スクランブル
〈M.C.G.U.R.K.の存在を確認。前方の木陰にアカウント日諸畔様がいます〉
目の前には一本の大樹。僕は問う。
「犬の名前は?」
木陰から人が出てくる。日諸さんだ。彼はすぐに答える。
「ドッグ」
彼はゆっくりとした足取りで僕の方に近寄ってくる。
「無事合流だな」
「無事でもない」僕は背後に目をやる。
「ここに来る途中でアカウントに遭遇した。接近戦型、かなり強い」
「どんな人?」
日諸さんが周囲に目を走らせながらつぶやく。僕は答える。
「侍みたいな奴だよ。占いくん」
「占いくん……?」
と、彼が首を傾げた時だった。
〈警告! 背後から攻撃!〉
H.O.L.M.E.S.が叫んだ。僕は咄嗟に日諸さんの肩をつかんで真横に退避する。その直後に人影がこちらに突撃してきた。ものすごい速さ。僕は対応できなかった。しかし、日諸さんが動く。
日諸さんの能力……作品名……は『君の姿と、この掌の刃』。掌に「カムイ」と呼ばれるエネルギー体で、陽炎のような刃を作り出し攻撃できる。この時も彼は掌に刃を出して突然の攻撃に反応した。硬質な何かがぶつかり合う音がして、人影が身を引いた。日諸さんと僕が対峙する。
僕たちから数メートル離れた場所にいたのは、僕がさっき戦闘した亜未田久志とかいう男だった。僕はつぶやく。
「紹介しよう。こいつが占いくんだ」
しかし日諸さんはすっと背を伸ばすと手の中のカムイを消した。対峙している亜未田久志も敵意を解いたのか、すとんと腕を落とす。
「亜未田さん」
「日諸さん」
二人が顔を見合わせる。僕は訊ねる。
「知り合いか?」
「うん」日諸さんがこちらを向く。「俺、ラブコメ書こうかなって言ってたじゃん? アドバイスもらってる人」
「この人ラブコメ書いてるのか?」
こんな侍みたいな見た目しているくせに?
「ラブコメは一作しか書いたことがないが……」
占いくんが姿勢を正す。
「それなりに作品は書いているし読んでいるからな。傾向くらいはつかめる」
歴戦の作家感が出てるのはそういうことか。
「紹介しろよ。紹介したろ?」
僕が日諸さんの肩を叩くと、彼は困ったような笑顔を浮かべた。
「まさか亜未田さんが参戦してるなんて思わなかったんだよ」
「十万リワードはでかい」占いくんはつぶやく。「ちょっとリアルの方で金が必要になってな」
「ま、あれだけ金があれば銀座で寿司が食えるしな」
僕はH.O.L.M.E.S.に指示を出して占いくんの情報を登録する。
「何だか知らないが、知り合いなら戦いたくはないよな?」
僕の問いに占いくん……亜未田さん……は渋々といった体で頷く。日諸さんは素直に頷く。
「休戦協定ということでいいか?」
「日諸さんと戦うのは骨が折れるな」
「俺たち似たような能力だしね」
「よし、じゃあ僕たちは仲間ということで協力関係を結ぼう」
素早く話をまとめると僕は亜未田さんに近寄る。
「他のアカウントには会っているか?」
彼は首を横に振る。
「君たちが初の遭遇だ」
気をつけろ、と亜未田さんは続ける。
「ゴジラがいた。あれは初代だ。怪獣を使役する能力の作家がいるのかもしれん」
すごいなこの人。ゴジラ見ただけで初代かどうか分かるのか。
「ああ、あれは気にするな」
僕が掌を広げると、数秒の間を置いて遠方からコガネムシ型ロボットが飛んできた。ホログラムを見せる。グリーンベレーだ。
「こいつで映し出しただけだ」
「君の能力は?」
亜未田さんにそう訊かれた僕は答える。
「犯罪捜査及び防犯人工知能の使役」
「あれが防犯?」亜未田さんは僕の折り畳み傘を示す。「過剰防衛だろ」
「あのなぁ、世の防犯グッズ店にはスリングショットがあるんだ」
スリングショット。平たく言えばパチンコ。
「スタンバトンくらいでガタガタ言うな」
「俺たちの周囲にはどれくらい敵がいるんだろう?」
日諸さんの問いを僕はH.O.L.M.E.S.にぶつける。
「周辺にアカウントは?」
〈六体います。三体はおそらくチームを組んでいます。残りの三体はそれぞれ、十時の方角、三時の方角、六時の方角〉
「チームの方を叩くか」亜未田さんがつぶやく。
「まとめて三人狩れるしな」日諸さんも乗り気。
「仕方ないな」
僕はあまり乗り気じゃない。生き残ればいいだけのサバイバルなら戦闘を避けて敵にお互いを潰し合わせた方がいい。しかしまぁ、今は味方に戦えるアカウントがいるし、H.O.L.M.E.S.やB.O.N.D.と力を合わせればある程度の敵はどうにかなるだろう。
「H.O.L.M.E.S.、チームの方を狙う。アカウントの情報は?」
続けて提示される情報を、日諸さんと亜未田さんに共有する。
戦闘の方は……割と難なく済んだ。やはり二人が強い。
基本戦略はこうだ。7Dホログラムで陽動し、おびき寄せられた敵を日諸さんと亜未田さんが瞬殺する。
亜未田さんの能力はやはり「目に見えないナイフを振るう」能力のようだ。間合いがつかめないから敵も不用心に射程圏内に入りズタズタにされる。侍みたいな見た目の割には小ぶりな武器を使っているようだが……しかし、雰囲気には合う。何かで強化しているのだろうか。身体能力もずば抜けて高い。敵の銃撃をドッジボールの感覚でかわしていた。ほとんどスパイダーマンだ。
日諸さんは「カムイ」を使った接近戦。陽炎のように揺らぐ、こちらも不可視の刃で敵を切り裂く。日諸さんは1000PV越えユーザーで主人公以外の登場人物「ホトミ」の能力を使うことができるので、盾も作れる。攻守兼ね備えている感じだ。彼が壁役になって敵との前線を作り、「カムイ」の刃で攻撃し、前に進んでくれる。前衛としてこれ以上の人材はいない。
僕は、と言えば基本的にホログラムや光学迷彩ブランケットを使った撹乱、H.O.L.M.E.S.による行動分析に、B.O.N.D.による攻撃。B.O.N.D.は生体分析もできる。すなわち、折り畳み傘で接触した相手の肉体構造を把握、運動能力、耐久性、認知能力までを分析し、こちらにどのような危害を加えてくるかを予測する。
途中、体を透明にできる作家との戦闘があった。基本的に目視で敵を認識している日諸さんと亜未田さんは苦労したようだが、H.O.L.M.E.S.によって赤外線認知も温度認知も音響認知もできる僕に死角はなかった。
「ほうら。これで見えるだろ」
透明の作家に向かってカラーボールを投げる。ぶつかると破裂して中の液体が対象にかかる。この液体は発光するし、経皮で体内に浸透し筋肉を弛緩させ、動きを鈍らせる微毒薬でもある。
「ありがたい」
透明作家を切り刻む亜未田さん。撃破した後、ひゅっと不可視の刃を振るい、刃先についた蛍光液を振り落とす。
「気になることが一点」
森の中を進行している最中。
亜未田さんが口を開く。
「さっき戦闘した作家の作品を、昔読んだことがあるのだが……」
僕も日諸さんも彼の言葉に耳を傾ける。
「彼の作品を全部読んだわけではない。だからもしかしたら違う作品の中にそのような能力があるのかもしれないが……」
「回りくどい話は嫌いなんだ」僕は急かす。「何だ。何が気になる」
「能力がおかしい気がしたんだ」
亜未田さんは顎に手を当てる。
「『主人公が透明になれる』。確かにそんな作品だ。だが、完全に透明になるわけではない。正確には『光を透過する体』になるだけなんだ。だから……」
「ははあ、なるほど」僕は頷く。「水晶玉が見えないんですか、って話か」
「そうだ。光を透過するだけだから、厳密には彼の体のところだけ景色が歪むはずなんだ。でも、さっき対峙した彼の体は……」
「完全に透明だった。目視不可能」日諸さん。「そう言われると確かにおかしい。『透明になれる』主人公の作品を複数書いているとも考えにくいし、仮に複数書いていたとしても……」
「PVが高くなければ『その他の作品』は選択肢に入らない」
「妙だな」
背筋に何かが走る。霧の立ち込める薄暗い森の中だからだろうか。そういえば、森の中の設定なのに鳥の声ひとつしない。
「H.O.L.M.E.S.」
不安、からだろうか。僕はH.O.L.M.E.S.に呼びかける。
「周囲を警戒しろ。アカウントは何体いる?」
〈探知中……〉
しばしの沈黙。後に。
〈探知結果はゼロ件です。周囲に敵はいません〉
「そうか……」
黙って、森の中を歩く。
三人の足音だけが響く。僕以外のどちらかが、枝を踏み抜いた。
その乾いた音が、心に刺さった気がした。
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