最終章 どこまでも一緒に!
集合するまめたんっ!
「ハアアアアアア! 素晴らしい気分だああああ! 何もかもが小さく見える! 何もかもが余の思うがままだ! 全ての存在は余を恐れ、余を憎み、余を倒そうと死力を尽くす! これぞ余が望み! 全ての者は余にヘイトを向けよ! 余とこの世界全ては、永遠に憎しみ合い、戦い続けるのだ! ハッハアアアアアアアア!」
それは、その身に内包した狂気を抑えることなく増大させ続け、膨張させ続けた末路。ロエンドールは際限を知らぬ欲望の渦に飲まれ、今や眼下の要塞すら上回る程の醜い巨体へと変貌した。
そして崩落していく要塞から、淡く光る閃光と共に周囲を囲む荒野へと舞い降りるアルルン達。
その力はフェアの魔術によるものだったが、フェアは丁寧に要塞に残っていた技術者達もアルルン達と同様に外部へと転移させていた。
「おやおやまあまあ、他の皆さんまでご丁寧に助けてあげるとは……これはどうやら、私共の認識を改める必要がありそうですねぇ、災厄の魔女様?」
「フン……貴様が賢者ルーントレスか。なに、あの醜悪な化け物とやりあっている間に背後から仕留められては困るのでな。印象操作という奴だ」
「ちょ、フェア様っ! 印象操作って自分で言ってたら意味ないじゃないですかっ!」
周囲で呆然と立ち尽くす連王国の兵員達を見回しながら、賢者ルーントレスは感心したように頷く。それを受けたフェアの相変わらずな態度に、ようやく元気を取り戻してきたピコリーがすかさず突っ込みを入れた。
「あ、あの……レオスさん! フェア様もピコリーも、自分から好きで魔王や魔女をやってるわけではなくて、色々と事情が!」
不倶戴天の敵として追い続けていた魔王と魔女が目の前に居るというこの状況。どちらの陣営とも旅をしてお互いの事情を良く知るアルルンは、なんとか間を取り持とうとレオスに声をかける。
「大丈夫だアルルン。俺達も、今やるべきことはわかっている。まずはあの化け物をなんとかしなくてはな。それより、怪我はもう大丈夫なのか?」
「あ……はい! ピコリーが治してくれたので!」
「そうか。アルルンを治してくれてありがとう、ピコリー殿」
だが、アルルンの心配は杞憂に終わった。既にレオスはこの場での敵をロエンドールのみと見定め、フェアとピコリーに対する警戒は完全に解いていた。
その上、レオスはなんの裏も偽りも無い心からの感謝をピコリーに述べると、短く頭まで下げて見せたのだ。
「勇者さん……」
「レオスさん……ありがとうございますっ」
魔王となってから今日までの日々、常にその命を狙われ続けていたピコリーにとって、レオスのその言葉は胸の奥深くまで届く音だった。
それが例え今この瞬間だけの関係だったとしても――――ピコリーはこの時、魔王となって初めてその身を狙われていない時間を手にしたのだ。
「しかし厄介な事だな。アルルンよ、既に貴様には話したが、あの化け物の精神はすでに狂い尽くしている。貴様の
「はい。僕がレオスさん達を助ける前に教えて下さいましたね。僕の
要塞を破壊し、次の目標を探してうごめくロエンドールの成れの果てをみやりながら、フェアがアルルンに声をかける。
アルルンは、あの地下のホールに飛び込む前にフェアから事前に忠告されていたのだ。『狂王に
「そうだ。奴の望みは世界に生きる全ての存在から憎まれること。憎まれ、挑まれ、死力を尽くして殺し合うこと。それは貴様の持つ
「ならば、やはりここで早々に始末してしまうのが最良でしょう」
「おうよッ! 俺ももう回復したぜ!」
フェアの話を聞いたヤグラとデュオキスがそれぞれの獲物を手に戦闘態勢に入る。
どの道それ以外の方法など無い。ここで恐れを成して撤退するなどという選択肢は、魔王軍にも、勇者パーティーにも存在していなかった。
「ならばやるとしよう。アルルン、ピコリー。貴様たち二人にも共に戦って貰うぞ」
「はいっ!」
「わかりましたフェア様。私の力が皆さんの役に立つなら、なんでもっ!」
フェアはそう言って自身の傍に立つ二人の少年少女に真剣な眼差しを向け、静かに頷いた――――。
● ● ●
「いやぁ……! さすが王子はお強い! 私の負けです!」
「さすが王子! 王子の剣に敵う者は、もはや王国内には誰もいますまい!」
「い、いえいえ。私が陛下に剣を向けるなど、とてもとても――――」
――――それは、化け物となったロエンドールのかつて見た光景。
物心ついた頃からロエンドールは不思議に思っていた。
自分と戦う者は、誰一人として真実を口にしない。
すぐに手を抜き、早々に自ら負けを認め、地面に這いつくばって負けましたと口にする。
どうして?
なぜこの人間達は、誰一人として自分と本気で戦おうと――――向き合おうとしてくれないのか。
連王国の王子として生まれ、類い希な才能を持ち、王族の中で無数の臣下に囲まれて育ったロエンドールだったが、不幸なことに、彼には感情を露わにして自身と繋がろうとする人間関係が決定的に欠けていた。
洞察力に優れ、高い知能も有していたロエンドールには、周囲の大人が誰一人として本心を口にしていないことなどすぐにわかった。
本心という言葉の意味すら知らなかった幼い日のロエンドールにとって、それは致命的に空虚な世界を彼の周囲に構築する一因となってしまう。
もしかしたら――――この人達も自分自身も、全て幻のような存在で、生きていると思っているのも全部自分の錯覚なんじゃないか。本当は誰も、心や感情なんて持っていないんじゃないか。
幼く優秀なロエンドールの心には、日々そんな恐怖と疑念が積み重なっていった。
そんな疑問に耐えかねた幼いロエンドールは、ある日試しに近衛の体を戯れで傷つけてみた。
果たしてこの人間は、自分が何をしても延々と負けましたと――――陛下はお強いと言い続けるのだろうか。腕を切れば、足を切れば、さすがに怒り狂って罵声の一つでも浴びせるのではないかと期待していた。
「こ、殺してやるッ! よくも俺の腕をおおおッ!」
「わぁ……!」
結果は、ロエンドールの期待通りだった。
片腕を切断された近衛はついに怒り狂い、我を忘れてロエンドールに斬りかかってきた。そんな近衛の怒りと憎しみに触れたロエンドールは喜びにその身を震わせ、歓喜の笑みを浮かべた。
「へぇ……やっぱり人間って、酷いことをされたらちゃんと怒るのかぁ。良かったぁ……僕も、みんなもちゃんと生きてたんだ」
ロエンドールが初めて自覚した他人からの純粋な感情。それは憎悪だった。
憎悪こそがロエンドールに生きている実感を与え、他者が意志を持っていることを確認できる唯一の方法だった。
「うん。君の飼っていた犬なら、昨日僕がたき火にくべて殺したよ。どう? 僕のことが憎い? 殺したい? どうかな?」
ロエンドールの世界との繋がり。それは、自らに向けられる憎しみと、そこから始まる戦いによってのみ得られた。
ロエンドールの行為は日々エスカレートし、ヘイトへの渇望は留まるところをしらなかった。
「もっとだ――――もっと余を憎め! 余を傷つけろ! 貴様らの憎しみを、心を! もっと余に見せろおおおおおお!」
闇の中、未だ埋めれぬ渇望を抱えたロエンドールが狂気の叫びを発する。
だが、そんな闇の中でさらなるヘイトを求めるロエンドールの意識に、先ほども聞いたあの声が――――あの小さく無力な少年の発した力が届いた。
「我ら――――決して許されること無しっ!」
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