第10話 巣立つ事を自然は希む

 <警戒態勢。警戒態勢。隔離対象No.2α、失踪。スタンガンノ使用ヲ許可。第二種警戒態勢。コレハ演習デハナイ。隔壁閉鎖、非常弁全閉鎖。冷却システムハ予備電源ヘ。コレハ演習デハナイ>


 流石に僕も軽率だったと思っている。

 銃らしきものを腰にぶら下げた防護服の男?が入ってきたからといって、押し倒して脱出する緊急性はなかった。

 だがこうなった以上、ごめんなさいでは済むはずもなく、今度はもっと厳重に隔離されるに決まってる。

 夏休みどころか人生すらも棒に振るような事を甘んじて受けるなんてバカバカしい。


 施設内は案外、総合病院のような親切な作りで、どの廊下をどのようにして進めばどのような場所に着くのかを表示案内で示されていた。はずだったが、時々、行き止まりになっていたせいで、迂回ルートを地図で考える必要があった。

 おそらくあの機械音声で放送されていた『隔壁』というやつのせいだろう。

 まさに僕はネズミのように他人の城を駆けずり回って、何とか目当ての代物を得ようと躍起になっていた。


「ここ………か?」

 地図的にはこの扉の向こう側が冷却室。だが、その扉は銀行などで使われているような鋼鉄の障壁としてそびえ立っている。まさに門番といったところか。

「レイナちゃん? レイナちゃん!」

 僕の方が閉じ込められているかのようにして乱暴に叩いたり、何とかハンドルを回そうとしたり。若さゆえの焦燥は、土壇場にこそ命を奪う。

 監視カメラが僕を見つめている。例の機械音声も何か言っている。きっと、僕を発見したと伝えているのだろう。


 情けない。

 いっその事、僕も一緒に冷却水に放り込んでくれればよかったのに………


⦅ふみや?⦆


 聞こえるはずもないのに、これを幻聴として片付けたくはなかった。いつから僕はこんなにもだったのだろう。

「レイナちゃん!?」

「そこを動かないでください」

 声からして、ここで最初に会った女性だ。その手にはアナウンス通り、スタンガン、といってもアメリカの警察などが使っている拳銃式のものだが、その効果はいずれにせよ同じで、僕を戦闘不能に貶める武器だ。


⦅しゃがんで⦆


 スタンガンから繰り出された電極は、爆風にはじかれ宙を舞った。


「悪魔め」

 女性研究員によって表現されたレイナちゃんを、僕は天使とかばう事ができなかった。

 小爆発の原因はきっと、この熔けた鋼鉄に違いない。どのような方法でレイナちゃんが頑丈な扉を一部破壊したのかは分からないが、身長以上に広げられた翼と煌々と発せられる光を見れば、超自然現象ではなく、レイナちゃんによる破壊行為であった事が容易に察せられる。

 その光たるや、数回の内、一番強く、眩暈が早くももたらされるレベル。


「対ショック閃光防御急げ!」

 動揺を隠せない彼らを半ば無視して、レイナちゃんはテレパシーのような方法で語り掛けてきた。


⦅何してんの⦆

「僕も隔離されちゃって」

⦅そうじゃなくて、どうしてこんな騒ぎにしたのって言ってんの⦆

 わぁ、レイナちゃんご立腹。

 今思えば、研究がある程度なされているという事は、レイナちゃんはそれなりに何度もここに来たことがあるという事………?


「ごめん!」

⦅ばかふみや。もう帰るところ無くなったじゃん⦆

「でも、レイナちゃんをモルモットみたいに………ごめん」

⦅とりあえずいこっか⦆


 僕は年下の女の子に抱きかかえられると、そのままレイナちゃんは廊下を、そして道々の上空を羽ばたいていった。

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