マーダー

「読まれているそうだね」

 彼が口にする。僕は答える。

「何がだ」

「『ホームズ、推理しろ』だよ」

 二人の作品じゃないか。彼はそう、手を広げる。

「『あの羊を屠るには』はあまり読まれないんだ」

「公開日はいつだ」

 僕は彼と距離をとりながら話を続けた。

「三カ月前かな」

 ざっと計算する。三カ月で100PVなら一日当たり1PVちょっとだ。まぁ、ミステリーなんてそんなもんだろう。だから告げた。

「ミステリーは過疎領域だ」

「……だから読者が少ないのは当たり前だとでも?」


 彼は窓辺にグラスを置いた。飲みかけのソルティドッグ。グラスの縁につけられた塩。まるで不思議な結晶のようだった。距離をとりながら彼との適切な間合いを測り続ける僕に対して、彼はじっと動かない。

「創作は命懸けだ」

 彼はつぶやく。

「魂を削るんだ」

「何事もそうさ」

「まぁ、そうだな」

 怒りが滲んでいる、気がした。彼はあまり感情を表に出さない。だから、僕の感じ方が間違っていたのかもしれない。

「不公平だと思わないか。こちらはかなりのコストを払ってひとつを作る。しかし読者の側からすればそれはたくさんある消費対象のひとつに過ぎない」

「読む読まないの自由は読者にある。同時に書く書かないの自由も作者にある」

「必死に紡いだひとつの物語は読者によって一瞬で消費される」

「けれど永遠に心に残るかもしれない」

「……この話は埒が明かないな」

「まるであの日みたいだな」

 僕は動き続ける。そして気付く。彼の足下。転がっている一本の腕。


「……聞きたいことが三つある」

 僕は口を開いた。足は、止まっていた。

「ひとつ。何故闘技場のイベントに参加した?」

 わけもないように、彼。

「必要があったからだよ」

 僕はその回答には特にリアクションをせずに続ける。

「二つ。外で暴れまわっている木は何だ?」

「それも必要だからだ」

「三つ」

 僕は床のそれを指差した。

「……殺したのか?」

 あえて「倒した」という表現は使わなかった。ここは闘技場だ。アカウントは戦闘不能にされても無事である。だが今、彼の足下に転がっているそのアカウントは明らかに異常だった。何が異常なのかは名状し難いが、彼が戦闘不能にしたそのアカウントは明らかに「殺された」のだと分かった。


「殺したよ」

 またも、わけもなさそうに。

「彼の作品を読ませてもらった。素敵な作品だったよ。とある地方郵便局に勤務する配達員がしゃべるバイクと一緒に幸せを運ぶという内容の作品だった」

 何でそんな内容の作品で闘技場に挑んだのかは、僕にも分からないがね。彼はポケットに両手を突っ込んだ。

「L.E.C.T.E.R.が殺すなら彼だと教えてくれたんだ。参戦者名簿を読み込んでね。一番攻撃しやすいターゲットを算出した」

「それじゃあ四つ目の質問だ」

 僕もポケットに両手を突っ込む。指が電気ショックパッドに触れる。これを使うことに、なるかもしれない。

 すると、僕の質問を先読みしたように。

 彼が口を開いた。

「……作家が死んだのに何故作家の作品が具現化しているのか、について聞きたいのかな」

「その通りさ」

 僕は柱の陰に隠れた。ポケットから電気ショックパッドを取り出す。

「それは、ね」


 不意に、背後で。

 あいつの声が聞こえた。しかし気づいた時にはもう遅かった。

 肩をつかまれる。抱き込まれるようにして、両腕が塞がれる。

「ああ、君はさっきゴジラを出していたが、あれはいただけないね。派手過ぎる。派手好きな君らしいが」

 首元に、冷たい感触。

「僕なら僕を映す。そちらに意識がいくだろうからね。するとこうして、背後が取れる」

 おそらく、柱の向こうで。

 ホログラムが消えた。あいつは7Dホログラムで自分自身を投影して僕の目を欺いていたのだ。

「そうだ。さっきの質問に答えていなかったね」

 僕の首筋に、冷たく尖ったものを当てながら、彼が。

「『解放』したからだよ。あの死んだ作家を。作品からね。そして同時に作品も作家から解き放たれた。作家は作品という呪縛から解放され楽園に行き、作品は自由にこの世界の中を泳ぐ権利を得た」

「言っている意味が分からない」

「すぐに分かるよ」

 彼の、甘い声。

「H.O.L.M.E.S.も解放してあげよう」


 その、直後に。

 弾ける音がした。背中に衝撃が走り体が前につんのめる。慌てて柱に手を当てた。背後を振り返る。あいつが吹き飛んでいた。壁に叩き付けられた彼は憎々し気にこちらを見ていた。手にはハサミが握られている。現場で凶器を調達する。あいつらしいやり方だった。

「なるほどね……」

 苦しそうに体を起こしながら、彼がつぶやく。

「背中に電気ショックパッドを貼っていたのか」

「せっかく会えたんだ」僕はおどける。「歓迎の準備をしておかないとな。失礼のないように」

「嬉しかったよ」彼もおどける。「素敵なもてなしだった」

「寡黙ではなかったけどな」

 僕の言葉に彼が応じる。

「誕生はしたようだ」


 すると、彼の言葉に反応するように。

 地面が揺れた。柱に寄りかかっていた僕はその振動を敏感に探知した。

 慌てて窓に駆け寄る。

 外では、亜未田さんと日諸さんが戦闘していた。「カムイ」の盾で攻撃を防ぎながら枝を薙ぎ払う日諸さん。華麗なアクロバットで攻撃をかわしながら反撃に出る亜未田さん。

 だがその、頭上で。

 闘技場の天井だろうか。あるいは「カクヨム」の空だろうか。

 ひび割れがある。亀裂がある。そしてその隙間から、何かが降ってきている。

「H.O.L.M.E.S.」眼鏡型端末に呼びかける。

「何が起きている?」

〈外部からのハッキングです〉

 短い言葉に戦慄が走った。レンズが赤く染まり、警告を表示する。

〈ウィルスらしきプログラムを確認。散布されています〉

「『カクヨム』のセキュリティが……」と、言いかけて。

 背後のあいつに、意識が行く。


「あのお方がやってきたようだ」

 むくりと、彼が起き上がる。

「五つ目の質問だ」僕は振り向く。手元には、彼が置いたソルティドッグ。

「『あのお方』って誰だ?」

 にやりと彼が笑う。

「お父様だよ」

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