があって、ここまでが未知の領域ですよ。

という線が引いてあればの話だけど。


「愛してる」ってなに?

「好き」の上が「愛してる」なの?

「愛してる」を使っていいのは、大人だけなの?

「好き」って伝えると何が起こるの?

 そして何度も、あの言葉を自分に問いかけていた。

「好き」ってなに?


 次から次へと押し寄せる疑問を、頭の外に追いやってみると、

少しだけ自分とマンガや小説の違いが見えてきた。

なにより主人公は告白する勇気を持っている。

あるいは告白されてしまうのだ。

条件が違いすぎる。

こちらは相手の気持ちはおろか、

自分の感情さえもよくわからないままだというのに。


 それでも、何かを知りたくて、ドキドキしたくて、

相思相愛の二人がくっつくまでのストーリーを

外から眺めてしまう事を繰り返していた。

少女漫画の方が読み切りの短編が多くて、それはそれで面白かった。


 ある日、借りてきた少女漫画を読んでいた。

『初めて名前で呼んでくれたね。』

『・・・。』

そうそう。名前で呼ぶって初めての時、照れるよね。

ヒロインのセリフと、男性の照れた絵に、相槌を打っていた俺は、

ふと自分の事を考えてみた。

コージ シンイチ リョウタ タイキ マサミ、リョウコ チカ・・・。

男はともかく、女子も普通に名前で呼んでいるやつも多いな。

そういえば、坂寄は小学校の時からずっと「サカキ」だな。

あいつ名前が、“陽一郎よういちろう”で長いからか?


苗字が同じやつも割といるし、双子の先輩もいるから名前で呼ぶのは普通なのか?

あ。もしかして同じ苗字の人が多いって田舎だからか!?

中学校には今、俺と同じ「志木織」という苗字の生徒が俺を含めて4人いる。

そのうち一人は俺のじいさんの弟の・・・いや、じいさんの親の弟・・・?

一度しか聞いていない興味のない情報は覚えてなかった。

とにかく、なにかしらの遠縁にあたる人だ。

多分、たどって行けばあとの二人もどこかでつながっているのかもしれない。


浩司の苗字の「上原」も、俺が知っているだけで3人いるな。

親族かどうかは分からない。

これはやっぱり、田舎だからじゃないだろうか。


古村美花は、女子からは「ミカ」って呼ばれているけど、

俺も他の男子も呼ぶときは「フルムラ」だな。


「・・・ミカ。」

やばい!照れるわ。

俺は一人、部屋で悶えた。

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