13.言葉遊びとお説教
タミーの気持ちに気付いてから数日。
あの日から、タミーの家庭教師は一気に厳しいものになっていた。
休憩は最低限、私語なんて許さない。厳しすぎるお稽古の後はすぐに姿を消してしまう。
そのせいであの話の続きはできていない。
というよりも、話をする雰囲気になってくれないというのが正しいだろう。
それでも侍女としての仕事は完璧にこなすんだから、しっかり者のマーカスとお似合いじゃないかとも思う。
そんな日々を過ごしていたのに、今日はいきなり自主勉強を指示されてしまった。
なんでも、お父さんとお母さんが、領内の誰かと大事な会合をするんだとか。
通いの侍女や使用人だけでなく、私専属のタミーまで借り出されるなんて。
それだけ大事なものなんだろうけど、私にとっては好都合だ。
きっと夕食は一緒にって言われるだろうけど、逆に言えばそれまでは自由。
願ってもない事態に、私は朝から小躍りしてしまった。
お客様をお迎えする前の慌ただしい雰囲気の中、早速クローゼットから服を取りだす。
ふくらはぎを見せるショートスカートに、くすんだ薔薇色のオーバースカート。
そして、ビロードの赤い頭巾。
急いで着替えた後に、ポケットに入れておいたものを取りだした。
革紐のついた銀の鈴は、今日も涼しげな音を鳴らす。
休息日じゃないのに行ったら、怒られちゃうかな?
でも、会いたいんだもん。
忙しそうだったら邪魔しないようにするし、お留守だったらちょっとだけ待とう。
そう決めてから、窓の外の木へと飛び移った。
人の少ない道を抜け、教会の裏にある扉から外へ出る。
慣れた小道をずんずん歩き、平野から木々が茂るようになった頃。
ポケットから銀の鈴を取りだし、言われた通り手首に巻いた。
手を下ろすと音が鳴り、胸がすぅっと軽くなる。
魔除けの鈴って言っていたけど、人にとっては癒やしの鈴なのかもしれない。
チリン、リン。チリン、リン。
手を振るたびに響く音に耳を傾けながら、細い小道をどんどん進む。
好きな人にもらったものを持って、好きな人の元へ向かう。
そんな素敵な一日に、スキップでもしてしまいそうだ。
お家に着く前に疲れたら困るから我慢するけど。
それでも浮かれた気持ちは抑えきれず、つい鼻歌が出てきてしまう。
あぁ、嬉しいなぁ。シグルド、びっくりしてくれるかなぁ。
やっぱりスキップしちゃおうかと思っていると、小道の向こうから人影が近付いてくるのに気付いた。
歩いているのはたった一人。そして、遠くからでも分かる灰色のローブ。
「シグルド!」
すぐに走って向かうと、シグルドはぴたりと脚を止め、少し吊り上がった目でぱちりと瞬いた。
「休息日はまだだろ、赤ずきん」
「今日はたまたま抜け出せたの!」
「今まで抜け出して来てたのかよ……」
呆れたような表情すら素敵だ。
早い時間の日差しは、琥珀色の瞳をきらきらとさせていた。
「シグルド、お出かけ?」
「ああ。だから家に行っても誰もいねーぞ」
「ここに居るからいいもん。どこ行くの? 巡回?」
「買い出し」
あっさり答えたシグルドは、私が歩いてきたほうへと進む。
買い出しって……魔の森に接しているのはフロンティエル領だけのはずだ。
だから当たり前ながら、買い物をできる場所だってそこだけで……。
「もしかして、領内で買い物するの?」
「他にどこですんだよ」
更に呆れた顔。だけど、まさかって思っちゃうから。
ただ、思い返してみればシグルドは領内のことを知っていた。
お家にあった食材だって、どこかで買ってきているんだろうって思ったんだし。
来た道をただ戻るだけになるのに、私の気持ちはさっきよりも浮かれていた。
「すごいっ、シグルドが来てくれるだなんてっ!」
「お前のために行くんじゃねーよ」
素っ気ない答えだって嬉しい。
私がいつも過ごしている場所に、シグルドが来てくれるんだから!
どんどん進んでしまうシグルドを追いかけて、灰色のローブをちょんと掴む。
それだけで歩調を弱めてくれるんだから、やっぱりシグルドは優しいんだ。
「ねぇ、シグルド。シグルドって背が高いよね。それって遠くを見えるように?」
「背が少し高いくらいで変わるかよ」
真横に並んで歩くと、顔をぐっと上げないと見えない高さだ。
私の背が元から低いっていうのも影響しているけど。
そういえば、こんな感じの文言を読んだことがあるような……。
歩きながら考えていると、昔読んだ絵本のお話を思い出した。
狼の末裔の伝承が広まっているからか、他のお話でも狼は悪者扱いが多い。
だけど私はそうは思わないから、お芝居だって分かるように浮かんだ台詞を口にする。
「ねぇ、シグルド。とってもお耳が大きいのは、私の声がよく聞こえるように?」
「……魔獣の音が聞こえるようにだろ」
「とっても目が大きいのは、私の姿がよく見えるように?」
「見るのは魔獣の姿だ」
「とっても手が大きいのは、私の身体をよく抱けるように?」
「剣を握るためだろ」
「とってもお口が大きいのは、私をよく食べられるように?」
「さっさと飯を済ませるようにだ。つまんねー遊びすんな、ガキかよ」
どうやらシグルドも知っていたみたい。
眉をひそめて鼻に皺を寄せ、怒ったように脚を進める。
つんと突っ張ったローブを離さないよう、私も急いで追いかけた。
シグルドも本気で距離を取ろうとしていたわけじゃないみたいで、すぐに歩調は落ち着く。
そういえば、あのお話の続きってなんだっけ?
確か、主人公が狼に食べられちゃうんだったかな。
ぱくっとまるごと飲み込んじゃうだなんて、お話の中でも現実的じゃない。
でも、もしその相手がシグルドだったら……。
「私、シグルドになら食べられてもいいなぁ」
「黙れマセガキ」
間髪入れずに返ってきた答えに首を傾げてしまう。
絵本の内容の話をしているのに、マセてる?
子どもみたいだって言われるのかと思ったのに、正反対なことを言われるだなんて。
「食べるのにマセてるかマセてないかなんて、関係あるの?」
そのほうが美味しいとか?
そう聞くと、正面を向いて歩いていたシグルドがぴたりと脚を止める。
どうしたのかと顔を覗き込んでみると、口をへの字に曲げていた。
少し吊り上がった目元はほんのり赤く染まっていたけど、すぐに手で隠されてしまった。
「シグルド? どうかした?」
「なんでもねーよ……」
なんでもないような反応じゃないんだけど。
シグルドは顔を覆ったまま動いてくれなくて、ひとりぼっちな気分になってしまう。
今の話、どこか変だったかな。
よくよく考えてきっとこれだという言葉に思い至り、くいくいとローブを引っ張って意識を向けさせる。
指の隙間から見える琥珀色の瞳に向かって、見上げる距離で言ってみた。
「シグルド、私を食べて?」
「……っ、この馬鹿ずきんっ!!」
「えーっ!?」
ばっとローブを振られたせいで、掴んでいた場所が離れてしまった。
そしてずんずん進むシグルドは、あっという間に遠くなっていく。
「ま、待ってよシグルドっ!」
呼びかけても速度は落ちず、距離はどんどん広まってしまう。
せっかく一緒に居られるのに、離れちゃったら寂しい。
急いで走って追いかけると、手首に付けた銀の鈴が跳ねた。
チリン、リン。チリン、リン。
涼しげな音にシグルドの歩みが遅くなり、振り返った時にはいつもと同じ不機嫌顔だった。
「今度馬鹿なこと言ったら置いてくからな」
馬鹿なことって、さっきのこと?
もしかして、狼扱いしたのを怒ってるのかな?
冗談だとしても質が悪いって。
そういう意味で言ったわけじゃないって、ちゃんと伝えないと!
「私、シグルドが人を食べちゃうなんて思ってないからね? 冗談だよ?」
「そこじゃねーよ……とにかく、ああいうことは誰にも言うな。分かったか!」
「はぁい……?」
よくわかんない。
でも、言っちゃいけないって言うならそうしよう。
返事をしたら満足してくれたみたいで、もう一度ローブを摘まんで歩き出した。
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