目覚めるまめたんっ!
「お前の相手は僕だ――――!
「ぐっ!」
アルルンがそう叫ぶと同時、エクスが自身の力を発揮しやすいように外界と隔絶した白と黒の領域が砕け散った。
周囲の景色が再び色を取り戻し、キャラバンが駆動する重い地響きが定期的に一同の耳に届いた。
「さあっ! お前の目的は僕なんだろっ!? ピコリーやフェア様なんかに構わず、この僕と勝負しろっ!」
怒りに目を見開いたアルルンが身を屈めて声を荒げた。
今のアルルンは盾はおろか、鎧すら身につけていない。小さいとはいえ、並の子供程度ならば遙かに上回る身軽さや体力を持つアルルンだったが、丸腰で超常の力を持つ法皇エクスに挑むのはあまりにも無謀だった。
アルルンに勝算はなかった。ただ、ただもう誰にも傷ついて欲しくない。
ただそれだけだった。
フェアやレオスに何度も言われた、勇気と無謀の違いや、まずなによりも自分自身が生き延びてこそ、仲間を守ることができるという教え。
今のアルルンにも、それらの言葉の大切さはよくわかっていた。
今ここで自分が
しかしそれでもアルルンは許せなかった。
レオス達と行動を共にしているときからそうだった。アルルンは、目の前で自分の仲間が傷つくことに病的と言えるほどの拒否反応があった。
何度レオス達に言い含められてもアルルンが自身を囮にすることを止めなかったのも、そのような彼の生来の性格に起因する部分が大きかった。
「おのれ――――っ! 良くもこの私にそのような、そのような力をッ!」
アルルンの啖呵を受けたエクスの美しい相貌が憤怒に歪み、その額に青筋が浮かび上がる。
全挑発の影響下にある故かは定かではないが、エクスは普段の彼からは考えられないような形相で拳を握り締め、全身を震わせて怒りを露わにした。そして――――。
「この世から消え去れッ!
「っ!」
エクスの全身に込められた力が――――解放された。
――――渾身のぐるぐるパンチとなって。
「え? うわあっ!?」
「許さないッ! 殺してやるッ! この私が直々に血祭りに上げてくれるッ! 待てッ! 逃げるな
それは、あまりにも異様な光景だった。
普段から太陽のような笑みを絶やさず、常に余裕を持って事に当たる法皇エクス。
その偉大なる法皇が怒りに我を忘れ、その細く頼りない拳をぐるぐると振り回す。
迫力だけはあるエクスのその剣幕に、アルルンはギョッとしたように身を屈めて横っ飛びに回避する。
アルルンのその動きに、目の前しか見えていないエクスはついて行くことができない。長く重い法衣の裾に足を取られて頭から地面に転げ落ちる。
「アバーーッ! おのれぇぇぇぇ!
「ええっ!? い、今のはあなたが勝手に転んだんじゃ……っ!?」
「
「うわわわっ!」
受け身もろくに取れず、額から血を滴らせて白い歯をぎりりと食いしばるエクス。そのあまりにもあんまりな法皇の姿に、当初は怒りに燃えていたはずのアルルンも困惑の表情で室内を逃げ回り始める。
それはまるで、幼い子供同士のケンカのような有様だった。
そして、そんな二人の様子を呆然と見つめるピコリーと、なんとも困ったとばかりに眉間に皺を寄せて首を振るフェア。
「え、えーっと……これってどういう……?」
「な……なんという恐るべき力だ……ついに恐れていたアルルンの真の力が目覚めてしまったか……」
「えっ!? こ、これってアルルンのせいでこうなってるんですかっ?」
フェアの発した言葉に、驚きの声を上げるピコリー。
既にエクスから受けた傷は完治し、しっかりとした足取りでフェアの横に立ったピコリーは、そこでフェアもまたガタガタと恐怖に身を震わせていることに気付いた。
「そんな……フェア様でも怯えるなんて……。教えて下さいフェア様、アルルンの力って一体なんなんですかっ?」
「ピコリーよ……私達がサーディランで見たアルルンの
「本来の……
二人の眼前では、未だにエクスとアルルンの壮絶な追いかけっこが繰り広げられていた。その途中でエクスの拳がアルルンを捕えることも何度かあったが、どうもその勢いとは裏腹に、アルルンは痛くもかゆくもないという表情で不思議そうに首を傾げている。
「おかしいと思わんか? ひとたびアルルンが
「それはたしかに不思議ですけど……でも、アルルンはそのせいで何度も危険な目にあったって……」
「それはアルルンの
フェアはそこまで話したところで一度言葉を句切ると、未だアルルンを追いかけ回すエクスに向かって手をかざす。するとどうだろう、エクスの周囲に透明なガラスの瓶のようなものが出現し、被さるようにしてエクスをその瓶の中に閉じ込めてしまう。
瓶の中に入れられたエクスは無様にその瓶の壁に激突すると、しかしそれでもまだ諦めずに全身を押しつけてアルルンを求めた。
『もごご……っ! 待て! 逃げるな! どこに行くッ!? ガアアアアア!』
「なんともな……ピコリーを傷つけたとは言え、ここまでの醜態はさすがに見るに忍びないものだ……ううむ」
未だ怒り狂うエクスを収納した瓶は目の前でみるみるうちに小さくなっていく。フェアは小気味よい音と共に地面に落ちた瓶を手に取ると、なんとも言えない表情でそのふたを閉じた。
「アルルンっ! 大丈夫っ?」
「ピコリーっ! 君の怪我はっ!?」
「心配しないで。私の怪我はもう治ったから大丈夫。さっきは驚かせてごめんなさい……」
「そんな……僕の方こそ、守ってくれてありがとう……」
そしてそのすぐ横で一息ついたアルルンに駆け寄るピコリー。
二人は互いの無事を確認すると、安心したように笑みを浮かべてどちらからともなくその手を握り合った。
「本来であれば、この力は眠ったままにしておきたかったのだがな……。アルルンよ。こうなってしまった以上貴様も自身の力について知らなくてはならん」
「僕の力……?」
エクスを収めた小瓶を部屋の棚に置くと、フェアはアルルンに鋭い眼差しを向けてそう言った。
「そうだ――――
「し、支配ですかっ? でも僕、そんなことをするつもりは……」
「ククッ……だろうな。ツインシールドの者はいつの時代も同じ事を言う。しかしたとえ貴様がそう考えていても、周りの者共はその力が存在しているという恐怖に耐えられん。何を隠そう、この世界の神がこの世からおめおめと逃げ去ったのも、
「え……えええええっ!?」
呆れたように口にするフェアのその言葉に、それを聞いたアルルンもピコリーも、共に目を丸くして驚きの声を上げるのであった――――。
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