第6話 朧げな乙女たちは

 ピピピ、ピピピピ


 一定のリズムによって響き渡る電子音によって僕は今日も目を醒ます。まるで僕がロボットのようであり、もし精巧に仕組まれたプログラムによって自分のことを人間だと思い込んでいるアンドロイドであったなら、と思考実験ごっこで頭を慣らす。


 バイトもしていない大学生が、夏休みだといっていつまでも眠り呆けていては、お盆がやってきても流石にご先祖様に顔向けできないので、こうして訳もなく起きてはいる。

 両親は早くに仕事に出かけているから、家の中は目覚まし時計が止められて以来、しんとしっぱなしだ。とは言え、あと数十分もすればセミの鳴き声を否が応でも聞き続ける羽目になるのだけども。


 顔を洗って、髭を剃って、パンを食べて。

 そんな絵にかいたような平々凡々なるモーニングタイムを過ごしつつも、脳内は概ね二つの話題で持ち切りだった。


 一つは目先の問題、すなわち初佳とのお祭りデートだ。

 無論僕らはデートという観念によって今夜会う訳ではないけれど、女性にはそうやって臨んだ方がジェントルマンとして正しい気がする。なお、これは経験則ではない、妄言である。


 そしてもう一つというのは、依然として不思議なベール、いや、この場合、翼とした方が的確ではあるが、ともかくも、この妙にざわついた精神衛生を管理するには、その正体を独断であったとしても、一個の名称によって普遍化したい。

 幕末の日本人には一定数、『黒船』を視認できない者がいたらしい。

 それというのも、人間というのは、目から入った情報を、脳の機能によって再構成し、認識させるのだが、『黒船』に関しては今まで見た事のない異形の存在であったために、脳が認識できず、結果、見えないと錯覚し精神バランスを保ったのだ。


 そういう意味では、アニメなどの娯楽が無料で享受できる現代の若者の一人である僕だからこそ、レイナちゃんの不可思議神妙な姿を拝することが出来たのかもしれない。

 そしてそれは、運命論者的に言わせてみれば、『レイナちゃんは僕の天使』という事に帰結することとなるのだった。


 危うくイデアの世界に居座りかけた僕を再び現実へと引き戻したのは、またしても電子音だった。今度はスマホからだが。

『おはよ。晴れだからお祭りあるよ。絶対忘れんなよ(^o^)』

『おはよう。ごめん初佳さん、雨ごいするから無理かも』

『(´・ω・`)』


 ………どっちが素なんだろうか。


 ******


 SNSに動画サイト、小説などをダラダラと楽しんでいる内に、気づけば日は暮れかけていた。真夏だというのにもうすぐ暗くなるということは、時計を見ずとも、相当、時間を無駄にしてしまったことが分かる。

「ってことは」

 走る必要がある!?


 対面すれば強気、SNSだと顔文字ちゃん。

 ………すねるとその両方が一緒くた。


「ばかばかばか」

 彼女ではありませんと注意の立て看板が必要なほどに距離感が近くなる初佳さん(現役女子大生。今年成人)

「いや、マジでごめ、申し訳ございませんでした」

 こちらとしては厄介なことに、初佳は浴衣まで着込んでいた。結構楽しみにしてたっぽいな。

 それにしても、こんなに過疎化してるのか、この町は。

 子どもの頃の記憶と違って、屋台すらもまばら。浴衣が目立つ祭りなんて日本でも有数なのでは。

 ちなみに拗ねるのが過ぎ去った初佳は大抵、恥ずかしさからか、いつもより口調がキツくなる。それはより人に見られたかに比例するため、ある方面では定番化された、神社の境内に避難することにした。

 そして男女はひと夏のアバンチュールに、発展する訳ないだろうが。


「ここはやっぱり涼しいね」

「それな。この湖が埋め立てとかされてなくてホッとした」

「うんうん」

「あれ、鯉かな」

「見えないけど」

「浴衣美人と鯉とか大正ロマンだな」

「美人!?」

「あんまりバタバタしてたらはだけますよ」

「消えろ!」

 何で怒られるんですかね。というか真夜中の神社で『消えろ』とか言ったら、恋愛ものから一気に怪談みたいになるからやめて欲しいな。


 気まずいから灯りの届く範囲でお散歩だ。はっきり言って、若干ビビってる自分がいるので、初佳の顔が見えるごくごく狭いエリア内ではあるが。


「ホントにふみやはストーカーなの?これから交番行く?」

「ゔ!!??」

 物陰から現れたのはびしょびしょに濡れた女の霊。

 ではもちろんなく、やっぱりレイナちゃんだった。

「着替えるから、あっち行って」


 この世に僕の居場所は無いのかもしれない。

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