第17話 恋との帰り道
奇異なものだと零聖は感じた。
学校に入学してからの二年間、異性と共に帰るという経験など皆無だった自分が二日続けてそんな体験をすることになるとは。
零聖は隣に歩く恋を見遣る。
顔を合わせば口喧嘩が絶えない彼女が俯き加減で黙って横に歩いている。さっきまで嬉しそうにしていたのは何だったんだろう?
(奇異なものだ)
零聖は重ねて独白した。
「ねえ、聞いたんだけどアンタってあの子の幼馴染なの?」
「"あの子"が朱雀のこと言っているのならそうだ。まあ、オレはまったく覚えがないから今のところ"推定"だけどな」
唐突な質問だったが零聖は淀みなく答える。外のひんやりとした外気に当てられたせいか先程まで火照っていた体は既に冷え切っていた。
「ふーん……アンタって周りに興味ないよね」
「そうか?」
心外とばかりに零聖は首を傾げる。作曲のヒントに人間観察に努めることもあるというのに。
「うん。乱獅子が髪型変えてきたりしても気付かれなくて泣いてるの何回か見た」
「それはあいつの髪型に興味がないだけだ。他のことだったら分かる」
「例えば?」
「好きな食べ物は牛丼やラーメンみたいな味の濃いガッツリしたもの、嫌いな食べ物はキャベツ、レタス、白菜。趣味は漫画とラノベ、好きなタイプは可愛らしい子(胸が大きければ尚良い)。得意教科は強いて言えば国語、苦手教科は英語。意外と感受性が鋭い。嬉しい時は鼻の下を人差し指で擦る癖がある。それから……」
「分かった分かった……」
スラスラと嵐の好みや性格を述べていく零聖に恋は引いたように上半身を退け反らせ、両腕を前に出し制止させた。
「何だその顔は?言えと言ったのはお前だろ」
「いや、ここまでちゃんと見てるとは思わなくて……それ本人から聞いたの?」
「あいつはよく自分のことをよく話す上に態度が分かりやすいからな。見ていれば普通に分かる」
「何でそれらは気付けて髪型には気付けないのよ……」
呆れたように言う恋だったがすぐ思い出したように次の質問を投げかけた。
「ねえ、アタシのことも分かったりする?」
「一応、一年の時から一緒だしな」
そう言うと恋は嬉しそうに頬を緩めた。
「そっか。じゃあ、逆に知らないこととか気になることとかある?」
「そうだな……さっきも言ったが何で運転手雇ってるのにわざわざ電車で登下校するんだ?」
「だって、毎日車で来てたり帰ってたりしたら浮くでしょ?アタシは普通の女子高生みたいな生活がしたいの」
「なるほどな」
「普通の女子高生はブランドものを大量購入したりしないけどな」という感想を喉の奥に飲み込みながら零聖は頷いた。
しかし、こうやって二人きりで話してみると何故だか喧嘩もせず自然な会話が出来ている気がする。もしかするとこれが恋の自然体なのだろうか。
そんなことを考えている時だった。零聖の方へよそ見しながら前を歩いていた恋が曲がり角を曲がろうとしたところ、自転車が飛び出してくる。
「危ない!」
零聖は咄嗟に恋の腕を掴むとそのまま自分の方へ引き寄せる。
ギリギリだったが激突は回避でき、自転車が何事もなかったかのように横を通り過ぎていった。
「……ふぅ〜、大丈夫か?」
「うん、ありがとう。だいじょう……あ」
二人が固まった。
零聖が恋を背後から抱きしめるような体勢になっていることをお互いに気が付いたのだ。
ここはまだ学校の近くで知り合いがいないとも限らない。
早く離れなければと思うが腕が、顔が、目が石化したかのように動かず、体の内から再び熱いものが込み上げてくる。
恋も同じく熱に浮かされたように固まってしまっている。
(動け!オレの体!)
このままではまずいと心中で叫ぶと石化していた腕を小刻みに震わせながら解いてゆく。そして、何かを境に石化が一気に解けると零聖は跳ねるように恋から離れた。
「……悪い」
「う、ううん!大丈夫!」
赤くなっているであろう顔を見られないように顔を背けた二人だったが先の懸念からすぐ歩き始める。先程と違い一定の距離を取りながら。
改札口を通り、駅構内に入る。恋とは家が逆方向のためここでお別れだ。
最後に別れの挨拶でもかけるべきだろうかとも思ったがあんなことがあった直後では声をかけ辛い。零聖はそのまま行こうとしたが……
「鳳城!」
本日三回目の呼び止めを食らい、振り返るとまだ顔に赤みを帯びた恋が手を振っているのが見えた。
「ありがとうねー!」
その言葉に零聖は苦笑しながらも手を振った。
どれに対して「ありがとう」と言っているのだろうかと。
シャーペン探し?それとも自転車の件?遡って松枝事件の可能性も否定出来ない。(まだあの時の礼を言ってもらってないから)。或いは全部だろうか?
「ああ!また明日ー」
そう返すと零聖は向けた上半身を元に戻し、駅へ歩いていった。
それを見送った後、恋もその場から去る。そして
「あいつやっぱり優しいじゃん……」
一人そう呟いた。
◇
「起きろ乱獅子ー。昼休みだぞー」
「んにゃ……」
翌日、水曜日の昼休み。零聖は嵐を起こそうと体を揺さぶるが幸せそうな顔をしたまま起きる気配がない。
「もっと肉食べたい……」
どうやら既に夢の中で食べてるらしい。
「ならいっか」
零聖は自己完結すると何もない口を頬張る嵐から背を向けた。
本人が幸せならいいじゃないか。困るのはオレじゃないんだし。
「あーっ!零聖くんまた菓子パン?」
隣の一姫が注意するように言ってくるが零聖は気にしない。昼休みなんて腹が満たせればいいのだから。
「鳳城?」
この二日間ですっかり慣れしたんだシチュエーションにデジャヴを感じながら声のした後ろの方を振り向くとそこには予想通り恋がいた。
「どうした?」
今日はまだ話していないがいつものように喧嘩を売りに来たのだろうか?
そんなことを思いながら警戒体勢に入っていると弁当箱が突き出される。
「……これは?」
「……弁当。昨日のお礼……」
背けた横顔からでも分かるほど顔を赤くした恋の行動だったが、零聖は戸惑うよりも一つの驚きを感じていた。
「お前料理出来たんだな」
「料理とか家事全般は好きだから……」
「何それ。強っ」
見かけによらない女子力を見せつけてきたギャル令嬢に珍しく感心した零聖に対してその様子を後ろで見ていた一姫が混乱した様子で交互に二人の顔を見遣っている。
「え、何で二人そんな急接近してるの!?昨日までどうやって仲良くなるか悩んでいたところだったよね?ドラマ一話分飛ばして見た時みたいな気分なんだけど!」
「とにかくありがとう蘭。早速食べさせてもらう」
「……うん!」
零聖の素直な感謝の言葉に恋は昨日の帰り際を想起させる笑顔で頷いた。
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