翻弄するまめたんっ!
「しかし広い森だ。しかもあちこちから見られてる気がする。嫌な感覚だ」
「ばーか。ここは猫の森だぞ。さっきもわんさか逃げ回ってたじゃないか。猫ってのは夜になると途端に元気になるんだ。今もそこらじゅうから俺たちを見てるだろうさ」
「うえ……猫苦手なんだよな。あの目がさ……睨まれてるみたいで……」
巨人の重い足音が一定間隔で響く闇の森。同一の鎧甲冑と外套を纏った騎士達が周囲を松明で照らしながら進んでいく。
軽口を叩きつつも、彼らは目的とする魔王ピコリーの場所に近づきつつあった。すでにその距離は数百メートルもなく、これほどの深い森でなければキャラバンの窓から漏れる明かりや夕食の準備をする気配を悟られていたことだろう。
「フフフ……魔王の命運は今日我々によって尽きる。我らが祖国が生み出した魔封石によってな――おい、この役立たずのトロルよ。ちゃんと魔封石は持っているだろうな」
一団の中程を悠々と進む一際がっしりとした体格の男、一団の指揮を執るドバーグは、そう言ってすぐ隣をのしのしと進む巨人の分厚い肌を蹴り上げた。
トロルというのは巨人に対する蔑称だった。本来、巨人にも人間と同様れっきとした親から付けられた名前が存在する。
「ん~? おいどうした。この能なしが! 上官が聞いておるのだ、返事をせんかッ!」
「お……おお……おおおオオオオ……!」
「……なんだ?」
巨人はその身につけられた拘束具によって体の自由を奪われていた。
ドバーグの指示にも従順に従うよう特殊な術に落とし、強力に調合された薬物で常にその思考を遮ることで抵抗力を奪っていた。
しかしいつもであればドバーグの指示にだけは即座に反応するはずの巨人が、突如棒立ちとなって動きを止め、呻き声を漏らした。そして――――。
「ウオオオオオオオオオオオ!」
「ぐわああああああ!」
次の瞬間、突如として森中に響きわたるほどの咆哮を発し、巨人が振るった丸太のような腕がドバーグを吹き飛ばした。吹き飛ばされたドバーグはまるで蹴り飛ばされた小石のように数メートル先の地面に叩きつけられると、全身を痙攣させて呻き声を上げた。
「ど、ドバーグ様っ!?」
「このクソトロルが! いきなり暴れ出したぞ!」
「ウオオオオオ! ガアアアアアア!」
突然の巨人の暴走に慌てふためく騎士達。見れば、ドバーグの身につけていた高価な全身甲冑は見事に胸部がへこみ、各部のパーツがひしゃげていた。
ドバーグ自身にはまだ意識もあるようだったが、甲冑がなければ命に関わっていただろう。
「オッ! オオッ! ウオオオオオ!?」
「やめろ! 暴れるな! 制御の術式が解けたのか!? なんだってこんな時に!」
巨人から距離を取り、すぐさま訓練された動きで各々の武器を抜く騎士達。しかし改めて確認すると、巨人は何かを探すようにぐるぐるとその場を回り、闇の中に踏み出しては戻り、踏み出しては戻りを繰り返していた。しかし――――。
「ぐわああああああっ!」
「ぎゃっ!」
巨人は騎士達を見ていない。何か別のものを見ている。
しかしその別のものめがけて溜まった怒りはその場で既に振るわれてた。
怒り狂った巨人の振り回した腕が、次々と騎士達を吹き飛ばし、なぎ倒していく。
当初は統率の取れた陣形を組んでいた騎士達も、暴れ回る巨人の迫力に足がすくみ、どんどんと後方に下がっていく。
「ガアアアア! ドコだーー! ドコにいるうううう!? でてこおおおい!」
「なんだこいつっ! なにを探してるんだ!?」
獲物を探し求めるような巨人の叫びに、騎士達から困惑の声が上がる。
倒された騎士が持っていた松明が湿った腐葉土の地面に落ち、灰色の煙を辺りに巻き上げていく。闇が照らされる範囲が限定され、視界までも奪われ始めた一団はますます恐慌状態に陥っていった。
「にゃーお!」
瞬間、巨人の頭上から黒い影がその背中に飛び降りてきた。煙と闇の中ではっきりと視認することは出来なかったが、その姿は大きな猫――――彼らが知る中ではトラや獅子のように見えた。
「うおおおおお!? お、おれえええの、背中にいいいい! 届かないいいい!」
「にゃおー!」
「な、なんだあれは!? トロルのやつ、さっきからあのデカイ猫を探してたのか!?」
「だめだ! あの猫までは剣は届かない。ボウガンを――――!」
巨人は頭上から現れた大きな猫を掴み取ろうともがきながら手を伸ばした。
しかしその大きな体と太い腕は、巨人の背まではとてもではないが届かなかった。
憎悪の対象がすぐ傍にいながら掴み取れない怒りに、巨人はさらに足を踏みならすと、その場でぐるぐると回りながら大暴れしていく。
「撃て! 撃てーーーーッ!」
巨人の背に乗る大きな猫の影めがけ、まだ健在な騎士達が腰からぶら下げていた小型のボウガンを撃ち放った。小型のため、最初に装弾された三本の矢しか放つことの出来ない打ち切りだったが、威力は十分である。だが――――。
「うにゃー!」
「な、なんだとっ!?」
巨人の背に乗る猫めがけて放たれた矢。視界も悪く、その殆どは外れたが、うち二本が見事その体を射貫いた。だが驚くべき事に、ボウガンの矢はまるで鋼鉄に弾かれたかのように折れ曲がると、虚しく空へと跳ね飛んでいったのだ。
「ぼ、ボウガンが効かないっ!? ば、化け物だ!」
「これ以上は無理だ! そもそもトロルに運ばせている魔封石がなければ魔王は捕えられん! ドバーグ様っ! 他の負傷者も連れて一時退却!」
「トロルには構うな! 化け物同士、やりあってるうちに逃げるぞーー!」
奥の手であるボウガンも効果がないとわかった騎士達は、その場に倒れた仲間達を抱え、息も絶え絶えといった様子で来た方角へと逃げ去っていった。
後には大地に落ちる松明に照らされて暴れる巨人と、その背に乗った大きな猫――――アルルンだけが残された。
「うにゃー! やったー! うまくいったぞ!」
身を屈め、頭まですっぽりとかぶった外套をはねのけてその身を晒すアルルン。
興奮と激しい運動で赤く染まった丸い頬に笑みを浮かべ、巨人の背に掴まったまま片手を振り上げて喜びを露わにする。
「ごめんね巨人さんっ! 巨人さんにだけ
「ウオオオオオッ!」
喜色満面といった様子で自身が乗る巨人に声をかけるアルルン。しかし
業を煮やした巨人はついにその腕でアルルンを捕えることを諦め、なんと自分ごと押し潰すようにして、仰向けに大地へと倒れ込んだのだ。
「うわ、うわわっ! うわーーーー!」
巨人の背でバランスを崩し、悲鳴を上げるアルルン。
アルルンの視界がぐるりと回転し、一拍遅れて自分の体が空中に投げ出されたのを感じる。
サーディランで吹き飛ばされた時にも感じた浮遊感の中、アルルンはそのまま意識を失った――――。
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