第四章 タンクとして!
励まされるまめたんっ!
「ウニャーーーーッ!」
完全に日も暮れ、空に浮かぶ月の明かりだけが唯一の光となった夜の森。
樹齢何百年もあるような大きな木が音を立てて根元から倒れる。
逃げ惑うネコ達は身軽に倒木を躱して夜の闇の中へと散っていく。
「この役立たずがッ! 好き勝手に暴れおって、危うく我々も下敷きになるところだったぞ!」
腐葉土の積もった柔らかな地面を抉り、木々をなぎ倒し、ネコ達を追い立てながら進む巨大な影と、その周囲に浮かぶ複数の人影。そのうち一方の大きな影はそれ自体から幾筋かの光を発し、暗い森の中に強烈な光を浴びせかけていた。
「ウオオオオン! ごめんなさぁぁぁあい!」
周囲の人影が、自身の持つ松明を巨大な影に向かって掲げる。闇の森に浮かび上がったそれは、全長三メートルを超える巨人だった。
ごつごつとした灰色の肌に、ぼんやりと濁った瞳。口からはよだれを垂らし、その両手両足は優に丸太三本分はあろうかという太さだった。
だが異様なのはその巨人の身につけている装備だ。
足首や手首には枷がはめられ、頭部には辺りを照らし出す巨大なランタンが乗せられている。背中にも用途不明の複雑な装備を背負っており、そこから伸びたロープは巨人の首回りをぐるぐると囲っていた。
「いいか! 我々の目的は魔王を討伐することではない。魔王を捕え、本拠へと連行することが目的だ! これ以上その馬鹿力で我々の邪魔をするのであれば、容赦なくうち捨てるぞ! わかったな!」
「ウオオオオ! わかったああああ!」
そして、その巨人に苛立った怒声を発する一団――――。
彼らは皆統一された甲冑と外套を身につけ、整然とした身のこなしで森の中を進んでいる。そして彼らが纏う甲冑の丁度右胸のあたりには、その全てに吼え猛る獅子の紋章が描かれていた。
「しかしドバーグ様。本当にこのような場所に魔王がいるのでしょうか?」
「可能性は高い。貴様も知っているだろう。数日前、この森から真北の方角にある城塞都市サーディランが突如として数万もの魔軍に襲撃を受けた。不可解なことに魔物共はサーディラン陥落を目前に撤退したらしいが――――」
ドバーグと呼ばれた将官らしき男は、白い手袋をはめた手を自身の割れた顎に添えると、にやりと笑みを浮かべる。
「サーディランもそうだが、この大陸北西部であれほどの魔の軍勢が現れたのは数十年振りだ。それも、なんの前触れもなくときている。元帥閣下の仰る通り、魔王が直々に手を下しているとしても不思議ではない」
「ならば、本当に我々が魔王を血祭りにあげられると……そういうわけですな!」
「フッフッフ。正確には捕縛だが、それでも魔王の無力化に成功すれば我々は大陸中の英雄になるだろう! そうなれば、金も名誉も思いのままだ!」
「おおーーーーっ!」
巨人を中心に、森の木々を左右になぎ払いながら進軍する騎士達の一団。
そしてそんな彼らの姿を、約十メートルほど離れた闇の中からこっそりと覗き込む小さな影――――。
「あの人達、ピコリーを狙ってるんだ……どうしてピコリーがここにいるって……」
背中の盾を外套で覆い、身につける金属の装備が一団の放つ光に反射しないよう身を伏せて様子を伺うアルルン。
タンクとしては未だ半人前とも言えぬアルルンだったが、レオスと共に旅をした半年の間に、彼らから教えられた冒険者としての身のこなしや技術はしっかりと吸収していた。
「一度フェア様を……ううん、駄目だ。もしフェア様と争いになれば、きっとあの人たちは、この場所にもっと大勢で戻ってくる……」
フェアに諫められた通り、単独で先走ったりせずにまずはフェアやピコリーにこの事実を伝えようと考えたアルルンだったが、すぐにその考えを思い直す。
今から報せに戻るには、彼らはあまりにもキャラバンに近づきすぎていた。
この闇の中を彼らよりも早くキャラバンに戻るためにはアルルン自身も明かりを使わねばならず、それもまた彼らに発見される危険があった。
それだけではない。彼らが仮にフェアと戦闘となって無力化されるなり、無慈悲に殺害されるなりしたとしても。恐らく一団を派遣した彼らの主はこの猫の森が怪しいことをすぐにかぎつけ、次にはもっと本腰を入れた態勢で戻ってくるだろう。
「勇気と無謀は違う――――落ち着いて、僕に出来ることを――――お父さんや、他のタンクの皆さんが、やっていることを思い出して――――」
アルルンは恐怖と緊張からバクバクと早鐘を打つ心臓をなだめるように胸に手を当て、自分自身に言い聞かせるように何度もフェアからの教えを呟いた。
一団は三メートルを超える巨人を中心に八名もの武装した騎士達で固められている。正面からアルルンが出て行ったところで一蹴されるのは確実。
ならばと
またサーディランの時と同じことをしようとしているのではないか。
身勝手で現実を見ていない、都合の良い計画を立てているのではないか。
アルルンはぐるぐると落ち着かない頭で何度も何度も考え、確かめた。そして――――。
「ニャーオ」
「あ――――」
四つん這いの姿勢となり、浅い呼吸を繰り返すアルルン。そのアルルンの手元を、不意に寄ってきていた白いネコがぺろぺろと舐め、自身の頬をすり寄せた。
「……もしかして、心配してくれたのかな?」
「ウニャ?」
その白ネコの様子に目を細め、笑みを浮かべるアルルン。
気付けば、鼓動も呼吸も随分と落ち着きを取り戻していた。
「ありがとう……どこまで出来るかわからないけど、やってみるよっ!」
アルルンは自身を不思議そうに見つめる白ネコに向かって頷くと、その小さな体をさらに小さく屈めて木の陰に隠れながら、ゆっくりと一団の後方へと回り込んでいった――――。
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