第5話 君の消えた夜空の下で

「あ!居たぁー!」

 舞台のような河川敷に、初佳が胸を揺らしながら走ってきた。こうして肩で息をしている瞬間もまた胸が強調されている。スーツなどのフォーマルな恰好が等しく人間を格式的にみせるように、女子大生が夜に着こなすラフな格好というものは、自然体を目の当たりにさせる力があるようだ。


「ふ、史也?ホントに病院に行かなくていいの……?」

 まるでオバケでも見たような顔つきでそう問いかけるが、冬ならまだしも夏に川へ飛び込んでいて何がおかしい。いや、おかしいかも。

「急に飛び出して、独りで川遊びとか絶対ヤバいよ」

「確かにな」


 ――独り――


 周りを見渡せども、そこにもうレイナちゃんは居なかった。

 草木も眠る丑三つ時でもなければ、ましてや逢魔刻でもないのだ。それ故にレイナちゃんは幽霊でも妖怪でもない、はず。

 でも、もし異形の存在であったなら、あの翼を説明するのはいとも容易く、幼稚園児にだって理解できるようになる。


「初佳は誰も見てない?」

「誰もって、どこで」

「ここ」

「史也」

「以外には?」

「キモいこと言うなし」

 そう、確かにこの状況はキモい。少女が再び忽然と消え、残されたのは狂人のように川で棒立ちになっている大学生。

「レイナちゃんマジ天使説」

「れいなちゃんって……ビンタしてきた女の子のことだよね?マジで大学に入ってからめちゃくちゃキモくなってない?」

 

 心外だが、僕も含め憶測しか利用できない現状では、こういった仮説も有力視されるのが常である。

 レイナちゃんといる間はまったく時間などというものに気を引かれないのに、いざこうしてどこかへ行くと、僕らの邂逅かいこうがほんの僅かの限られたひと時であったのだと残念に思う。そこにはなぜか焦燥もあった。


 それというのも、僕はあと半月ほどもすれば田舎から再び都会の方へ行くのであり、まさか彼女までもがであるとは考え難いものがあったからだ。

 儚げな少女と過ごす時間は、物語でなくとも有限なのである。


「あ、あのさ。こっちで偶然会ったわけだしさ、明日、二人でお祭り行こうよ」

 その限られた時間をいかにして有意義に過ごすかは、各々の決断と実践にかかっているのは言うまでもなく、初佳は月光のもと、僕を誘ってくれるのだった。ベートーヴェン的でない部分を挙げるとすれば、誘った側が男である僕でない点だろうか。ジェンダー観の変遷もまたこの川の如し。

「喜んでご一緒させていただきます」

「ホント!? ごほん、く、くるしゅうない」

 照れ隠しにと考えてノってくれたのだろうが、かえって羞恥心を刺激してしまったのは、あえて指摘しないでおこう。何と言っても相手は乙女なのだから。


 こうしてなんだかんだあったが、僕らは明日も生きる意味ができた。

 レイナちゃんはどうなのだろうか。

 まあ、お節介にも僕なんかがそんな事を考えていると知られたなら、またつっけんどんにも指摘されそうだけども。

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