ファーストコンタクト

「どういう能力の作家だ?」

 僕の問いにH.O.L.M.E.S.が答える。

〈登録作品は『変幻自在のファントムナイフ』です〉

「PVは?」

〈6872です。1000PV越えユーザーです〉

 と、いうことは主人公の能力に加えその他の登場人物の能力の一部が使える。どういう能力であるかはさておき、選択肢は複数あるということだ。


 日諸さんも1000PV越えユーザーだよな。

 足音を潜めながら歩き続ける。日諸さんもその他の登場人物の能力の一部が使える。おそらくは、「ホトミ」。カムイで盾を作れる。「タケキ」の能力も加味し、とりあえず接近戦なら何とかなるだろう。怖いのは狙撃などの遠距離攻撃だが、日諸さんなら下手な行動はとらないと思われる。きっと的になるようなことはしない。


 問題は亜未田久志とかいうアカウントの能力だ。

 タイトルから察するに切断系。ナイフを使うことは推測できる。気になるのは「変幻自在」の文字。形が変わったところでナイフはナイフだと割り切ることはできるが、タイトルから推測するにバトルモノだ。戦闘に特化した能力を持つ登場人物がいてもおかしくはない。

 早めに合流する必要があるな。


 歩調を速める。腕時計をちらりと見て、一瞬判断に迷ってから、ベルトにぶら下げておいた折り畳み傘に手を添える。

 これを使うことに、なるのだろうか。



「H.O.L.M.E.S.、頭上を警戒しろ。狙撃手はいないか?」

〈スキャン中……危険なアカウントは存在しません〉

「日諸さんとの距離を教えてくれ」

〈前方百メートルです〉

「亜未田久志とかいうアカウントは?」

〈前方五十メートル付近で動きを止めています〉

 動きを止めている。待ち伏せか? ブランケットの中で思考を巡らせる。あれの使い時かもな。


 ポケットからボールを取り出す。ピンポン玉くらいのサイズのボール。スイッチを入れると展開し、コガネムシのような形になる。ホログラム投影ロボット。H.O.L.M.E.S.の操作で任意の場所まで移動させることができる。背中にある投影機からホログラムを映し出せる。僕はそんなロボットを合計六個持っていた。内ひとつを取り出し、遠くを見つめる。

「H.O.L.M.E.S.、スキャンしろ。前方三十メートル以内に障害物、不審なアカウントは?」

〈樹木が乱立していることを除けば大きな障害はありません〉

 よし。

 僕はボールを勢いよく放る。遥か彼方で、小さな音。着地したのだ。眼鏡型端末に指を添えて、僕はH.O.L.M.E.S.に指示を出す。

「7Dホログラムを展開しろ」

 7Dホログラム。従来のホログラムと違い、触れることも匂いを嗅ぐこともできる、まさに五感で認識できるホログラムのことだ。VR空間だからこそ出来る技術。早い話が分身を作れるのだ。それも任意の姿をしたものを。


〈何を映し出しましょうか?〉

 H.O.L.M.E.S.に訊ねられ、僕は答える。

「そうだな。アメリカ陸軍の……グリーンベレーでも出してもらおうかな」

〈承知しました〉

「ホログラムに接触したものがあったら教えろ」

〈承知しました〉

「ホログラム投影ロボットを前方五十メートル辺りまで直進させろ。亜未田久志とかいうアカウントの近くまで進めるんだ」

〈承知しました〉

 さて、僕は。

 レンズに映し出されたマップを見ながら、日諸さんへ向かう最短経路から外れて迂回路を選択する。もし、うまくいけば……。作戦の成功を、胸の中で祈る。



 霧の中を、数十歩、進んだ頃だった。

 H.O.L.M.E.S.が眼鏡型端末を通じて話しかけてきた。

〈報告です。7Dホログラムに接触がありました〉

「どのような?」

〈ホログラムが切断されました。ロボットは無事です〉

「攻撃元を特定できるか?」

〈アカウント亜未田久志です〉

 やはり切断系の能力だったか……。僕はさらにH.O.L.M.E.S.に訊ねる。

「日諸さんは?」

〈先ほどの位置から動いておりません〉

「賢明だな。さすが日諸さん」

 僕は腰にあった折り畳み傘を取り出す。スイッチ一つでそれは伸びる。まだ傘の部分は開かない。傘の電源を入れ、僕はつぶやく。


「さて、戦闘かな」

〈援護します〉

 H.O.L.M.E.S.の声に向かって僕は告げた。

「連携しろ。行動分析に攻撃予測、生体分析だ」

〈承知しました〉

 ふう。深呼吸を、ひとつ。

 僕はミステリー作家だ。戦闘向きの作家じゃない。

 しかし僕の『ホームズ、推理しろ』には犯罪捜査をする人工知能や、防犯を目的とした人工知能が多数登場する。

 今僕が持っている折り畳み傘も、そんな人工知能の一つ。

 僕はつぶやく。

「行くぞ……B.O.N.D.」



 木陰。足元に僕の放ったコガネムシを確認した。動いている。ロボットは無事だ。ホログラムは映していない。僕はH.O.L.M.E.S.に訊ねる。

「亜未田久志とかいうアカウントは?」

〈二メートル先の木の陰に隠れています〉

「奇襲を仕掛けるには?」

〈ホログラムを利用する戦略がよろしいかと〉

「オーケイ。ホログラムくん。占いくんをびっくりさせてやれ……」

〈何を映し出しましょうか?〉

「そうだな。初代ゴジラでも出してもらおうか」

〈承知しました〉

 たったその、一言で。


 僕の目の前に漆黒の姿をした巨大怪獣が現れた。身長五十メートル。霧の立ち込める森林の中に似つかわしくないほど、巨大。

 僕はこれをホログラムだと認識している。だから驚かない。けど、亜未田久志、とかいう占いくんは違ったようだ。


 木陰から何かが飛び出る音。戦い慣れている、実に素早い動きだった。僕の視覚認識ソフトでは追えなかったが、H.O.L.M.E.S.が追えた。

〈アカウント亜未田久志です〉

「占いくんは何をしようとしている?」

〈退避行動だと思われます。どうやら接近戦型アカウントのようです〉

「ゴジラには素手で勝てないもんな」

 よし、と僕は走り出す。素早い動きを見せたアカウントの退避先に回り込む。僕はB.O.N.D.を構える。傘に向かって囁く。

「B.O.N.D.、奇襲攻撃を仕掛ける」

 渋みのある男性ボイス……バーのカウンターでウォッカ・マティーニでも飲んでいそうな声……が答える。

〈準備はできております〉


 僕は微笑む。

「一発かますぞ」


 木陰から飛び出す。

 すぐさま、アカウントが目に飛び込んでくる。

 向こうがこちらを認識する。

 目が驚愕に見開かれる。

 だが、もう遅い。

 僕はB.O.N.D.を振りかぶっていた。

 振り下ろす。退避行動を取っていた、占いくんに。


 弾ける音。掌に響く振動。折り畳み傘型スタンバトン、B.O.N.D.から放たれる電撃。

 こちらの攻撃が当たる。電撃が占いくんを痺れさせる。しかし。

〈退避!〉

 B.O.N.D.が叫ぶ。言われるままに身を引く。気づけば。

 ジャケットの襟が、切れていた。


「……何者だ」

 ゆらりと、陽炎のように。

 亜未田久志とかいうアカウントがこちらを見た。まるで歴戦を潜り抜けた侍のような出で立ち。手を構えてはいるが……そこには、何も見えない。

「やあ、占いくん。初めまして」


 ハッキリ言って、驚いていた。

 B.O.N.D.の電撃はかなり強い。最大出力ではなかったとはいえ、並みの人間なら例え屈強な男性でも、痺れて動けなくなるはずだ。しかし目の前のアカウントは平然と立ちこちらに腕を構えている。戦闘だ。そして奇襲失敗。

 日諸さんが来るまで逃げ切るか。


 作戦を変える。迷彩ブランケットに身を包み、木陰に退避する。ホログラムを操作する。

「僕の姿を投影してなるべく速く動かせ!」

〈どちらに動かしましょう?〉

「任せる! なるべく遠くだ!」

〈承知しました〉


 コガネムシ型ロボットが動き出すのを確認する。占いくんはそれに反応したのだろうか、地を蹴る音が聞こえてくる。H.O.L.M.E.S.の報告。

〈ホログラムに攻撃〉

「一旦消してまた映し出せ」

 7Dホログラムは触れるホログラムだ。攻撃をすれば手応えがある。きっと占いくんもホログラムへに攻撃した段階で「仕留めた」と認識することだろう。しかしまたすぐに現れる僕の姿。混乱するに違いない。霧の立ち込めた森林という環境も相まって、幻覚でも見せられているような気分になるはずだ。


「H.O.L.M.E.S.、日諸さんは?」

〈八時の方角、二十メートルです〉

「合流するか。ホログラムを僕から遠いところへ」

〈承知しました〉


 僕は動き出す。迷彩ブランケットを被り、足音を消し、ゆっくりと、だが着実に、日諸さんのいる方へ……。

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