魔王を助けたまめたんっ!
既にボロボロのアルルンと、銀の兵士達との死闘を演じる勇者パーティー。そしてアルルンの前に立つ狂王ロエンドール。
混迷を極める要塞の地下に、その声の主――――災厄の魔女フェアの鈴の音のような透き通った声は、確かにアルルンの耳に届いた。
「フェア……さま……っ」
「があああ……フェアだと……!?」
「フッ……よくやってくれた。見事だったぞ、アルルン」
アルルンが先ほど激突した巨大な結晶体の傍。一切の重力を感じさせない様相で空中に静止したフェアが、そっとその結晶体に手を伸ばす。
その白銀のような細く美しい指の先――――傷一つ無かったはずの結晶体の表面に、僅かなヒビ割れが見えた。
なんとそこには、なにやら幾何学的な紋様が描かれた金属製の小さな杭が打ち込まれていたのだ。
「ピコリーの持つ魔王の力も結局は神の力だ。貴様ら連王国がそれを御する策を得たというのならば、魔王と同じく神の力の集合体である私も、それなりの下準備をする必要があった」
「フェア……! 災厄の魔女フェアか! 貴様がこの下郎を寄こしたか!?」
未だ
「フン……狂王ともあろうものが、その下郎相手に随分と手こずったようではないか? アルルンは――――この災厄の魔女フェアの誇るべき弟子は、すでに我が使命を果たした。このようにしてなッ!」
瞬間、フェアはその結晶体に穿たれた杭に魔力を集中させ、そこを基点として巨大な結晶体を瞬時に打ち砕いた。
砕かれた結晶体の欠片が辺りを舞い、アルルンやピコリーの頭上から降り注いでいく。
「魔封石を……貴様ッ!」
「私がアルルンに任せたのはこれだ。この結晶に我が力が浸透する楔を打ち込むこと。貴様に全挑発を使ったのはついでのようなもの。全く、無茶をしたものだな」
「す、すみませんフェア様……っ!」
「おのれ……! よくも……よくもこの余を謀ってくれたな!」
魔王の力を制御する中枢となっていた魔封石を破壊されては、ロエンドールの肉体が無限の再生を持つことももはやない。そして――――。
「アル……ルン……?」
「ピコリー!」
アルルンのすぐ傍で眠り続けていたピコリーの緑色の瞳が、傷ついたアルルンを映し出した。アルルンは痛みから片脚を引きずりながらも、なんとかピコリーの元に駆け寄ると、心からの安堵を浮かべてピコリーの手を握り締めた。
「ピコリー……良かった……っ」
「私……もしかして、アルルンが助けてくれたんですか……?」
「クククッ! どうやら眠り姫も目覚めたようだ。狂王よ、今すぐ泣いて跪くならその処遇を勇者共に任せても良いぞ。あくまで抗するというのならば、この私自ら惨たらしい死をくれてやろう」
しっかりと手を握り、お互いの無事を喜びあう二人を眼下に、フェアはどこまでも冷徹な恐るべき声色でロエンドールにその鮮血の瞳を向けた。
ロエンドールはフェアを見上げ、剥き出しの歯を折れんばかりに噛みしめると、その剣を握る手に力を込める。
「魔女め……! どこまでも余を侮辱するか……ッ! このロエンドールが貴様ごときに恐れをなすと――――!」
「――――王よ、貴殿の相手は魔女だけではないぞ。事情はわからないが、どうやらこの場において俺たちと彼らの利害は一致しているようだ!」
怒りに燃えるロエンドールの耳に、息一つ荒げていない勇壮な声が届く。
目を向けずともわかる。それは勇者レオス。そして――――。
「いやぁ……お疲れ様でしたねぇレオス、それにヤグラさんも。あれだけ居たお人形さん達、みんなバラバラのぐちゃぐちゃですよ。脳筋の力はやはり侮れませんねぇ……!」
「ゼェーーーー……ゼェーーーー……! あ、当たり前だぜ……ちょうどいい、ダイエット……うっ! オゲーーー!」
「――――ヤグラは普段から要所要所で楽をしているからこういうことになるのです。吐くなら隅で吐いて下さい」
レオスの後に続いて余裕の表情で現れる勇者パーティーの面々。
ただ一人ヤグラだけが全身から滝のような汗を流し、口を押させて込み上がる嘔吐感を必死に堪えているが、基本的には全員傷一つ負っていなかった。
「レオスさん……皆さんも……」
「ありがとうアルルン――――こうして今俺たちが無事なのも、全て君のおかげだ。どうやら、俺の知らぬうちに立派に成長したのだな」
傷つき、その盾すら失いながらも自身の役目を果たして見せたアルルンに、レオスは信頼の込められた眼差しを向けた。
同時に、アルルンが魔王と目される少女の手を慈しむように握り締めている姿もレオスは捉えていたが、今のレオスはそこを疑問点とはしなかった。
「お互い積もる話もあるだろうが、まずはこの場を収めるとしよう。王よ、この状況でもまだ戦うというのか?」
「くっ……!」
「ゼェーー……そんなによぉ……戦いたいってんならよぉ……! ゼハァ……このヤグラ様も……相手になるぜ……っ! うっ! オゲーーーーー!」
「ヤグラはもう休んでてください。汚いので」
じりじりと法衣を狭められていくロエンドール。
もはや狂い尽くした王に勝ち目は無い。この場に居る者でそう思わぬ者は誰一人としていなかった。ただ一人――――当のロエンドールを除いて。
「クッ! ククククク! カハハハハハハ! 終わりだと!? 馬鹿が、この余がこんなところで終わると思ったか!? 余にはまだ奥の手がある!」
「馬鹿が! この私がその何かをさせると思うか!?」
狂ったように笑うロエンドール。しかし最後のあがきを見越していたフェアは、即座にロエンドールめがけて破滅の力を解き放つ。灼熱の火球となって放たれたそれは、即座にロエンドールに直撃し、その肉体を焼き尽くすはずだった。しかし――――。
「むっ!?」
「カーーーーハッハッハ! 余がどのようにして魔王の力を我が身に伝達していたと思う? 余はすでに、神を超えた力をこの身に埋め込んでいたのだ!」
フェアの放った火球はかき消えるようにしてロエンドールの寸前で弾けた。
そしてそれと同時、ロエンドールが自身の胸部の衣服をはぎとってその肉体をさらけ出す。
「貴様……すでに人であることを辞めていたか……」
なんとそこには、先ほどアルルンとフェアが破壊したものと同様の小型の結晶体がめり込むようにして埋め込まれていたのだ。
「絶望しろ! この余が到達した人を超えた力に! そしてせいぜい余を楽しませてみせろッ!」
ロエンドールの肉体が風船のように大きく膨張し、醜くその姿を崩していく。
膨張し続ける巨体はホールの天井を突き破り、瓦礫と粉塵の尾を引いて、そのまま要塞すら崩落させながらどこまでも巨大化していった。
ぶくぶくと膨れあがり、節くれ立った四肢に、膨張した胴体。頭部は醜く潰れ、もはやその存在がロエンドールだったと見抜ける者は誰一人としていないだろう。
それは、まるで肥大化しすぎたロエンドールの狂気そのものを具現化したような姿だった。
「オオオオオオオオオオ!」
もはや人でも魔物でもないナニカへと変貌したロエンドールの狂った雄叫びが、連王国の曇天に木霊した――――。
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