セパレーション
小川将吾。
あいつの名前を考える。
あいつが「カクヨム」に。PV100。リアルな数字だった。新参者ならそのくらいだ。
「飯田氏!」
日諸さんが叫ぶ。
「何か分かったか?」
「状況は頗る悪い」
僕はB.O.N.D.を取り出し、日諸さんに渡す。
「こいつは触れたものの生体分析ができる。この襲ってくる木々の正体が分かるかもしれない。隙を見て、こいつでぶん殴れ。B.O.N.D.。日諸畔をユーザー登録」
すぐに、低い声。
〈完了しました〉
「僕は郵便局に入る」
木の攻撃を防ぎながら、日諸さんが訊き返してくる。
「大丈夫か、飯田氏」
「行くしかない」
僕は振り返る。
「まだまだ楽しもうぜ」
「飯田氏らしいな」日諸さんが笑いながら枝を払う。
「気をつけろよ」
日諸さんがカバーする中、郵便局へ入る。
入り口をくぐってすぐ。
電話が飛んでくる。首をすくめてかわす。
「H.O.L.M.E.S.! 飛んでくる物品の軌道を予測して安全経路を!」
〈承知しました。レンズに投影します〉
眼鏡に表示される安全経路を通って奥へ進む。柱の裏、受付台の下、筆記台の影。屈み、伏し、張り付きながら、とにかく前進していく。
「H.O.L.M.E.S.、謎のアカウントは?」
〈おそらくですが上階にいます。職員専用通路を通って階段を上ってください〉
「漠然としてるな」
〈マスキングされています。詳細を確認できません〉
「仕方ない。現場百遍」
葉書が流星群のように飛んでくる中をくぐりながら職員通路を目指す。
建物は二階建て。屋上を入れても三階だ。
ほぼ匍匐前進の状態で階段を上りながら、つぶやく。
「久しぶりだな……親友」
僕は、思い出す。
リアルの方で。それも二人で。
小説を書いていた日々。
あいつとは高校時代からの仲だった。同じ部活で、同じ学年で、帰り道も同じだった。
僕はミステリーを書いていた。トリックが必要だ。僕は話の筋を考えるのは得意だったが、殺人方法を考えたり、証拠を隠蔽したりする方法について考えるのは苦手だった。
そこに親友がいた。
親友は理論家だった。論理派だった。目的の達成のために必要な条件、方法、全てを考えることができた。
ただ、彼は話の流れを考えたり、文章を書くことが苦手だった。
僕たちは自然と手を組んだ。
彼がトリックを考え。
僕が文章を書き。
二人で小説を紡いだ。ミステリーを書いた。
二人の小説が初めて完成した時。
僕たちは話し合った。
「名前がいるな」
「名前って?」
「ペンネーム」
「名前なんて、記号だろ」
「それもそうだな。じゃあ、適当に」
「二人の名前を合わせよう。適当に」
小川将吾。
それが、僕たちのペンネーム。
「よう、相棒」
二階。ゴジラを消す操作をした。攻撃対象が消えたからか、ポルターガイストがおさまる。
散乱したオフィス家具。床に様々なものが落ちている。書類が森の中の落ち葉のように散っている。椅子や机がひっくり返っている。ペンやハサミが壁に突き刺さっている。
そしてその、混乱の中に。
あいつが立っていた。
今やその名は、一人しか意味しない。
僕たちは解散したのだ。僕は飯田太朗になり、あいつは野良の物書きになった。
あいつがコンビの解散後、何をしていたかは知らない。
連絡は取り合わなかった。あいつは多分生きているし、あいつも多分僕に対して同じことを思っていただろうから。
だが、僕の目の前には、僕たちがかつて名乗ったアカウントが存在している。
小川将吾は「カクヨム」にも登録していた。あいつの情報を使って。だから「飯田太朗」はアカウントの二重保持にはならないのだが、「小川将吾」にアクセスできる人物は、僕を除けばあいつ以外に存在しない。
小川将吾。
彼が振り返る。
僕のかつての片割れ。
ジャケット姿。紳士的な装いだがどこか不敵な印象がある。鼻の上には、眼鏡型端末。
立ち上がった僕は、つぶやく。
「『あの羊を屠るには』、だったな」
『ホームズ、推理しろ』
『あの羊を屠るには』
二つの作品じゃない。一つのアイディアにつけられた二つのタイトルだ。僕たちの最後の作品だった。小川将吾最後の作品。これが決定的な作品だった。二人のアイディアが真っ二つに割れたのだ。
僕は、犯罪捜査の情報をディープラーニングで処理することで「重要度の高い容疑者」を選定する「犯罪捜査人工知能」を開発した、IT企業の社長の小説を。
彼は、目標となる人物の情報を収集してセキュリティの穴を見つけ、確実に殺害する方法を考案し、逃走経路から証拠隠蔽の方法まで提案してくる「完全犯罪人工知能」を開発した、狂気の科学者の物語を。
「人工知能を開発した人間が活躍する」という点は全く同じ。違いは探偵か犯人か。
タイトルが割れた。僕は『ホームズ、推理しろ』。彼は『あの羊を屠るには』。
この作品がきっかけになって僕たちは別れた。僕は飯田太朗になって『ホームズ、推理しろ』を書いたし、彼は無名の物書きになって文筆界のどこかへ消えた。
その彼が、小川将吾となり、おそらく『あの羊を屠るには』を携えて、「カクヨム」にいる。
「君は、ハイボールが好きだったね」
小川将吾がつぶやく。手には、グラス。黄色いカクテル。多分、ソルティドッグ。
「一緒に飲むかい?」
僕は笑う。
「郵便局でか?」
「二人が会えたんだ。場所なんて関係ない。二人で飲むのも、『いいだろう』?」
「……僕のセリフだ」
僕は眼鏡に指を這わせた。彼も同じ動作をした。
「H.O.L.M.E.S.」
「L.E.C.T.E.R.」
二人して、同じ言葉。
「少しの間、邪魔しないでくれ」
人工知能が答える。
〈承知しました〉
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