コンフュージョン

「なぁ、あれ……」

 亜未田さん。明らかに警戒している。僕もH.O.L.M.E.S.の眼鏡に指を這わせる。

「どうした?」

 僕の声に、亜未田さんが黙って先を示す。日諸さんも、すっと戦闘態勢に入る。

「あれは、おかしいな」日諸さん。

「だろ?」亜未田さん。

「何が?」僕。しかしH.O.L.M.E.S.が告げた。

〈郵便局です〉

「郵便局?」


 唐突な単語に僕は訊き返す。そして、真っ直ぐ日諸さんと亜未田さんが見据える先に目をやる。


 郵便局だった。住宅街にあるような。

 ここは森林のはずだ。どこもかしこも樹木。おそらく杉林。曲がりくねっていない、真っ直ぐな木の幹が乱立している。

 その中に、郵便局。

 赤いポストのマーク。四角い建物。窓辺に人影はないが……明かり。

「H.O.L.M.E.S.」

 眼鏡に訊ねる。

「内部にアカウントは?」

〈いません〉

「いない? じゃあ何だこれは」

〈郵便局です〉

「見れば分かる」


 日諸さんも亜未田さんも混乱しているようだ。

 僕はホログラムロボットを取り出す。

「試しに接触させてみるか」

 グリーンベレーを投影させる。接近させる。

「建物の中に入れろ。様子を見る」

 僕の指示にホログラムロボットが従う。郵便局の中に入っていくグリーンベレー。その様子だけを見れば、滑稽だった。

 が、すぐに。

〈ホログラムに攻撃がありました〉

「アカウントはいないんだろ?」

〈アカウントは確認できません〉

「攻撃? アカウントじゃない何かから? それも郵便局で?」

 疑問符しかない。

「郵便局を出せる能力の作家か?」

 日諸さんの言葉に僕は言い返す。

「何だそのニッチな能力」


「まぁ、小説だからな」亜未田さんが不可視の刃を持った手を構える。「極論、何でもありだ」

「いいか、H.O.L.M.E.S.が言うにはアカウントは確認できないんだ」

 僕は眼鏡のつるを操作する。内部スキャン。赤外線、温度、音響、使える探知機能は全部使って郵便局内を可能な限り偵察する。

 レンズに局内の情報が映される。異常なものは……特にない。

「何で郵便局なんだ?」

 僕はつぶやく。日諸さんが、「カムイ」で盾を作る。

「一応、警戒しておくか」

「ゴジラ出してぶっ壊せないのか」

 亜未田さんに訊ねられ僕は答える。

「7Dホログラムは錯覚だ。人間の五感に刺激があったように見せかけているだけで実体はない。物体への干渉はできない」

「びっくりはさせられるだろ」

 まぁ、実際亜未田さんはびっくりして退避行動をとった。

 同じことが、この郵便局内にいる敵にも通じるかもしれない。


「H.O.L.M.E.S.」

 眼鏡に告げる。

「ゴジラだ」

 途端に、郵便局を突き破って。

 正確には突き破ってはいない。投影された映像が大きすぎて郵便局からはみ出しただけだ。真っ黒な巨体がのたりと持ちあがる。ゴジラだ。

 ゴジラが叫ぶ。轟く咆哮。しかし森は静かだ。

「効果はな……」と、言いかけた時だった。

 窓ガラスを突き破って椅子が飛んできた。オフィス用のキャスター付き椅子だ。

 思わず首をすくめる。H.O.L.M.E.S.に確認する。

「何が起きた?」

〈椅子が飛んできました〉

「見れば分かる! 内部に誰かいるのか?」

〈いません〉

「どういうことだ?」

〈郵便局そのものが攻撃してきている模様です〉

「攻撃してくる郵便局?」

〈攻撃対象が大きくなったことで郵便局全体が反応しています。ホログラムロボットが撮影した映像を共有します〉


 僕のレンズに映し出された映像。

 まるで、ポルターガイストのように。

 椅子や机や電話やコピー機が、ふわふわと浮いている。大量の葉書が手裏剣のように飛んでゴジラの足に突撃している。宙に浮いているオフィス家具の類が狂ったようにゴジラの足にぶつかっていった。その内の、いくつかが。

 窓ガラスの割れる音。様々な家具が飛んでくる。森の柔らかい腐葉土に着弾する。わけが分からない。作家がいないならこんな不可解な現象は起こらない。

「遠隔操作型の作家の可能性は? この郵便局が『カクヨム』が用意したものなのか、作家が『記述』で作ったものなのかを判定しろ」

〈解析中……〉

 しばしの沈黙。

〈解析完了。『カクヨム』の設定しているものではありません。描写された物体である可能性が高いです〉

「やっぱり作家が絡んでるのか?」

 僕の問いにH.O.L.M.E.S.が答える。

〈記述者の情報がありません〉

 記述者。

 普通、「カクヨム」内の物品は必ず誰かが「記述」して作ったものである。当然、「記述者」がいる。H.O.L.M.E.S.はその情報にアクセスして「誰が作った物品か」を判定できる。その判定の結果が「ない」ということは、すなわち……。


「異常動作だな?」

〈そう判断するのが妥当かと〉

「『カクヨム』運営に問い合わせろ」

〈通信中……〉

 しかし驚きの結果をH.O.L.M.E.S.は返してくる。

〈外部との通信が遮断されています〉

「通信遮断?」

 これはまずい。そう判断できた。

「闘技場に閉じ込められているということか?」

〈そうなります〉

「飯田氏、どうなってる」

 日諸さんに訊かれ僕は答える。

「闘技場に閉じ込められている。そして見ての通り、闘技場内部で異常動作が確認できる」

「システムエラーか?」亜未田さんの声にも僕は答える。

「その可能性が高いが、『カクヨム』の闘技場だぞ?」

「カクヨム」の闘技場では作家たちが実際に戦うことになるので安全設計がしっかりしている。万一作家が傷つくようなことがあってもVR装置内の本体へフィードバックしない作りになっていたり、不自然な挙動をするアカウントを弾き出すセキュリティが備えられているはずである。つまり「カクヨム」一堅牢な場所だ。


 そんな闘技場内での、システムエラー。

 まずい状況なのは間違いなかった。「カクヨム」一堅牢な場所が崩れたということは、他の「カクヨム」フィールドへの影響も考えられる。

「一旦距離をとろう」

 僕は提案する。

「もしかしたら僕たちのアカウント情報も弄られるかもしれない。そうなったら、VR装置内の僕らの体にも……」

「判断が、遅かったな」

 亜未田さんがつぶやく。不可視の刃を、高く掲げている。

「周りを見ろ」

 言われるままに周囲に目を走らせた。

 木の根。木の枝。蔦。

 うねうねとうねって、まるで蛇のように動き、僕たちの周囲を、郵便局の周りを、囲んでいた。

「システムエラーが森にも及んでいる」唸る亜未田さん。咄嗟に僕は叫ぶ。

「H.O.L.M.E.S.、危険度判定だ。あの郵便局や木々に攻撃されるとどうなることが予測される?」

〈プログラムをクラッシュさせる記述が見られます。致命的なダメージを負わされた場合、復旧はほぼ不可能かと〉

「そんなぶっそ……」

 と、言いかけた時。

 うねっていた木の枝がこちらに飛んできた。鋭い触手のようなそれは真っ直ぐに僕の方に飛んでくる。まずい。B.O.N.D.を……しかし、間に合わない。


 覚悟した。だがその直後に。

 亜未田さんが、僕の前に立っていた。足元には、切り払われた枝。助けてくれたのだ。

「日諸さんは盾を作って飯田さんを守れ!」

 ファントムナイフを構え、姿勢を低くする亜未田さん。

「片っ端から枝や根を払っていけばいいんだな?」

「頼む! こっちは郵便局を当たる!」僕は叫び続ける。

「日諸さん、防御頼む! H.O.L.M.E.S.! ホログラムロボットを追加する。局内を徹底的に調べろ」

〈承知しました〉

 僕はポケットにあった残り五機のホログラムロボットを放った。コガネムシ型に変形したそれらは一直線に郵便局の方に飛んでいき、ドアから侵入する。H.O.L.M.E.S.に内部映像を確認させる。


 そうしている間にも、亜未田さんは戦闘を続けていた。

 枝から枝へ。幹と幹の間を。

 華麗に飛び跳ねる。宙返りする。着地と同時に離陸し、迫ってきた枝や根を切り払う。すれ違いざまの斬撃。身を翻しながらの斬撃。枝が上下左右から迫る。しかし亜未田さんはその僅かな隙間を潜り、確実に根元から切り落とす。

 日諸さんは時折こちらに飛んでくる攻撃を盾で防ぎ、「カムイ」の刃で切り払い、亜未田さんの援護と僕の護衛を同時に行った。僕は分析を急いだ。

「H.O.L.M.E.S.! 原因の特定だ。『カクヨム』システムにエラーは?」

〈一部見られます。セキュリティ機能が麻痺している様子です〉

「セキュリティ機能の麻痺? 外部からの攻撃の可能性は?」

〈あります。ですが……〉

「堅牢な『カクヨム』のセキュリティが外部から叩き壊せるとは思えないな」

〈おっしゃる通りです〉

「となると、内部に協力者が……」

 と、言いかけた時だった。

〈太朗様。アカウント情報を確認しました。郵便局内に一体アカウントがいます〉

「何? さっきは誰もいないと……」

〈マスキングされています。気配を消す能力、及びステルス能力を持った作家か、我々同様高度な技術を持った作家の可能性があります〉

「高度な技術……」

 嫌な予感が、した。


「SF作家か?」

〈SF作家の場合だと、郵便局内の物体を操作したり、樹木を操作したりする能力の説明がつかないかと〉

「フォースみたいなこともあるだろう?」

〈問題のステルス作家のPV数を確認できました。100PV台です。あまり人気のない作家か、読者の少ないジャンルの作家のようです。主人公の能力しか使えません。主人公一体の能力でここまで大規模な攻撃ができる作家は限られます〉

「参戦作家の情報を当たれ!」

〈確認しましたが、参戦作家いずれの情報とも一致しません〉

 これは、いよいよ。


 僕は、仕方なく……本当に、やむを得ず……ある名前を口にした。

 本当はこいつの名前なんて、口にしたくはなかった。しかし状況が状況だった。読者の少ないジャンルで、なおかつ高度な技術を持ちうる作家なんて、あいつしかいなかった。もちろん、僕の知り得る限りでは、だが。

「参戦作家一覧を当たれ」

 H.O.L.M.E.S.は待機している。僕は続ける。

「『小川将吾』の名前は?」

 H.O.L.M.E.S.が答える。僕の耳元で。無機質な声で。

〈参戦しています〉

 想定しうる限り、最悪の回答だった。

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