第15話 忘れ物捜索

 結局、その後も恋が帰ってることはなく全ての授業が終わってしまった。

 話によると恋は体調を崩し、保健室で休んでいるといるらしい。しばらくして友人達によって鞄が運び出されたため、恐らくは早退したのだろうと零聖は考え、今日のところは大人しく帰路に就くことにした。

 しかし、あの件についてはやはり気がかりで落ち着かない。


 「大丈夫だよ。そんなに心配する必要なんかないって」


 「いいや、釘を刺しておかないと絶対言いふらすね」


 共に帰っている一姫が頻りに励ましているもののさっきからずっとこの調子だ。


 「何せあいつは小倉高のザビエルの異名を取るインフルエンサーだからな」


 「ザビエル?」


 何故あの金髪ギャルのあだ名が小学生がよくハゲとネタにするトンスラの宣教師になっているか理解出来ず、一姫は首を傾げた。


 「フランシスコ・ザビエルは布教活動を通して異文化を日本に伝えただろ?あいつはよく服とか買ってSNSに写真上げて流行りをクラスメイトとかその他諸々に広めているんだよ。だからザビエル」


 「なるほど……だから皆んなからそういう風に呼ばれているんだ」


 「いや、ザビエルに関してはオレが勝手に言ってるだけ」


 「なんだそれ」という心の中の突っ込みと同時に膝がガクリと崩れそうになる。


 「でも……流行りと零聖くんの退学の話は別じゃない?」


 「ああいう奴は承認欲求が強いから何でも吹聴するんだよ」


 「もう少し信じてあげようよ……」


 かなり辛辣な恋への評価に同情する一姫。


 そんな反応をよそに零聖は癖でズボンのポケットから携帯を取り出そうとするがそこにいつもある感触がない。上着のポケットかと思い、中をまさぐってみてもなかった。


 「どうしたの?」


 「ちょっと待ってくれ」


 念のために鞄の中も探すがやはり見つからない。とすると……


 「悪い、教室に携帯忘れたみたいだ。先帰っててくれ」


 「え〜、零聖くんぼーっとしてるんじゃないの?」


 不満げに頬を膨らませる一姫。その指摘を零聖は否定出来ずばつの悪そうな顔をした。


 「ああ……そうだな。お前の言う通り気にしすぎなのかもしれないな。というわけで今日はこれで」


 「え、わたし別に待つよ?」


 「いや、それは流石に悪いから先に帰っててくれ」


 「うん……分かった。じゃあ、またね〜」


 一姫に先の帰宅を了解させた零聖は学校へ駆け足でUターンした。

 既に学校からはそこそこ離れているため急いでも一姫と一緒に帰れるというわけではないのだが、帰る時間が遅くなるのは気に食わないため速度を緩めることはしない。


 途中、教室の鍵を取りに行くために職員室に寄ったが鍵はなかったのでまだ人が残っているのだろう。

 また時間を無駄にしてしまった気がするので更に教室へ急ぐ。

 廊下を走ってはいけないのはこの高校でも同じみのルールだが、人がいないため注意されることもなければ守る必要もない。


 ようやく辿り着いた教室の扉を開き、中へ入ろうとするとそこには思いも寄らぬ人物がいた。


 「あ」


 「あ」


 恋だった。


 既に帰宅しているはずの恋が金色の髪を夕陽に照らされて佇んでいた。

 悩みの種である人物との邂逅にここで決着を付けるべきだと零聖は思ったのだが、こうやって二人きりの空間で一緒になったことが今までなかったためか中々話しにくい。


 「……何でいんの?」


 どうすべきかと零聖が迷っている間に恋がぶっきらぼうに尋ねてくる。


 「……忘れ物。お前は?早退したんじゃなかったのか」


 「アタシも。あと、別に保健室で寝てただけで帰ってたわけじゃないから。少し休んで教室戻ろうとしたんだけど気が付いたら下校時間になってただけで」


 「なにガッツリ三時間寝てんだよ」


 「うっさい。早く忘れ物取って出て行ってく」んない?」


 「はいはい、分かりましたよお嬢」


 憎まれ口を叩き合うと零聖は自分の席に向かい、机の中にあった携帯を見つけた。

 最近の若者の例に漏れず携帯依存症の零聖にとってこれのあるなしは死活問題であったため、無事に見つかりホッとする。


 ここでまた例の件を尋ねるか頭に過ったものの恋の「出て行け」に了承してしまったため、長居は出来ない。

 だが、恋も忘れ物を取りに来ただけなのだからすぐに教室を出るだろう。

 ということで零聖は教室へ出た後、わざとトイレに行き、帰る時間をずらすことで外で問いただすことに決めた。


 ◇


 しかし、トイレから帰ってきても恋は未だに教室で探し物をしていた。


 「何してるのあいつ?」


 先程まで自分の席周辺を探していたが現在は捜索範囲を教室中を広げ、探しているようだが、傍目から見ても見つかる気配はまったくしない。

 このままスルーしようかとも思ったが例の件を解決しておかなければ今夜眠れる気がしないので仕方なく手伝うことに決めた。


 「おいまだやってんのか」


 「うるさい。放っておいてよ」


 「探し物、教室にないんじゃないか?」


 零聖の指摘に一姫は動きを止めると顔を向けてきた。


 「……じゃあ、何処にあるってんのよ」


 「そんなのお前が今日移動したルートのどこかに落ちてるに決まってるだろバカ」


 「バカって言うな」


 「そこを虱潰しに探して行くぞ。オレも手伝ってやる」


 「は?別に要らないんだけど」


 「要領の悪いお前が一人で探しても見つからないだろうから手伝ってやるんだよ。それとも忘れ物いや、落とし物が見つからなくてもいいのか?」


 零聖の言葉に黙り込む。恐らく自分でも見つけられる自信がないのだろう。だが、零聖に頼むのは癪という感情が邪魔している。

 やがて恋は諦めたように溜め息をつくと零聖に目を向けた。


 「借りはなしだからね」


 「ああ、別にいいよ。乗り掛けの駄賃だ」


 ◇


 こうして零聖と恋の落とし物共同捜索が開始された。


 恋が落としたのは木製のシャープペンシル。


 それを聞いた時、零聖は「シャーペンくらい新しく買ったらいいだろ」と思ってたが、恋が気に入っている上、馬鹿にならない値段だと教えられるとすぐ大人しくなった。


 おかねもちすごい。


 先程、零聖は恋が今日移動したルートの何処かに落ちていると言ったが見つけられた落とし物は全て職員室前に置いてある忘れ物ボックスに入れられているため、まずはそこへ向かった。

 これでシャーペンが見つかってくれれば手間が省けたのだが生憎なかったので捜索は続行となった。


 「で、お前は今日何処を歩いたんだ?移動教室はなかったわけだし、落とした場所なんて自然と限られてくるだろ」


 「うん、アタシがシャーペン持って教室出たのは生徒会室に行った時だけ」


 大方予想は付いていたがやはりそうだったようだ。

 ということで二年一組の教室から生徒会までの道のりを探すことになったが職員室からは生徒会の方が近いので先にそちらに行くことにした。


 「別に答えなくてもいいけど生徒会室には何しに?」


 「……部活の資料提出しに」


 「そう言えばお前テニス部だったな」


 「アンタは部活やってない割に動けるよね。何か自分でしてんの?」


 「キックボクシング等を少々」


 二人きりの雰囲気にも慣れてきて余談が出来る程度には打ち解けてきたところで生徒会室前に到着した。


 「どーこーだー?」


 廊下の窓際から探そうとした恋だったがそこへ頭をコツンと叩かれる。


 「いたっ!?……なにすんのよ!」


 「これくらいで痛くない。嵐なら叩かれたことにすら気付かないくらいに手加減したつもりだぞ」


 「乱獅子と一緒にしないでくれる!?で、何がダメなのよ」


 どうやら自分が何かダメなことをしたから頭を小突かれたということは分かっているらしい。バカが真人間に少し前進した瞬間だった。


 「お前、そんなとこ絶対歩いてないのに探してもしょうがないだろ。お前が教室から来たことを考えると……」


 零聖は頭の中に教室から生徒会に向かう恋の図を頭に思い浮かべるとそれに沿って動く。そして、生徒会室の前でしゃがみ込み、下を見るとドアの隙間に恋の言っていた特徴と一致するシャーペンが落ちているのを発見した。


 「蘭、これか」


 「それ!」


 差し出された小さな掌に零聖が摘んだシャーペンを置くと恋はそれを大切そうに握りしめた。


 「良かった〜見つかって……」


 「何か言うことは?」


 「……ありがと」


 大変不服そう且つ目を逸らしながらではあるが恋はそうお礼を口にした。


 「それもそうだが、お前にはもう一つ言ってもらわないといけないことがある」



 「お前、昼休みにオレと光﨑会長の話の内容聞いたよな?」



 その問いかけに恋は逸らした目を大きく見開いて固まった。

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