お話しするまめたんっ!
「うわああ……って、あれ?」
暴れる巨人の背から振り落とされ、ふわりとした浮遊感の中で意識が途切れたアルルン。
なんとか態勢を整えて逃げようと必死にもがくアルルンの目に飛び込んできた光景は、木製の壁に四方を囲まれた狭い部屋。そして柔らかなベッドの感触だった。
薄暗い室内には小さな窓枠から青白い月の光が射し込み、アルルンが目を覚ました寝台のすぐ隣には、オレンジ色のランプが灯されている。
そして、その明かりに照らされながらアルルンを優しく見つめる緑髪の少女――――ピコリー。アルルンがこの場所でこのようにして目覚めるのは、これで二度目だった。
「良かった……目を覚ましたんですね。どこか痛むところはありませんか?」
「ピコリー……」
目覚めてすぐにその室内の光景を目にするのが二度目なら、傍で自分を心配そうに見つめるピコリーを見るのも二度目だった。
すぐに起き上がろうとするアルルンを優しく制しながら、ピコリーはにっこりと笑みを浮かべた。
「今はまだ横になっていて下さい。目についた怪我は私の力で治したんですけど、もしかしたらどこかにまだ痛む場所が残ってるかもしれません」
そう言われたアルルンは大人しく毛布の中に戻ると、掌を握ったり開いたり、両足をばたつかせたりして自分の体の様子を見る。
気絶するほどの衝撃を受けたというのに、どこにも違和感を感じる部分はなかった。
「うんっ、大丈夫みたい」
「それなら良かったです。でも無理は禁物ですよ」
そんなアルルンの様子にピコリーは安心したように言うと、寝台の横に置かれたポットから、僅かに湯気の立つぬるま湯をカップに注いだ。
「フェア様からお話は聞きました。私を捕まえに来た連王国の人達を、アルルンが追い返してくれたって……」
「連王国……? そうだった……あの人たちはどうなったの!? それに、巨人さんもまだ暴れてて……っ」
「はわー! だからダメですって! まだ寝てて下さいって言ってるじゃないですかーっ!」
ピコリーの言葉に、慌てて寝台から身を乗り出そうとするアルルン。ピコリーは再び跳ね起きようとするアルルンを寝台に無理矢理押し戻すと、その小さな体の首元から肩まで、丁寧に毛布をかけた。
「安心してください。連王国の人達は森から逃げていきましたし、暴れていた巨人さんはフェア様が小さくして箱の中に入れてましたっ」
「えっ!? 小さくしてって……フェア様はそんなことまでできるんですか?」
「本当に凄いですよね。フェア様の魔法で出来ないことがあるのなら、逆に私が知りたいくらいです。ふふっ」
驚くアルルンに、ピコリーは少し誇らしげな笑みを浮かべてそう言った。
普段は互いに気兼ねなく軽口を言い合うピコリーとフェアだったが、実際のところピコリーはとても深くフェアを信頼していたし、その力を誇らしくも思っていた。
僅か数日を共にしただけのアルルンにも、二人がとても強い信頼で結ばれていることは、手に取るように理解できた。
「はふー……よかったぁ……」
「フェア様も、アルルンのこと凄く褒めてましたよ。まだまだ詰めが甘いが、大分マシになったなって」
「フェア様が?」
「はいっ! 言い方は素直じゃないですけど、ニコニコしながら仰ってました。アルルンが頑張ったこと、フェア様もちゃんと分かって下さってると思います」
フェアが今回のアルルンの行動を認めてくれたらしいという事実に、さらにさらに驚くアルルン。それもそのはずで、アルルンには今回の件とサーディランでの無茶に違いがあるようには思えなかったのだ。
今回もまた一人でなんとかしようと先走り、結局自分の身を守りきれずにこうしてピコリーやフェアに助けられて命を繋いだ。
アルルンには、どうしてフェアが自分を認めてくれたのか。正直なところよくわからなかった。
「ふふっ。フェア様も私も、アルルンがどんなに頑張ってるのか、ちゃんと見てるんです。あの街でアルルンが一人で無茶をしてた時から、ずっと――――」
「ええっ? あの時ってピコリーも見てたの?」
「はい。実はフェア様と一緒に、少し離れた場所から見てたんです。フェア様はああいうお方なので、あの後もアルルンに厳しく接したかもしれないけど、私は……」
ピコリーはそこまで言うと、僅かに俯いて言葉を句切る。
アルルンはそんなピコリーの様子に、首を傾げて不思議そうな眼差しを向けた。
「私は……アルルンのこと凄いなって……私よりもまだ小さいのに、どうしてあんなことができるんだろうってびっくりしたんです。フェア様は『考え無しだからだ』って呆れてましたけど……私は、何も考えなくても誰かを助けるために動けるアルルンのこと、素敵だなって思いました……」
「ピコリー……?」
まっすぐに注がれるアルルンの青い瞳から僅かに目を逸らし、辺りを照らす明かりによるものではない理由でその頬を僅かに染めるピコリー。
ピコリーはそのまま何かを思い出すようにして、言葉を続けた。
「本当は私、アルルンと初めて会ったあの日まで、凄く荒れてたんです……。どうして私だけがこんな目に遭うんだろうって……私だって、好きで魔王なんかになったわけじゃないのにって……」
「荒れてたって……ピコリーが? 全然そんな風に見えなかったけど……」
「それはアルルンのお陰です。あの時――――私以外にもこんな不思議な力を持ってる子がいるんだって知って……しかもアルルンはその力を、自分なりに人の役に立つように使おうって必死に頑張ってて……それで、私もとっても元気が沸いてきたんですっ」
「そ、そうだったの!? 僕は、フェア様にも言われたとおり、自分のことばっかり考えてて……そ、その……ピコリーが言うみたいな、立派なことはぜんぜん……っ」
ピコリーのその真っ直ぐな言葉に、今度はアルルンがたじたじとなって顔を赤くする番だった。
アルルンは否定の言葉を漏らしながら恥ずかしそうに毛布を引き上げ、顔の半分を隠して瞳だけをピコリーに向ける。
「もちろん、私もアルルンにあんな無茶なことをはして欲しくないです。でも、それは私も一緒なんです。私の力も、アルルンの力も……もう持ってるものを悲しんだり、後ろ向きになっても仕方ないですっ。アルルンが毎日頑張ってるみたいに、私も自分の力とちゃんと向き合おうって……今はそう思ってますっ」
「自分の力と向き合う……」
「はいっ。だから……私はとーーっても、アルルンに感謝してるんですっ。アルルンのお陰で、凄く前向きになれました。今だって、毎日アルルンが頑張ってるのを見て、私もいっぱい元気を貰ってるんです」
「わぁ……そうなんだ。なんだかうれしいな……えへへ」
互いに笑みを浮かべて見つめ合うアルルンとピコリー。ピコリーのその言葉に、アルルンもまた、ピコリーが言うように自身の中に暖かな活力が沸いてくるのを感じていた。そして――――。
「じゃあ、アルルンはここで待ってて下さいね。思うんですけど、もうお腹もペコペコじゃないですか?」
「え? あ――――」
ピコリーが椅子から立ち上がりながらそう言うと同時。寝台に横になるアルルンのお腹がぐーと大きな音を発した。
「ふふ、やっぱり。そうだと思いました。すぐに夕食を持ってきますねっ」
「あ、ありがとうピコリー……うう……なんだかとっても恥ずかしいよ」
寝台から離れ、部屋の出口へと向かうピコリー。
ピコリーは最後に一度アルルンの方を振り向き、扉から顔だけを覗かせて呟いた。
「私の方こそ、守ってくれてありがとう……もし良かったら、これからも私と一緒にいてくださいね……」
「あ――」
言うと、ピコリーはそのまま跳ねるようにしてその長い髪をなびかせ、部屋を後にした。一人部屋に残されたアルルンは、その小さな胸の奥に確かな暖かさを感じながら、しばしピコリーが消えた扉を見つめていたのだった――――。
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