第4話 月に叢雲花に風、銀髪少女に夜半の川

 汗がそこかしこから噴き出してくる。

 インドアヒューマンである僕には目に見えて限界が近づいていた。

 西洋における異端審問での論点は、[本人は『神の声』と言っているが、無知な人間がどうしてそれを神と断定できるのか。それが天使や聖人、もしくは悪魔でないとする理由は何なのか]である。


 僕が彼女を求めて東奔西走しているのは、ともすれば夏休み中の暇つぶしなのかもしれない。

 汗だくになった姿を、二度も目の前で気絶したことを、翼のない僕のことを単語単語でディスって欲しいのかもしれない。


 でも、僕らがいた場所には、人っ子一人居なかった。

 田舎の夜は、街灯どころか夜遊びする人間もほとんど存在しない。

 異常な光景なのは、汗だくでダッシュする大学生の方であって、神がかりな現象などではない。


 <バシャンッッ>


 道の向かい側にある川で何かが動いた。

 たぶんだがカエルは平泳ぎマスターなので、わざわざ水中で飛び跳ねたりしないだろうし、大魚がいるほどの河でもない。

 雲が動き、月明かりが照らしだしたものは、清らかな川と銀髪の少女だった。


 レイナちゃんはいつだって名実ともにみずみずしい。


「ふみやー、川遊び気持ちいいよ」

「そうだろうな」

 純粋無垢な少女は、僕のような行水ではなく、神社での御手洗のように、更なる清浄へとこの場を描き変えていた。

「いつも白ワンピースだな」

「そうだよ。が白衣とかナース服着てるみたいにね」

「レイナちゃんは医者なの?」

「忘れたの?私はふみやの為に舞い降りた天使かもしれないって言ったじゃん。ぜったい忘れちゃダメって言ったのに」

「ごめんごめん。いや、そうじゃなくてさ。天使ってのが、僕にはよく分からないんだよね」

「だから走り回ってたの?」

「まあね」


「それで、私を見つけて満足できたの?」


 目的は達成された。

 気絶する直前に、輝く翼を広げていた少女を見つけるというミッション自体は。

 だがしかし、それによって、僕は何のスキルや報酬を得ると言うのか。


「ふみやの天使として忠告してあげよっか。ふみやはこのままだと夏休みが終わる頃に死んでしまうよ」


 自分より幼い女子からの忠告は、何故だか僕を神妙にさせた。

「自分の欲求でもなければ、誰かの為っていう使命感でもない。ただ思ったままに動くなんて命知らずな動物と一緒だよ」


 清浄へと近づくために、この場にある不浄を浮上させ、未熟さを月光によって露呈させた。

 僕は今、少女の透け透けワンピースをチラ見しつつ、自分という存在と夜の闇との境界が分からなくなっていった。

 なぜなら、照らされてはいるのに、レイナちゃんは見つめ返してくれはしないからだった。

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