街を守るまめたんっ!
その襲撃は、正に晴天の
なんの前触れもなく、なんの兆候もなく。湧き出るようにして魔物の大軍勢が街の近傍に現れたのだ。
不意を突かれた城塞都市サーディランの兵士達は浮き足立ち、人々は逃げ惑った。
街を訪れていた冒険者や傭兵達も力を合わせて魔軍へと立ち向かったが、互いの戦力差は絶望的だった。
「空を見ろ! 翼竜の群れが襲ってくるぞ!」
「弓兵隊! 火矢を放てーっ!」
「誰か手を貸してくれ! このままでは門が破られる!」
街をぐるりと囲む城壁が大きく揺れた。
上空からは無数の火の玉が降り注ぎ、さらには一定の間隔で家ほどもある巨大な岩石までもが壁を越えて放り込まれ、城塞内部の建物を無残に押し潰していく。
それは正に地獄絵図。
事前に配備されていた騎士も、腕に覚えのある歴戦の傭兵達も、誰しもが為す術なく傷つき、力尽きていく。
「だーっ! ここはもう駄目だ! 大将、今ならまだ間に合う! 包囲されてねぇ南門から、街のやつらを脱出させねぇと!」
「て、撤退だと!? ホーガンよ、貴様の傭兵部隊は今まで何をしていた!?」
「とっくにバラバラだよ! こんな状況で統率もクソもねぇ!」
間断なく落下する火の玉をその手に持った戦槌で打ち払い、大きく頭髪の禿げ上がった大男――――傭兵隊長のホーガンが、都市防衛の陣頭指揮をとっていた騎士団長に撤退を促した。
既に、あらかじめ城壁内部に設営されていた陣地は見る影もなく破壊されている。街の上空からは邪悪な翼竜が騎士達めがけて火を噴き、今この瞬間にも城塞を守る門に破城槌が打ち付けられている。
もはや、サーディランの陥落は決定的。
しかしここまで追い詰められながらも、ホーガンの発したその助言に、騎士団長は憤慨した様子で声を荒げ、火の粉から逃れるように城壁へと張り付く。
「馬鹿を言うでない! 我々王国の騎士達は、最後の一人となっても勇敢に戦い、一滴でも多くの魔族の血を流すことこそ本懐! 撤退などするものか!」
「大将はそれでいいかもしれんが、奥でガタガタ震えてるご立派な領主様まで巻き添えにするつもりかぁ!? 門がぶち抜かれたら終わりだ、さっさと南門に全員集めて――――!」
「あ、あのっ! 南の門を使えば、まだ街の外に出られるんですか?」
騎士団長の胸ぐらを掴み、必死に撤退を促すホーガン。そしてこの期に及んでも未だに撤退という不名誉な決断を渋る騎士団長。
だが、そんな押し問答を繰り広げる二人に、不意に少年の声がかけられた。
「なんだお前は!? ガキがこんなところでなにしてやがるッ!? 死にてぇのか!?」
「僕は子供じゃありませんっ! タンクとしてこの街の防衛戦に参加した、アルルン・ツインシールドです!」
「タンクとして? お前が?」
騎士団長を城壁に押しつけたままの姿勢で、ホーガンは訝しむように目の前の少年――――アルルンを見下ろす。
見れば、確かにそれなりの装備に身を包んではいるものの、改めて見定めたところでやはりホーガンにはアルルンがただの子供にしか見えなかった。
「タンクだろうがなんだろうが、ここにはガキの出番なんざねぇんだよ! 南門からならまだ逃げられる。おふくろさんでも誰でも連れて、大人しく門の前で俺達が来るのを待ってろ!」
一刻を争う危機的な状況に、苛立ちも露わに怒声を上げるホーガン。
大の大人ですらすくみあがるようなホーガンの怒号。しかしその声にもアルルンは動揺した様子を一切見せず、その口を開いた。
「――――南門からなら、まだ出られるんですね?」
「ああそうだ! だが先走るんじゃねぇぞ、俺達が護衛しながらじゃねぇとやられるだけだ! 街の奴らを出来るだけ南門に集めておけ! 準備が出来たら一気に全員で突破する!」
「わかりましたっ! ありがとうございます、ホーガンさん!」
アルルンは念を押すように再度ホーガンに尋ねる。一度怒りを露わにして多少なりとも落ち着きを取り戻したホーガンもまた、アルルンの質問に大きく頷いた。
こんな小さな子供だ。戦士としては全く役に立たないだろうが、人集めの伝令くらいならばできるだろう。
ホーガンは、アルルンに市民の誘導を依頼したつもりだった。だが――――。
「街を囲んでいる敵は全部僕が引きつけます! ホーガンさん達は、その間に皆さんを連れて逃げて下さいっ!」
「はぁ!? お前、いったい何を――――」
確認を終えたアルルンはホーガンに礼儀正しく頭を下げると、踵を返して一目散に火の玉が降り注ぐ地獄絵図の中に駆けだしていく。
驚き、すぐにアルルンを呼び止めようと手を伸ばしたホーガンだったが、すでにアルルンの小さな背中は炎の中に消えていた。
「行っちまいやがった……なんなんだあのガキは? なあ、大将もそう思わねぇか――――って……し、死んでる!?」
燃えさかる炎を見つめて暫し呆然とするホーガン。
だが、いつのまにやらホーガンの馬鹿力によって失神していた騎士団長に気付くと、彼はこれ幸いとばかりに辺りの兵士達に撤退の指示を出すのであった――――。
● ● ●
「よしよし………君はとってもお利口さんだね」
城塞都市サーディラン南門。
通常の馬よりも二回りは小さな馬に跨がってその首元を優しく撫でるアルルン。
「心配いらないよ。君のことも僕が絶対に守ってあげるからね。君はただ、とにかくまっすぐ走ってくれるだけでいいから」
手綱を握り、慣れた手つきで巨大な門の横にある小さな通行用の扉を潜るアルルン。傭兵隊長ホーガンからの指示だと護衛の兵士達には告げてある。
アルルンが門の外に出たのを確認した兵士達が、ゆっくりと扉を閉じて閂を下ろした――――。
「見てて下さいレオスさん! 僕一人でも、立派に皆を守って見せますっ!」
アルルンは自身の胸に掌を当てて一度深呼吸すると、その背に担いだ二枚の盾のうち一枚を左手に構えた。
子馬に跨がったことで普段より高くなった視界に、離れた場所で激しく戦う魔族と味方の兵の姿が見えた。
「よーっし! 行くぞーっ!」
アルルンが馬の手綱を引き、
子馬がいななきを上げ、眼前に広がる草原めがけて勢いよく駆けだしていく。
そうして徐々に速度を増していく子馬の背の上で、アルルンは自身の手を高々と天に掲げ、幼くも凜とした声で宣言する。
「アルルン・ツインシールドの名において告げる! 我ら決して許されること無し――――この身尽き果てるまで、汝らの恨み消えること無しっ!
馬上のアルルンが発したその言葉が世界を揺らし、街を囲む全ての魔族が即座にアルルンの存在を知覚する。
上空を旋回していた翼竜が一斉にその言葉の発生源へと視線を向け、地上を埋め尽くす大小様々な怪物達が、まだ視界に入ってもいないアルルンを標的に定める。
魔軍の群れは北門側から大きく都の城塞を迂回し、アルルンのいる南門へと向って大移動を開始する。
「やった! うまくいったみたい! こんな大勢の魔物に使うのは初めてだったけど、ちゃんと出来たんだっ!」
今この時、アルルンは戦場に存在する全ての魔族にとって、唯一にして決して許されぬ仇敵となった。
数万を数える魔の軍勢が、天と地を埋め尽くしながら小さなアルルンめがけてなりふり構わず押し寄せていく。その様はまるで、地面に落ちた砂糖の欠片に群がる蟻の大群のようにも見えた。
「剣は捨てても盾は捨てるな! 我ら決して許されること無しっ! がんばるぞーっ!」
駆け抜ける子馬の背に乗り、決意を宿した瞳でただ前だけを見つめて叫ぶアルルン。
決して命を粗末にしてはいけないという勇者レオスの切なる願いは、まだ彼に届いてはいなかった――――。
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