怒るまめたんっ!
「法皇様が……どうしてアルルンを……!?」
「ほ、法皇様っ? でも僕を消しにって…………」
突如として室内に現れた法皇エクスの言葉に、困惑と驚きを露わにするアルルンとピコリー。
実際、ピコリーは法皇の名を聞いた際、狙いは間違いなく自分だろうと覚悟していた。しかしその予想は外れ、法皇自身の口からアルルンを標的としていることが語られたのだ。
「チッ! エクスよ、久方ぶりで少しはその頭も柔らかくなったかと期待したが、相変わらずの石頭ではないか。いかにツインシールドの血を引くものとはいえ、こんな子供相手に血相を変えて出向いてくるとはな」
「それは私の台詞だよフェア。あの男が何をしたか。そしてそれによって何が起こったかは君だって良く覚えているはずだ。しかもそれで終わっているならまだしも、彼は失われかけていた
「えっ!?」
問答無用だった。エクスは困惑するアルルンやピコリー、そして問答をしかけるフェアとの対話もそこそこに、法衣を纏った腕を僅かに持ち上げると、その指先からアルルンめがけ閃光を放った。
「せっかちな男だ。対話を是とするハイランスの法皇がこのような事をしていると知れれば信徒共は悲しむであろうな?」
「フェア様っ!?」
「なるほど。どうやら一人で魔王を守ってきただけあって、力は衰えていないようだね。嬉しいよ、フェア」
だが、エクスの放った閃光はアルルンに到達することはなかった。アルルンとエクスの間に、白黒の世界でも視認可能なほどに強力な魔力の障壁が既に展開されていたのだ。
弾かれたエクスの光弾は室内の天井部分に直撃し、そのまま遙か彼方まで昇っていった。
「エクスよ。今までもそうであったように、私は貴様らの役目の邪魔をするつもりはない。
フェアはその美しい相貌に伺うような色を浮かべ、片手をエクスに、そしてもう片方の手でアルルンとピコリーを庇うようにして法皇の前に立ち塞がった。
「フフフ……君は本当に昔から変わらないねぇ。キツイ物言いや近寄りがたい雰囲気を出しているくせに、私達の中で一番優しい。導く? 導くだって? どうして大罪人であるツインシールドの者達を導いてあげる必要があるんだろう? 私はあの時も言ったじゃないか。大罪人の血族など――――根絶やしにした方がいいってねぇ!」
「っ! アルルンっ!」
「うわわっ!」
その瞬間、フェアに油断はなかった。しかしエクスのアルルンに対する殺意は、フェアの予想を上回っていた。
遙か天上にめがけて弾かれた筈の先ほどの光弾が、キャラバンの窓枠を突き破ってアルルンの背後から襲いかかった。フェアは薄いガラスの割れる音に反応は出来たものの、障壁の展開は間に合わない。
「そうまでしてアルルンを消したいかッ!?」
普段のアルルンを知り、アルルンの健やかで素直な精神性を知りすぎたフェアは、どこかエクスの殺意を甘く見積もってしまっていた。
エクスにとって、
「だめ――――っ!」
「ピコリーっ!?」
フェアが反応するのとほぼ同時。アルルンを自身の胸の中に抱きしめるピコリー。
ピコリーはずっと身構えていた。エクスが最初の攻撃をアルルンに仕掛けてから今まで、彼女はその意識をエクスやフェアではなく、ずっとアルルンを守ることに注ぎ続けていた。
その意識の集中が、エクスの不意を突いた攻撃からアルルンを庇うことを可能にした。そして――――。
「なんと、これはまた厄介な――――ッ! フェア、貴方は既にこうなっていることを知っていながら、それでもなお放置していたというのかい!? この光景を見て、それでもまだ導くなどと言えるというのかッ!?」
「――――大丈夫? アルルン……」
「ピコリー……っ!?」
エクスの光弾からアルルンを庇ったピコリーの肩口から鮮血が流れ落ち、彼女の細い腕を伝ってアルルンの視界に入った。
「そんな……! 僕を守ったせいで……」
「私のことなら気にしないで……私の傷は……どうせすぐ治るから……」
「そんな……っ! そんなこと……っ!」
心臓を鷲づかみにされたような表情を浮かべるアルルンに、ピコリーはその額に痛みからくる冷たい汗を滲ませながらも気丈に笑みを浮かべた。
いかに魔王が無限の生命エネルギーを持つとはいえ、痛みや苦しみが消えるわけではない。ピコリーは自身を襲う激痛に気を失いそうになりながらも、それでもアルルンの盾になることを止めようとしなかった。
「フェア……! やはりこれ以上は看過できない! この光景――――あの時と全く同じこの光景を見ても君は何も感じないのか!? 全ての災厄は、魔王とあの男がこうして出会ったからこそ始まったことを忘れたのかッ!?」
「ああ……忘れてなどいない。しかしエクスよ。此度その状況を引き起こしたのは貴様だ。貴様がこのような強行に出ていなければ、このような事態は起こっていなかった――――その意味を、カビの生えた自身の頭で良く考えるのだなッ!」
アルルンを庇うピコリーの姿に、なぜか後ずさるほどの動揺を見せるエクス。
だがそんなエクスの前に、ピコリーを傷つけられ、怒髪天となるまでにその怒りを露わにしたフェアが、周囲の空間を歪めながら立った。
長きにわたり
しかし――――そうはならなかった。
「――――我ら決して許されること無し。この身尽き果てるまで、汝らの恨み消えること無し――――」
「あ、るる……ん……」
「――――!? そ、その言葉は!?」
それはエクスの眼前。そしてフェアの背後。
傷つきながらもアルルンの身を案じるピコリーをそっと床に寝かせなながら、アルルンが発したその言葉――――。
「ま、まさか! まさか、その力を……私に使うつもりじゃないだろうね!?」
「アルルン!? この力は、かつての……」
アルルンの発したその言葉に、ついに恐怖の色すら浮かべて立ちすくむエクス。
フェアもまたその額から冷たい汗を流し、赤い瞳を見開いてアルルンを見つめた。
「よくもっ! よくもピコリーに怪我をさせたな! お前は絶対に許さないぞっ!」
心優しいアルルンらしからぬ――――いや、心優しいアルルンだからこそ発した激怒の叫び。すでにその声からしてエクスは動けなかった。
「これ以上は絶対に傷つけさせないっ! ピコリーも、フェア様も! 僕の目の前で、誰が傷つくことも許さないっ!」
傷ついたピコリーを横たえ、背後のエクスに向かってアルルンが振り向く。
「や、やめろ……! その目で私を見るな! その言葉を発するな! やめろ!」
普段は無邪気さと優しさ、そして頼りなさを湛えるアルルンの大きな青い瞳の中で、激しい怒りと敵意が渦巻いていた。
フェアの旧知であり、フェアと互角の絶大な力を持つかに見えたエクスが、アルルンの発した怒りとその眼光に怯え、指一本すら動かすことができない。
「やめろおおおおおおおお!」
「お前の相手は僕だ――――!
自身に向かってついに放たれたその力に、エクスは絶望した。
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