ストラテジー

「飯田氏、後ろに乗れ」

「カムイ」の刃を使って、日諸さんがスーパーカブの荷台を切り裂く。乱雑ではあるが、二人乗り用の席ができた。

「ははあ、分かったぞ」

 僕は笑う。

「強行突破だな?」

「簡潔に言うならそうだ」

 日諸さんがバイクに跨る。僕はポケットから手袋を取り出す。H.O.L.M.E.S.用認識手袋。これで触れた対象をH.O.L.M.E.S.にスキャンさせることができる。「カクヨム」という電脳空間においては対象のプログラムコードを参照可能だ。バイクに触れる。

「H.O.L.M.E.S.、このバイクの設定弄れるか?」

〈操作可能です〉

「エンジンをかけろ」

 僕の指示通り、バイクのエンジンがかかる。僕は荷台のあった場所に跨る。

「お手柔らかに頼むぞ」

「俺はそうしたいが、あいつらがね」

「カムイ」で盾を作る日諸さん。うねうねとうねった枝がこちらに狙いをつけてくる。


「行くぞ」

 その一声で駆けだすバイク。均されてない地面を走るので大きく揺れる。加えて上下左右から枝や根の攻撃。「カムイ」の盾で防いでいるとはいえ多少揺れる。こんなひどいツーリングは初めてだった。

 が、しかし。

 一気にタラヨウの木との距離は縮まった。目前に迫ったところで、日諸さんが叫ぶ。

「行け! 飯田氏!」

「肝心なところを譲ってくれる日諸さんが大好きだね!」

 僕は荷台を蹴って宙高く跳ぶ。枝の攻撃は何とかかわせた。H.O.L.M.E.S.に命令を出す。

「ウィルスは?」

〈洞の中です。虫型をしています〉

 いた。枝が分かれる分岐点。そこに大きな穴があった。その穴の中に、カブトムシのような虫がいた。あいつだな。


 電気ショックパッドを投げる。パッドが虫に被さった。H.O.L.M.E.S.に指示を出す。

「電気ショックだ!」

 弾ける音。その直後に。

 枝の攻撃が止まった。

 日諸さんが「カムイ」の盾を構えながらつぶやく。

「うまくいったか?」

 木の幹に着地した僕はパッドを拾い上げる。焦げた虫の残骸。H.O.L.M.E.S.に確認させる。

〈ウィルスは駆除されました〉

「どんなウィルスだ? 特徴は?」

〈分析中……〉

 時間がかかった。僕は苛立つ。が、我慢の限界を迎える直前、H.O.L.M.E.S.が報告を寄越してきた。

〈新種だと思われます。サイバー犯罪史に記載のあるどのウィルスの型とも一致しません〉


「新種?」

 僕は聞き返す。

「小川将吾が作ったものか?」

 これがプロの手によるものなら。

 ウィルスに自分の痕跡が残るようなことはしない。多分、あいつもだ。しかし口をついて出た問いだった。予想通りの返事をH.O.L.M.E.S.は寄越す。

〈ウィルスの制作者は不明です〉

「本人に問い正すか」

 僕は配達車が消えていった方角を見る。

「日諸さん! そのバイクまだ走れるか?」

「いける」

「H.O.L.M.E.S.! 配達車の行方は?」

〈車は二時の方角五百メートルで停まっています。運転者の行方は不明です〉

「あいつのことだから車はフェイク、なんてことも考えられる。H.O.L.M.E.S.、郵便局内にアカウントは?」

〈複数の機能で探知しましたがアカウントの存在は認められません〉

「車の線を信用しても良さそうだな」

 僕はバイクの荷台に乗る。

「日諸さん、飛ばしてくれ!」



 車の残骸が見えたのはしばらく走った後だった。

 木に衝突している。車体が大きくひしゃげていた。その少し向こうで。

 亜未田さんが姿勢を低くして立ち尽くしていた。僕と日諸さんはバイクを乗り捨てる。

「亜未田さん!」

 日諸さんが声をかける。しかし亜未田さんは叫び返してきた。

「近寄るな! どこから来るか分からん!」

 どうやら周囲を警戒しているようだ。

 亜未田さんの発言から僕はあいつの行動を予測した。7Dホログラムで陽動するか、あるいは量子ステルスのブランケットで姿を隠しているか。

 僕はH.O.L.M.E.S.に指示を出す。

「H.O.L.M.E.S.、探知しろ」

〈アカウントを捜索します……〉

 しばしの沈黙。

〈探知できません〉

「何?」僕は訊き返す。と、同時に日諸さんが亜未田さんに問いかける。

「敵がいるのか?」

「どこかから攻撃を仕掛けてくる!」

 亜未田さん。よく見てみると。

 様子がおかしい。ファントムナイフを構えてやったらめったらに切りつけている。


「H.O.L.M.E.S.、先程の探知の範囲は?」

〈アカウント亜未田久志より半径十メートル〉

 僕たちのいる場所も入る。

「探索範囲を拡大しろ」

〈マスキングされています〉

「マスキング?」

 と、いうことはあいつだ。

「H.O.L.M.E.S.、探索方法を変えて……」

「……こういう時は、だ」

 不意に声がした。近くで。と、いうより耳元で。僕は眼鏡型端末に触れる。ハッキングだ。あいつが眼鏡型端末を通じて話しかけてきているんだ。

「まず、探知能力を持った奴を叩くんだ」

 雑音。砂嵐だ。H.O.L.M.E.S.に問いかける。

「H.O.L.M.E.S.、H.O.L.M.E.S.!」

 通信妨害か。眼鏡型端末はH.O.L.M.E.S.と連携する窓口のひとつでしかない。通信が遮断されれば……ただの眼鏡だ。

 眼鏡を外す。周囲を見渡す。

 眼鏡型端末を通じてではない、あいつの声が聞こえてきた。

「君、『ホームズ、推理しろ』は原案通り書いたかな?」


 嫌な質問だった。親友との間がこじれそうな、「お前、僕のことどう思ってるんだ?」というような。聞かなければ明確な形にならなかったものを、無理矢理型に押し込むような質問だった。

 正直に答えよう。僕はあいつの原案通りには書かなかった。いつだってそうだ。二人で、小川将吾として小説を書いていた時、僕はあいつのアイディアにいつもひと工夫入れて作品にしていた。

 心がひやりとした。

 もしかして、その行為があいつを傷つけていたのだとしたら。

 そんな疑惑を裏付けるように、彼が続ける。

「色々追加しただろう? 僕のアイディアにないものを付け足しただろう? 僕の発想を捻じ曲げただろう?」

「……『人工知能の物語』は、二人のアイディアだ」

 僕は懸命に言い訳を試みる。「僕のアイディアでもある」

「忘れたのかい? 二人で書く時はいつも僕が発端だったんだ」

 あいつの声。どこから聞こえてくるのだろう。

 身構えながら、後退りをした、その時。

 視界が暗転した。森が一瞬で暗闇に包まれる。何が起きたのか分からなかった。日諸さんも「カムイ」の刃を構える。が、その日諸さんも。

 暗闇の中に消えた。僕一人になる。


「何をした」

 意味のない問いだと分かってはいたが。

 問わずにはいられなかった。後退りを続ける。腰を引き、警戒を怠らない。

 しかし不意に背後から、声。

「僕は苦労して原案を産んだ。それを君が捻じ曲げて作品に仕上げるというのは、卑怯だと思わないかい?」

 振り返る。誰もいない。

「まぁ、もっとも、君のおかげではある」

 再び背後から声。僕は振り返る。

「作者がどうあるべきか。君のおかげでよく分かったよ」

 声だけが聞こえてくる。あいつがどこにいるのか分からない。

 H.O.L.M.E.S.のいない僕は無力だった。何もできない。対処できない。胸に穴が開いたような感覚に陥る。あいつの声だけが響く。

「小説は……特にWeb小説は、だね……読者の反応を見て書くべきだと学んだ。君がそうしたようにね。君は読者の受けがよくなるように二人の『人工知能の物語』を改造したんだろう? 僕もそうすべきだった。これはひとつの反省だ」

 不意に、暗闇の中からあいつが姿を現した。

 真っ黒なジャケット。僕のとは違う。高級スーツ、といった出で立ちだ。手首のカフスボタンを弄っている。それに何か仕掛けがあることは、すぐに見て取れた。


 にこりと、彼が笑う。

「受け取ってくれるね?」

 背後。僕のすぐ後ろ。

 あいつがいた。あいつの息が耳元にかかった。いつの間にか目の前のあいつは消えていて、僕の後ろにあいつがいた。抱きかかえられるようにして両腕の動きを封じられる。手首をつかまれる。あいつは僕の掌をそっと開き、さっきまで弄っていたカフスボタンを置いた。そのまま耳元で囁く。

「L.E.C.T.E.R.」

 息遣いで、あいつが笑ったのを感じた。


「彼にさよならを」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る