考えるまめたんっ!
「うえーん! パパー! 助けてー!」
それは、小さなアルルンが今よりももっと小さかった頃――――。
誤ってどう猛な蜂の巣を枝から落としてしまったアルルンは、外敵から巣を守ろうとする蜂の群れに追いかけ回されていた。
「うわー! パパーっ!」
アルルンの耳元には迫り来る蜂のブンブンという羽音が届いていた。その音は徐々に数を増し、アルルンの背後から凄まじい勢いで迫っていた。
蜂の集団からは大人でも逃げ切ることは難しい。幼いアルルンが無事で済む可能性は殆どなかった。しかし――――。
「もう大丈夫だよ、アル」
「パパっ!」
必死で走るアルルンの小さな体を、暖かく大きな腕が優しく抱き留めた。
涙で滲むアルルンの視界には、彼が先ほどまで助けを求めていた頼れる父の笑みが映っていた。
「もうすぐ寒い冬がくる。蜂さんたちも、今は厳しい冬のために頑張って食べ物を探しているから、とても気が立っているんだ。森で遊ぶときは、彼らの邪魔をしないように気をつけるんだよ」
アルルンと同じやや癖のある明るい栗色の髪に、使い込まれて古ぼけた眼鏡をかけて微笑む父の笑顔。父は安心させるようにアルルンの柔らかな髪を撫でながら、諭すようにアルルンに言った。
「う、うん……でも、蜂さんは……?」
「ほら、あれを見てご覧」
父に抱かれ、ようやく一息ついたアルルン。
しかしそこでふと、アルルンは先ほどまで自分を激しく追いかけてきた蜂たちが、全く追いすがってこないことに気付く。
不思議そうに辺りを見回すアルルンに、父は少し離れた場所にある木の枝を指し示した。
「蜂さんが……」
父に促されて視線を向けた先。そこには口が開かれた布袋が枝からぶら下がっており、アルルンを追いかけていた蜂の群れは皆、その布袋の周囲に群がっていた。
「……あの袋の中には、色々な虫を引き寄せる特別な香りを染みこませた木の皮が入ってる。虫型の魔物を引きつけるときに僕が良く使うものなんだよ」
「うわぁ……パパすごいーっ!」
父が見せたその光景に、幼いアルルンはそのくりくりとした青い目を輝かせ、心の底からの驚きと感動を現わして見せた。
それは、幼い日のアルルンにとって正に魔法のような光景だった。
父は決してタンクとして恵まれた体格ではなかったが、いつもそうして様々な知恵や道具、技術を使ってアルルンを初めとした家族や、村に暮らす人々を守っていた。
そしてそれこそが、アルルンにとってのタンクとしての父の姿だった。
「――――いいかいアル。僕たちタンクは、何も魔物を倒すためだけにいるわけじゃないんだ。僕たちが持つ知恵や力は、上手に使えば必要のない戦いを避けたり、お互いが分かり合うための機会を生み出すことにも役立てることができる。それを良く覚えておくんだよ」
「はーいっ!」
父の言葉ににっこりと笑みを浮かべたアルルンは、そのまま大好きな父の胸に飛び込んで顔を埋め、まだ背中まで回りきらない小さな両腕に精一杯の力を込めた――――。
● ● ●
「はふー……疲れたぁ……」
日が傾き始めた森の中、アルルンは疲労困憊といった体で積もりに積もった落ち葉の中に背中から倒れ込んだ。
アルルンの体を受けて何枚かの枯れ葉が飛び上がり、アルルンの顔や体の上に音も無く舞い落ちていく。
「今日も一日頑張ったなぁ……明日もがんばるぞー……っ」
間もなく日も暮れようというこの時間。ピコリーは近くに設置されたキャラバンで夕食の支度を始め、フェアはピコリーの放つ魔力の影響を抑えるために結界を張りにアルルンから離れる。
アルルン一人となったこの時間には、アルルンは丁度キャラバンを中心とした森の中をぐるぐると駆け回る修行を行っていた。
この猫の森のように、人が滅多に立ち入らない森は腐葉土によって深く足が沈み込む。そんな森の中を走り抜けるのは、身のこなしやバランス感覚を鍛える修行にはうってつけなのだと、フェアは丁寧にその意義をアルルンに説明していた。
「お父さん……」
落ち葉の中に倒れたまま、アルルンはふと頭をよぎった父の姿を思い出していた。
そもそも、この世界のタンクは皆父と同じく様々なやり方で魔物の注意を引く術を持っている。
それは大声であったり火薬であったり様々だが、アルルンの
タンクは皆、工夫を凝らして懸命に魔物の注意を自分へと向け、身を挺して仲間達を守る。
当然、それらが
だがそれでも、タンクという役割は魔物との戦いに必要不可欠なものだった――――。
『――――貴様は、
フェアの言葉がアルルンの胸に響く。
今ならアルルンにも良くわかる。全てフェアの言う通りだった。
アルルンには、
「フェア様やピコリーの言う通り……ちゃんと気づけて良かった――――僕、もっともっと頑張ります。頑張って、立派なタンクになります。そうしたら、今度こそお力になってみせますから――――待ってて下さい、レオスさん」
段々と暗くなっていく森を見上げ、アルルンは決意と共に言葉を発した。
既にアルルンの小さな体は修行によって疲れ果てていたが、アルルンの気持ちは自身が立派なタンクに少しずつでも近づけている嬉しさの方が勝っていた。
「ウニャーオ」
「あれ? 君は――――」
だがその時、一呼吸置いて半身を起こしたアルルンに、小さなネコの鳴き声が届いた。
アルルンが鳴き声のする方に目を向けると、そこには何匹かのネコが興味深そうにアルルンを見つめていた。
「こんにちは! あ、もうすぐこんばんはかな? 今日もいっぱい僕の練習を手伝ってくれてありがとっ」
「ニャー……?」
不思議そうに自分を見上げるネコ達に、笑みを浮かべて手を差し伸べるアルルン。
現在アルルンが行っている
アルルンも当然それを良く理解しており、自分を襲ってくるネコに万が一でも怪我をさせないようにと細心の注意を払って臨んでいた。
「ウニャー……ウニャー……」
「あははっ! みんな人間のことはあまり知らないのかな? ごめんね、きっといつもはのんびり暮らしているだろうに、僕のせいでいっぱい走って疲れたよね」
「ニャーオ」
差し伸べられたアルルンの手に、その頬や首元をこすりつけるようにして集まってくる何匹ものネコ達。
「そうだ! 僕の練習を手伝ってくれた御礼に、君たちの分の食べ物を少しわけてもらえないかピコリーに頼んでみるよ。ちょっと待っててね!」
アルルンはそう言うと、名案を思い付いたとばかりにネコの頭を撫でて立ち上がると、木々の奥の方に見えるキャラバンの明かりに向かって顔を向けた。だが、その時――――。
「ウニャアアアアオッ!」
「うわあっ! な、なになに!?」
アルルンがネコの群れに背を向け、その場を立ち去ろうとした正にその時。遠くで何かが落下したような、重い音が響いた。
そしてその音から僅かに遅れて巨大な木が倒れたような音が森の中に木霊し、足音にも似た規則的な震動がアルルンの足下に到達する。
アルルンを囲んでいたネコ達は皆その音に驚き一目散に森の中へと逃げ去っていった。だがその音が聞こえた方角からは、今も他のネコ達の悲痛な鳴き声が聞こえ続けていたのだ。
「なにがあったんだろう――――もしかして、ネコさん達がっ!?」
恐慌じみたネコ達の鳴き声を聞いたアルルンは、すぐさま傍の木に立てかけていた二枚の盾を背中に担ぐと、そのまま音のする場所めがけて薄暗い森の中をかけ出していくのであった――――。
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