サバイバル

「闘技場内でアカウントが死亡しても、アカウントが削除されることや、作品に影響が出ることはありません」

「はい」

「限りなく現実に近い再現度の戦闘になるため、多少の痛みは感じます。ですがリアルの方の肉体に影響が出ることはありません」

「はい」

「使用する作品を決めてください。原則的に本イベントで使用できる作品はひとつです」

「じゃあ、僕は『ホームズ、推理しろ』を」

「俺は『君の姿と、この掌の刃』を」

「……登録しました。それでは、ご武運を」

「ありがとう」


 闘技場、参戦者専用入り口のbotに礼を告げた僕たちは参戦作家待合室へと入っていった。キングコングを無理やり人類にしましたみたいな屈強な男性アカウント、全身メカニックアーマーに身を包んだアイアンマンみたいなアカウント、神々しい剣に頑丈そうな盾を持ったイケメンアカウント、色々いた。


「俺たちみたいなほぼ一般人の見た目をしたアカウントは少ないな」

 日諸さんがつぶやく。僕は笑う。

「だからこそ、勝ったら面白いんだろう?」

「作戦はあるのか?」

 首を傾げる日諸さんに僕は告げる。

「ま、基本戦略はH.O.L.M.E.S.に行動パターンの分析をさせて日諸さんがカムイで仕留めるだな。僕の方でいろいろなグッズを用意しておいた。奇襲攻撃を仕掛けるゲリラ戦法でいけばこの辺にいるアベンジャーズみたいな奴らもやっつけられるだろう」

「飯田氏の用意するグッズは悪意があるからなぁ」

 日諸さんが笑う。僕は返す。

「全部防犯グッズだぞ」

「過剰防衛だって」

 そんな雑談をしている内に。


〈参戦作家各位はワープスペースに来てください。これよりスタジアム内の各場所にランダムで転送します〉


「飯田氏」日諸さんが不安そうな顔をする。「ランダム転送だってよ」

「安心しろ」僕はポケットから缶バッジを一つ取り出す。

「これつけとけ。『ホームズ、推理しろ』に出てくる子供向け防犯グッズ、M.C.G.U.R.K.だ」

「まがーく?」

「発信機、通信機、マップ機能、ブザー、電気ショック、後簡易的な人工知能もついている。位置情報を元に安全な場所までガイドしてくれる機能付きだ」

「これをH.O.L.M.E.S.で探知してくれるのか?」

「そうだ」

「飯田氏が動くのは危険じゃないか? 俺が迎えに行った方が……」

「僕だって戦える装備は持ってきている」

 僕は日諸さんに向き直る。

「いいか。転送されたらまずM.C.G.U.R.K.でマップを参照しろ。H.O.L.M.E.S.を使ってM.C.G.U.R.K.に位置情報を送信する。H.O.L.M.E.S.が二人の中間地点を算出してM.C.G.U.R.K.にも転送してくれるから、中間地点で落ち合うぞ」


「気になるのは」

 日諸さんが口を開く。

「多分、参戦作家の中には変身系の能力を持っているアカウントもいる。遭遇したアカウントが飯田氏であることを確認するにはどうしたらいい?」

「合言葉だ」

 僕はにやりと笑う。

「『犬の名前は?』と聞く。『ドッグ』と答えてくれ」

「分かった」


 ワープスペースに向かう。深呼吸をして、立つ。

 次の瞬間。


 真っ直ぐに伸びた針葉樹が何本もある森の中に僕はいた。霧が立ち込めている。木のてっぺんは見えない。幹だけがずらっと並んでいる。なるほどな。見晴らしの悪い場所での戦闘。僕はすぐさま眼鏡型端末を取り出す。

「H.O.L.M.E.S.。危険度の判定だ。この周囲に不審な人物は?」

〈挙動の不審なアカウントが四名存在します〉

「それぞれの位置を示してくれ」

 レンズにマップが投影される。二時の方角に二人。七時と九時の方角に一人ずつ。

 戦闘はなるべく避けよう。

 日諸さんに合流できるまで無駄な戦闘は極力回避することにした。僕はポケットに手を突っ込む。

 コンパクトブランケット。

 被災時に使う折り畳みのシートみたいなものだ。保温性に優れる。しかし僕のこの装備にはひと手間加えてある。


「H.O.L.M.E.S.、迷彩モードだ」

〈承知しました〉

 量子ステルス機能で光の反射を相殺させて限りなく透明に近づける機能だ。犯罪者に認知されにくくなることで防犯に繋がる。まぁ、もっとも、男ならこれを利用して女湯に入りたいと思うことだろうが、僕はそんなことはしない。

 迷彩ブランケットを被る。近くで見ればまぁ、探知できなくはないが遠目には全く分からないはずだ。つまり少なくとも狙撃は防げる。

 足音を立てないように気をつけながら歩く。腐葉土が優しく僕の足を包む。


「H.O.L.M.E.S.。日諸さんの位置は?」

〈十時の方向、現在地点より五百メートル先です〉

「M.C.G.U.R.K.との交信は?」

〈繋がっております〉

 通話は……しない方がいいな。日諸さんも隠れているかもしれない。僕は眼鏡型端末の骨伝導イヤホンで会話できるがM.C.G.U.R.K.はバッジが直接しゃべる。

「進路に敵がいないか判定してくれ」

〈スキャン中……〉

 H.O.L.M.E.S.のスキャンが終わるまで足を止める。

〈アカウント日諸畔様と太朗様の間にアカウントが一名。アカウント日諸畔様の方に急接近しています〉

「日諸さんが戦闘になりそうってことか?」

 僕の問いにH.O.L.M.E.S.が答える。

〈戦闘になる可能性は高いです。問題のアカウントについて調べますか?〉

「可能な範囲で調査しろ」

〈遠視します……〉

 H.O.L.M.E.S.の返答を待つ。


〈アカウントを特定しました〉

「どんな人物だ?」

〈アカウント情報を表示します……〉

 H.O.L.M.E.S.がレンズに情報を提示してくる。

 アカウントの顔写真、登録作品、名前が表示される。僕はつぶやく。


「亜未田久志……あみだくじ?」

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