想われるまめたんっ!


 闇の中――――。


 どこまでも広がる暗い視界。

 うっすらと目を開けたピコリーは、その闇の中に一人の少年の背中を見た。


(アルルン……?)


 少年の背中に思わず声をかけようとするピコリーだったが、ピコリーの意識は、自分の体を自由に動かすことができない。


 どこか、ガラスで区切られた窓から外の景色を眺めているような感覚。

 今のこの体と光景は、自分のものであって自分のものではない。


 ピコリーは、すぐに自分が置かれたこの状況に思い至る。

 かつて、自分が魔王の力を受け継いだ際にも見た、かつての魔王の記憶――――。


 ピコリーは今、はるか昔のの記憶を見ているのだ。


「どうしても、神様のところに行くの……?」


「うん。神様に、魔王の力を無くして貰うように頼んでくるよっ」


 かつての自分――――自分と遠く血の繋がった過去の魔王は、深い悲しみに沈んだ声を少年に向かって発した。

 それはまるで、それをすれば少年がどうなるか、全て知っているかのようだった。


「そんなことをしたら、君も――――」


「そうかも。でも、神様も僕のお願いなら少しは聞いてくれるかもしれない」


 少年はピコリーのよく知るアルルンの声よりも毅然とした、自信に満ちた声で魔王に答えた。

 ピコリーの意識がこの場にいる魔王と同調し始め、かつての記憶が溢れるように沸き上がってくる。


「でも! 人間が神様に意見するなんて――――そんなことをして神様が怒ったり何かしたりすれば、きっと世界中の人から恨まれるっ! 君も、私と同じように沢山の人から憎まれるようになる! 君は知らないかもしれないけど、それってとっても辛いんだよ……っ?」


 かつての魔王はそう言って、少年に思いとどまるように懇願する。

 しかし――――。


「……そうだとしても。僕は行くよ」


 少年は、決して揺らがぬ決意が込められた声で言い切った。

 その声はどこまでも力強く、とてもその幼い外見からは想像できない程の重みを感じさせるものだった。


 少年は勇者だった。


 絆を結んだ仲間達とパーティーを組み、魔王を討伐するべく世界を旅する一団のリーダーだった。

 両手に盾を持ち、敵を倒すことよりも、仲間を守ることだけを考えるその姿から、いつしか彼はツインシールドの名で呼ばれるようになった。


 数年の旅の後、ついに魔王の元へと辿り着いた彼らは、魔王の正体を知って驚愕した。実際に見た魔王はなんの害意も持たず、自身の力が原因で多くの人々が傷つくことに心を痛める、心優しい少女だったからだ。


「皆にも無理を言ってしまったけど、やっぱり僕はこんなのおかしいと思う。僕達は、君みたいな人を殺すために今まで頑張ってきたわけじゃない。世界中のみんなを守りたくて戦ってきたんだ」


 魔王は、この目の前の少年に自分を殺す力がないことはすぐにわかった。

 屈強な戦士が何度斧を振り下ろそうと、魔王は死ぬことはない。

 両手に盾を持った少年が、魔王を殺すことなど出来ようもない。


 しかし少年には不思議な力があった。

 少年はその力を私利私欲のために使うことは決してなかったが、もしそのつもりがあれば、少年はその力を使って魔王を殺すことすら可能だった。


「私……どうしたらいいのかわからない。私のせいで、世界中の人が傷つくのも、君が私と同じような辛い目に遭うのも嫌――――どうして、どうしてこんなことに……っ」


 かつての魔王は、揺るがぬ少年の決意にがっくりと膝を落とし、ぽろぽろと涙を零して悲しみを露わにした。

 歴代の魔王がそうであったように。彼女もまた、神から強制的に与えられた自身の力によってその心を酷く傷つけられ、苦しめられていた。


「――――大丈夫。もし僕がこれから世界中の人に憎まれたり、怒られたりするようになっても、きっと今までと同じじゃないと思う」


「え……?」


 気付けば、少年は魔王を振り返り、幼さの残るあどけない顔に穏やかな笑みを浮かべていた。


「これからは、僕も君と一緒にいるから。上手く行っても、駄目だったとしても――――二人なら、きっと楽しいよ」


「ああ……」


 少年は最後にそう言って笑うと、そのまま一人旅立っていった。

 魔王はもう何も言わず、少年の帰りを信じて祈りを捧げた。



 そして――――。



 魔王という存在はその後も変わらず存在し続け、少年は世界の仇敵となった。

 神は去り、この世界に設定された仕組みとルールが変わる機会は永遠に失われた――――。


 

(アルルン……)


 ――――闇の中。


 ピコリーは、約束通り生涯魔王の傍を離れなかったその少年と同じように、自分と一緒に居ると言ってくれた小さなタンクの名前を呼んだ――――。

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