空を飛ぶまめたんっ!
「すごいすごいっ! 君ってとっても速いんだねっ!」
辺りの景色が勢いよく後方に流れていく。どんよりとした灰色の雲に覆われた空の下、やや強めに横から吹く風がアルルンの柔らかな髪を大きく乱した。
興奮気味にその丸くやわらかな頬を上気させたアルルンが僅かに後方を振り返る。
すでに王都は見えなかった。
「ありがとう……君がいなかったら、絶対にこんなことはできなかったよ」
アルルンは再び前を向くと、そう言って自らを運ぶ子馬の肩口に優しく手を添えた。そしてその青い瞳に強い決意の光を宿すと、アルルンは子馬の速度を緩めぬままに鞍から地面めがけて飛び降りたのだ。
「うわわ――っ!」
軽快に走っていた子馬から意気揚々と飛び降りたアルルンだったが、それなりにしっかりとした鎧に身を包んでいたこともあって不格好にバランスを崩して地面に落下。ぐるぐると何回も回った後、目を回して草原の上にどさりと倒れる。
「あいたたた……っ」
痛みに頭を押さえ、ぐるぐると目を回しながら起き上がるアルルン。
するとそんなアルルンを心配したのか、先ほどまで軽快に走り続けていた子馬が向きを変えてアルルンの元に駆け寄ろうとしてくる。
だが、そんな子馬にアルルンは掌を掲げ、叫んだ。
「戻ってきちゃダメだ! 君はそのまままっすぐ走って!」
アルルンに静止され、子馬の足が止まる。
そして子馬から見たアルルンの居る場所の後方には、今にもこの場へとなだれ込もうとする魔物の大軍勢が迫っていた。
「うん……君はとってもお利口さんだね。大丈夫。僕はタンクだから。あのくらいの魔物、全然へーきだよっ!」
よろよろとした足取りで立ち上がり、背中に担いだままの盾を右手で引っ張り出しながら、左手の盾と合わせて構えるアルルン。
それでも子馬はアルルンに近づこうと一歩、二歩と足踏みした。
だが、尚もまっすぐに子馬を見据えるアルルンの瞳に彼の意図を汲むと、最後に一度別れのいななきを上げてその場から走り去っていった――――。
「よし……あとは……!」
去って行く子馬を見送ったアルルンは、すぐさま自身の背後へと向き直る。大地はずっと震えていた。それは辺り一帯を埋め尽くす魔軍の足踏みだった。
そしてそれを見るアルルンの小さな足も、かたかたと小刻みに震えていた。
「う……っ」
アルルンの目の前に広がるその光景は、小柄なアルルンから見ればまるで巨大な黒い山が動いているように見えた。
小高い丘のように大きな巨人も、蛇のような胴体をうねらせて走る巨大な竜も、禍々しい黒い甲冑に身を包んだ闇の騎士達も。その全てがアルルンを憎み、アルルンという存在を地上から消し去ろうと襲いかかってくる。
アルルンの鼓動がバクバクと早鐘を打ち、時間感覚が鈍化する。まだ幼いアルルンは知らなかったが、それは走馬灯と呼ばれる人が死の直前に覚える感覚だった。
「僕は逃げないっ! 僕一人でもちゃんとタンクとして皆を守れるって、レオスさんに認めて貰うんだ――――っ!」
アルルンは両手に持った二枚の盾の後ろに隠れるようにして身を屈め、その小さな足を大地にめり込ませる。そしてその盾の隙間から、眼前まで迫った魔物の群れを見ていた。最後まで。
「あ――――」
次の瞬間。アルルンの小さな体はもはや何を見ているのかも定かならぬ魔物達の突撃に飲み込まれた。
屈強な二足歩行の魔物が、突撃の勢いそのままにアルルンの盾にその丸太ほどもある足をぶつけ、蹴り上げる。
アルルンの意識はそこで終わった。
小さな丸い盾が魔物の群れに踏みつぶされて砕け、続いてアルルンの体が凄まじい勢いと共に上空に跳ね飛ばされた。
――――アルルン。君は仲間の命を守るタンクとして、最も大切なことを何も理解していない――――
途切れた意識の向こう。
ボロ布のようにズタズタとなった体でゆっくりと落下するアルルン。
その脳裏にレオスが残した最後の言葉がうっすらと浮かび、彼の小さな体はそのまま濁流のような勢いの魔軍の群れの中に落下していった――――。
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