第16話 恋の憂鬱
「……」
零聖の不意打ちの問いに恋は何も答えない。しかし……
「その沈黙はイエスと受け取っていいな?」
目は口ほどに物を言う。何も言わずとも反応で恋が零聖と闇奈の話を盗み聞きしていたのは明らかだった。
「どこまで聞いた?」
言い訳の
もう零聖は恋が話を聞いたという前提で会話を進めている。言い訳は赦さないぞとばかりに。
「……生徒会長がアンタに『何で学校を辞めるのか』って尋ねたあたりから」
重い口を開いた恋に零聖は顔を顰めた。
「最初からかよ……」
そこさえ聞いていなければ言い訳が出来たかもしれないものを。
「だったら何よ?」
いつも通りのぶっきらぼうな口調で言う恋だったがその声色はどうしてか震えていて動揺しているのが分かった。
「ここで約束しろ。今日聞いたことを決して他の奴に口外しないと」
「……断ったら?」
「お前が約束するまで帰さない。約束を反故した場合は録音したこれを公開させてもらう」
そう言うと零聖は録音アプリが起動した携帯の画面を見せつける。要するに言質はこれで取れてるぞということだ。
約束を破ったということが他の生徒に知られればクラスの女王たる恋の威厳に少なからず傷が付く。それを恋が好ましく思うはずがなかった。
「……別にそんなのなくたって言いふらしたりなんかしないわよ」
意外にも恋は素直にその要求を受け入れた。
恋への評価を鑑みると疑っても良さそうなものだが、零聖は何故かそれを信じようと思った。
「そうか。ならいい」
それだけ言うと零聖はもう用はないとばかりにその場から早足で去ろうとする。帰る時間がもう随分と遅くなっているのだ。
「ねえ!」
しかし、背後から恋の引き止めるような声がかけられ足を止める。
「何だ?」
「アンタってその……ホントに学校辞めるの?」
続けて紡がれたその言葉はとてと弱々しいものだった。
「……?そう言った通りだが?」
「何で辞めんの?」
「光﨑会長との会話を盗み聞きしてたのなら分かると思うが、理由については言うつもりはない」
"盗み聞き"という箇所を強調して突き放す態度を取る零聖に恋はまるで捨てられた仔犬のような悲しげな顔を見せた。
「それって……アタシが鬱陶しいとかってのもあるの?」
「何でそうなる……お前程度で鬱陶しいと思ってるなら一年の時に不動院で辞めてる」
そう呆れたように言った直後、付け加えるように「鬱陶しいっていう自覚あったのかよ……」とボヤいた。
「アハハ!そういやアンタ、不動院とめっちゃ仲悪かったよね」
「お前もよく喧嘩してるだろ」
普段いがみ合っているこの二人の数少ない共通点は愛景を嫌っているという点である。尤も結託して何かしたということはないのだが。
「ハァ〜……アンタいなくなったら同じ不動院嫌い仲間がいなくなるのか。ウチのクラス大体アイツのシンパだから」
「そうでもないぞ。尼崎は嫌いって断言してるし、乱獅子に
「アタシ以外皆んなゴレンジャーじゃん!ウケる」
「は?お前はゴレンジャーだろ?」
「ハァ?絶対違うし!」
二人の言うゴレンジャーとは教員の間で問題児とされている二年一組の五人のことで各々髪色が違うことが名称の由来らしいがその面子には諸説あり生徒間では"教師
そして、これらのゴレンジャー候補者達は互いに「自分は違う」とその称号を押し付け合っているのだ。
「はぁはぁ……」
「ハァハァ……」
いつものように始まった口喧嘩を繰り広げ、荒い息をつく二人。
だが、こんな当たり前のことも学校へ行かなくなれば二度とやることがないのだろうと考えると何故か一抹の寂しさを覚えた。
「ねえ……アンタ覚えてる?」
「何がだよ?」
「一年の時の松枝のこと」
「ああ」
松枝とは零聖たちが一年の時に物理の教師
「ネチネチ嫌味ったらしい性格でよく授業中、理不尽な理由で生徒をいびっていたな」
当時のことを思い出したのか零聖は忌々しげに顔を歪めた。
「それがどうした?」
「アンタ、アタシが絡まれた時に助けてくれたなあって」
「そんなこともあったな。あれはオレも鬱憤が溜まっていたっていうのもあったが」
あの時の松枝のいびりはいつにも増して酷かったと思う。
問題に答えられなかった恋に対して必要以上に責め立て、人格否定や恋の家族を中傷するようなことを口走っていた。
その見た目に反してメンタルの弱い恋は当然泣きじゃくっており、流石に見ていられないと零聖が庇ったのだ。
「ホント驚いた。アンタ全然喋らない陰気なヤツかと思ってたのにめちゃくちゃ口喧嘩強くて松枝言い負かしていたよね。最後殴られてたけど」
「敢えて殴らせたんだよ」
コンプレックスを刺激され激怒した松枝にわざと殴られた零聖だったが、その様子に加えて恋を罵倒した様子を柊夜に携帯に録画させており、学校、警察、松枝の家族に送りつけたのだ。
ちなみに柊夜も松枝に前々からイラついていたらしく遂に殴りかかりそうになったところを零聖が止めてこの作戦を立案、実行したことから二人の縁が生まれている。
零聖はこの後も別件で二人の教師を自主退職に追い込んでおり、これが教師
「で、松枝は懲戒免職に逮捕で書類送検、家族にも捨てられたんだよね。その後はどうなったの?」
「知らん。刑務所には入れられなかったけどその辺でのたれ死んでるんじゃないか?」
「入れられなかったって……アンタ入れようとしてたの?」
「ああ、色々印象操作したから逮捕にまで漕ぎ着けたんだぞ?」
平然と言ってのける零聖に恋は「コイツと喧嘩出来てるワタシって凄くない」と頬を引き攣らせながら思った。
「で、何でいきなりこんなことを話し出したんだ?」
「あの事件がアンタとワタシが話すようになったきっかけだなって」
「話すと言うか口喧嘩だけどな」
二人は顔を見合わせると再び笑った。
「さてと、そろそろ帰るか。結構、遅くなったしな」
外はもう既に日が沈みかけている。鞄を担ぎ直し立ち去ろうとするが……
「待って」
またまた恋に呼び止められる。
「今度は何だ?」
「今日は……一緒に帰っていい?」
小袖を掴みながらしおらしく言ってくる恋。普段と違った可愛げのある態度に零聖は思わず顔を赤くし、固まってしまう。
「……何だよ?オレが退学するって知って悲しくなってるのか?」
それを誤魔化すために揶揄うように言うと恋の可愛らしい態度が一気に崩れ去る。
「は、はあ!?そんなんじゃないし!暗いからボディーガード欲しいなって思っただけ!大体こんな暗い中を女子一人で帰らす気?」
「確かにお前は見たくれ"だけ"はいいから変な奴に絡まれるかもなな」
「"だけ"って何!?"だけ"って!」
「大体暗いのが嫌なら迎え寄越したらいいじゃないか?お前の家、運転手いるんだろ?」
「それはそうだけど……」
零聖の見事な提案だが恋は不満足なようでいじけたように足の爪先をグリグリと床に擦り付ける。
そんな恋の様子がしばらく続くとやがて零聖は諦めたように溜め息を吐いた。
「……分かった。一緒に帰ろう」
「やった!」
打って変わって嬉しそうな顔でガッツポーズを決める恋。その様子に何故か微笑が溢れる。
(これはきっと呆れ笑いだ)
零聖はそう思うことにした。
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