心配されるまめたんっ!
幾条もの稲光が、黒と灰で塗り込められた天上から大地に降り注ぐ。
雹と雨粒の混ざり合った豪雨と、唸りを上げる暴風。それら凄まじい嵐の中、その戦いは決着を迎えた。
「ラー・ライム・ラインフィール……光の加護よ、その在り様を刃に変え、彼の者と共に! 今です、レオス!」
「任せろ――――!」
雷光によるものでない閃光が、薄暗い嵐の闇を奔った。
その光の主は勇者レオス。
そしてそのレオスの後方。純銀に輝く幾何学模様を自身の周囲に浮かび上がらせた青い髪の女性が、ローブをはためかせながらレオスへと膨大な魔力を注ぎ込んだ。
「はああああああ!」
女性の援護を受けてその身に光を宿したレオスは、稲妻をも上回る速度で眼前に立ち塞がる巨大な影へと迫り、一瞬の間も置かずに両断した――――。
「グオオオオオオオン!」
気合一閃。レオスの放った凄まじい斬撃は、数十メートルもの高さを誇る巨大な影――――あらゆる魔物の中でも最強クラスの力を持つと言われる邪竜の首を、見事に切り落としていた。
「どおおりゃあ!」
「グ……ッ! ばか……な。速すぎる……!」
邪竜がレオスによってその命脈を絶たれるとほぼ同時、すぐ傍で剣戟を交えていた禍々しい漆黒の騎士が、頭髪が大きく後退した中年男の一撃を受けて絶命する。
「この盗賊王ヤグラとやり合うには、てめぇは何もかも遅すぎるなぁ! 出直してこいやッ!」
そのでっぷりと脂肪のついた丸い肉体からは想像も出来ない身のこなし。それこそ、勇者パーティー最速と謳われる盗賊王ヤグラだった。
そして更には――――。
「申し訳ないのですが、私はまだ未熟故、神々に比べて慈悲深くありません。せいぜい苦しみ悶えて冥府へと帰りなさい――――
神々しい純白の法衣を纏った痩身痩躯の青年が静かに呟く。彼の周囲には大小無数の魔物が群がっていたが、その全ては青年の呟き一つで跡形もなく消え果てていく。
魔物達に宿る魔王の魔力が完全に外界から遮断され、自身の存在を維持することが出来なくなったのだ。
「よし――――全員怪我はないか!?」
「へへへっ。この程度の相手じゃ肩慣らしにもなりゃあしねぇ!」
「こちらも片付きましたよ。本来であれば、取るに足らない相手だったと言いたいところですが――――」
自らの聖剣に付着した邪竜の血を振り払ったレオスが仲間達へと声をかける。最早魔王討伐すら可能と目されるレオス達にとって、並の魔物では相手にもならない。しかし彼らの表情は皆一様に暗く、憂いに満ちていた。
「――――アルルン君と別れてからすぐ、ずっと平和だったこの地方にこんな強力な魔物が現れるようになるなんて……アルルン君、無茶してなければいいんですけどぉ……」
「なるべく安全な場所で別れようと思い、彼の生家の近くまで連れてきたつもりだったが……裏目に出たか……」
はだけたローブを正しながらレオスの隣に立つ、長い青髪に黒縁の眼鏡をかけたそばかすの女性――――彼女の名はルーントレス。
未だ二十歳にも満たない若輩の身でありながら、すでに大陸全土から大賢者の呼び名を欲しいままにする才媛である。
「い、いくらアルルンだって一人でこんな化け物共に挑んだりはしねぇだろ……しねぇ……よな? なっ!?」
「ヤグラ……希望的観測はやめましょう。私たちがよく知るアルルンは、たとえ一人でも誰かを守るためなら躊躇なく身を犠牲にする少年でした。今のこの一帯の有様を見れば、我々と別れた後に、彼が厄介事に巻き込まれた可能性は高いと言わざるを得ません――――」
そのひげ面にありありと不安の色を浮かべてアルルンを心配するヤグラ。しかしそんなヤグラに、ゆっくりと背後から歩み寄っていた痩身痩躯に黒髪の神官――――デュオキスは淡々と、しかし自身もまたアルルンの身を案じるような声色で声をかけた。
「城塞都市サーディランを襲っていた魔物が突然街から離れ、他のものには目もくれずに導かれるようにして消えたという話を聞いた――――まさかとは思うが、アルルンの
強力な魔の気配が消えたことで嵐が止み、分厚い雲間から太陽の光が降り注ぎ始めていた。
レオス一行はアルルンと別れてすぐ、そこからさらに北に位置するハイランス聖教の総本山である白い塔に魔王討伐の進捗を報告しに向かった。
本来であれば、そこで教皇であるリレアエムンリスト・ハイランスの神託を受け、魔の影響が濃い大陸東南へと旅立つはずだった。
しかし、白の塔を旅立ったレオス達を待っていたのは、無数の凶悪な魔物によって襲われる大陸北西部の惨状だった。
サーディランを初めとした大陸北西部の諸侯や戦士達は、そもそもそれほど強力な魔物と戦った経験がない。
レオス達はこの一帯の平和を取り戻すため、魔王討伐を一端棚上げし、北西部の治安回復のために各地を奔走していたのだ。
「今更遅いけどよぉ……こんだけの数を相手にするなら、やっぱりアルルンは俺たちで気長に鍛えながらでも連れてった方が良かったんじゃねぇかな? アルルンがその気になりゃあよ、出てきた魔物全部をおびき寄せることだってできたかもしれねぇ……」
「アルルンを犠牲にすれば……な」
「もうわかってると思いますけどぉ……誰かを守りながらの戦いは、それだけで私たちの戦力を大幅に減少させるんです……特に私たちは皆さん強力な個の集団ですから、なおさらアルルンの影響が大きかったじゃないですかぁ……」
連日連夜の強行軍と終わりの見えない戦いに、ヤグラはぼやくようにしてアルルンの
もちろん、レオスやルーントレス。そして当のヤグラですら、そのような戦法を良しとはしなかっただろうが――――。
「とにかく、俺としてはアルルンのことも気がかりだ。各地の魔物を討伐しつつ、アルルンのご実家にも一度立ち寄ってみるとしよう。なにか手がかりがあるやもしれん」
「ですねですね……ああ、アルルン君……どうか無事でいてください……およよ……」
どこまでも広がる青々とした草原の中。
葉先についた先ほどまでの豪雨の水滴が地面へと落ち、辺りをわたる湿った風がレオス達の間を通り過ぎていく。
レオス達は皆、一時たりともアルルンの愛らしい笑顔と、ひたむきな姿を忘れたことはなかった。彼らがアルルンと別れた場所も、アルルンの生家から一街程度の長く平和だったはずの場所だったのだ。
結果としてアルルンは家には戻らず、大陸北西部の平和は突如として破られた。
レオス達はそれらの事実に、今も深く後悔の念を抱いていた――――。
だが、その時である。
「――――おい!? あれを見てくれ、なんかこっちに向かってくるぞ!?」
「あれは――――飛翔船ですね。あれほどまでに大きな飛翔船を見るのは、私も初めてです」
遮蔽物一つない草原のど真ん中で今後の行動を思案するレオス達めがけ、遙か上空から数十隻にも及ぶ空飛ぶ船が近づいてくる。
その船体は漆黒に塗られ、各所に黄金の縁取りが施された豪奢なもの。
そしてそれら船団を構成する艦艇の船首には、吼え猛る獅子が描かれたビロードの戦旗がはためいていた。
「んんんんんっ? あれは連王国の戦旗――――おかしいですねぇ……こんな私たち以外誰も居ないようなへんぴな場所で、あんな大艦隊が戦旗を掲げたりするでしょうか? いーえ、掲げませんっ! レオス!」
「なるほど、そういうことか。彼らの狙いは――――どうやら俺たちのようだな!」
あっという間にレオス達の上空を旋回し、晴れ間を遮って影を落とす連王国の飛翔船。その飛翔船の船底に備えられた無数の砲塔が、眼下のレオス達に狙いを定めた――――。
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