第七章 全ての憎しみを

まだ来てないまめたんっ!


 雷雲渦巻く天の下。

 辺りを照らす雷の光に、不気味な影を浮かび上がらせる無数の尖塔。


 ここはマイラルド連王国の首都からほど近い、グラーフ要塞。

 七重にも重ねられた強固な城壁と、無数の最新兵器で固められた防備は未だかつて突破されたことの無い難攻不落の要塞である。


「ハッハッハッハ! ついに魔王を捕らえたか! これで我ら連王国が覇権を握るときがきた! 目障りなハイランスなど、もはや敵では無い!」


「ははーーっ! 我らが優秀な技術者達が開発した一切の魔を弾く銀の兵士。銀の兵がいる限り、魔王も、法皇も、そしてかつてこの地を見捨てた神すらも我らに勝てる者はおりません!」


 要塞の中心部、厳重に厳重を重ねた警備の施された地下のホール。


 ホール中央には用途もわからぬ機械類と結晶体に繋がれたピコリーが、斜めに傾けられた寝台に横たえられて拘束されていた。


 そしてその前で笑うのは、豪壮な装束に身を包んだ赤髪碧眼の青年。

 彼こそはハイランス聖教によって不敬罪で投獄された先王に代わって王位に就いた、現在の連王国の王――――ロエンドール。

 

 若き剣王として知られ、自らも戦場に立って魔物と戦う生粋の戦闘狂と言われている。その精悍だが好戦的な相貌は、目の前のピコリーを見ていない。


 彼の目に映る物――――それは、この先に待つ魔王の力を源泉とした終わりなき戦いの地平だ。


 配下である技術者達には平和のための技術開発とうそぶいているが、ロエンドールの真の狙いはこの世界を戦乱の渦に叩き込むこと。

 戦場でしか喜びを感じることのできぬロエンドールは、魔王という無限の力を得た上で、昼も夜も、眠ることすらなく自らの剣を振るい続けるという狂気の野望を抱いていた。


 平和など、最初から彼の眼中には無い。


 自らが傷つき、兵士が傷つき、国民が死に絶えようとも、魔王の力さえあれば何もかも一瞬で回復させ、永遠に終わることの無い争いを継続することができる。


 ロエンドールにとって、ピコリーは人でもなければ魔王でもなかった。


 魔王とは、自らが剣を振るうためのただのエサ。

 それが、狂王ロエンドールにとっての魔王だった。


「面白いな。聞けば、魔王とやらはどんな魔物でも生み出すことができると聞く。おい貴様、余の相手として相応しい強大な力を持った魔物を、この場で生み出すことは可能か?」


「えっ!? は、はい……可能だと思いますが、それでは陛下の御身が……」


「やれ。丁度良い余興だ。それとも、貴様らは余の力が魔物に劣るとでも?」


「い、いえ! 早速ご覧にいれましょう!」


 ロエンドールの鋭い眼光に睨まれた側近の技術者は、慌てて装置の起動を指示する。

 それと同時、ピコリーを拘束する結晶体が暗い光を発し、未だ眠ったままのピコリーから魔王の力を引き出していく。


「ほう……?」


 ピコリーの体外へと解放された魔王の力は即座に狂暴な変異を見せた。

 光り輝くもやのような粒子が、すぐさま強大なデーモンの姿を取る。


 コウモリに似た二枚の黒翼に、雄山羊のような曲がりくねった角。紫色の亀裂が全身に奔るその巨体は、紛うこと無く最上級の力を持つ魔物だった。


「ひ、ひえええ……! 陛下! これほどの魔物は想定外ですっ! どうか、お下がり下さいませっ!」


「ハーッハッハッハ! 見事だ、褒美を取らすぞ貴様ら! おい、悪魔よ。こちらを見ろ、余と戦え。よもや見かけ倒しではあるまい?」


「グオオオオオ……ッ!」


 ロエンドールの発した挑発に、デーモンは生まれながらにして持つ自身の強大な魔力を解放する。

 

 広大なホールが小刻みに揺れ、装置を管理する技術者達の顔が後悔に歪む。

 王の命令だったとはいえ、せっかく捕らえたピコリーの拘束が破壊されるかもしれないほどの力が、ホール全体を覆い尽くした。


「ヴァジュラ……オーム……」


 デーモンの発した魔の声は恐るべき破壊の渦となってロエンドールを襲った。

 本来であれば、デーモンが発したその力は街一つ消し飛ばしてもおかしくないほどの威力を持つ。生身のロエンドールがその力を受ければひとたまりも無いはず。しかし――――。


「ハッハーーーッ!」


「――!?」


 しかしロエンドールは無傷だった。

 それどころか、デーモンの放った魔の力を完全に無効化し、霧散させた上ですでにデーモンの背後へと回り込んでいた。

 

 その黒目の無い濁った瞳に、驚愕の色を浮かべるデーモン。だが次の瞬間には、デーモンを形作る背中の翼はロエンドールの振るう剣によってあっさりと切断される。


「つまらんなぁ!? 大層な見た目をしているから如何ほどかと期待したが、この程度とは!」


 ゴキン――――。


 岩が砕けたかのような重い音が広間に鳴り響いた。

 それは、デーモンの首の骨が砕けた音。


 恐るべき事に、ロエンドールは剣を持たぬ方の徒手でデーモンの太い首に掴みかかると、そのまま自身の持つ握力のみでデーモンの首を圧砕した。


 折り砕かれたデーモンの頭部があらぬ方向をだらりと向き、力なく四肢が垂れる。

 ロエンドールは自身が満足できなかった怒りに任せて腕に力を込める。それによって引きちぎられたデーモンの頭部は惨たらしく吹き飛び、地面に転がった。


「ひ……ひィィ……へ、陛下……っ」


「ふん……この程度か。おい貴様、今のでどの程度の力を引き出した? もっと手応えのある魔物は産めるのか?」


 デーモンの返り血にまみれた自身を省みることもせず、ロエンドールはもはや興味も無いとばかりにデーモンの躯を雑に投げ捨てた。

 腰を抜かした技術者がロエンドールに駆け寄り、その汚れた全身を丁寧に拭っていく。


「しょ、賞賛すべきは陛下の偉大なる御力でございます……っ! 今の魔物は相当な魔力を引き出して造り上げたもの。たとえ勇者レオスといえども、そう易々と打倒できる魔物ではございませんっ!」


「なるほど、つまらんな。少しは余を楽しませてくれるかと期待した魔王はこのような小娘。さらには生み出せる魔物の力も期待外れとは」


 ロエンドールは鼻を鳴らし、靴と地面をかつかつと鳴らしながら装置から離れる。


 ロエンドールの強さは常軌を逸していた。

 物心ついたときから生物を殺戮すること以外に一切の興味を抱かず、しかもその欲求は虐殺ではなく自身の命を危険に晒す殺し合いでのみ満たされた。


 当初は犬畜生の類いを、やがては人を。そして今となっては強大な魔物すら自らの欲求のために殺し続けたロエンドールの戦闘力は、もはや人外の域に達しつつあった。


「勇者レオスか――――奴なら余を楽しませてくれようがな。丁度魔王も手に入ったことだ。をエサに、奴をこの場におびき寄せるのも一興か? クククッ」


「いかな勇者パーティーといえども、今の陛下に勝利できるとはとてもとても……もはや、今の陛下の相手となる存在など世界中探してもおりますまいて……」


 自身と同様、人の持つ力の限界を超えたと謳われる勇者レオス。


 もはや魔王はロエンドールの手の内。魔王を倒すという勇者の使命も必要ない。

 そう考えたロエンドールは、早速自身の手でレオスを血祭りに上げる算段を立て始め、狂暴な笑みをその顔に貼り付ける。だが、その時――――。


「――――その必要は無い。わざわざ王の手を煩わせずとも、俺はいついかなる時においても逃げも隠れもしない」


「ですねぇ……もしかして、私たちをわざわざ攻撃したのも、ここに来て欲しかったからだったりします……? 怖いですねぇ」


「狡いことしやがるじゃねえか。それが王のやることかよ? エエッ!?」


「それよりも皆さん、あれを見て下さい。奥に囚われている少女から感じる魔力――――レオス、どうやらここが私たちの旅の終着点のようですよ」


「貴様らは……」


 広大な地下のホールに、力強く熱い声が響いた。

 ホールの出入り口を塞いでいた分厚い扉が軽々と吹き飛ばされ、散らばる木片を跳ね飛ばして数名の連王国兵士達が雪崩のように倒れ落ちていく。


 そしてその後から悠々と現れた四つの人影――――。


 獅子のたてがみのように逆立った黄金の髪に、同色の瞳を輝かせる青年。勇者レオス。そしてその隣に立つ青髪の眼鏡をかけた女性、賢者ルーントレス。

 二人を庇うように油断無く前に出るのははげ上がった頭にでっぱった腹回りの中年男性、盗賊王ヤグラ・シノノメ。

 そして最後に室内へと足を踏み入れ、即座にピコリーの存在を見つけ出す進化デュオキス。


 世界を救うための旅を続ける最強の勇者一行が、血にまみれた戦いを求める狂王の下に現れたのだ。


「連王国国王ロエンドール。どうやら、貴様の正体見たりだな。その少女を捕らえて何を企んでいるかは知らんが、まずは俺たちの命を狙った返礼をこの場でさせてもらうっ!」


「ハッハッ! これはこれは……まさか勇者ご一行様のご到着とはな。そこに転がっているゴミとは違い、少しは余を楽しませてくれるのだろうな?」


 瞬間、交錯する勇者と狂王の殺気。


 眠り続けるピコリーのすぐ傍で、人類最強の力を持つ二人の戦士が共にその刃を抜いた――――。





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