12.侍女の気持ちと障害

 ダンスの稽古を終え、両親を交えての夕食会。

 気の抜けない時間を終わらせると、今日も私は部屋に戻るよう言われてしまった。

 お父さんとマーカス、何度も二人で話しているけど、何かあったのかな。

 聞いても教えてくれないのは分かっているから、大人しく身支度を済ませて部屋に戻った。

 ダンスがあった日は、タミーがわざわざマッサージをしてくれることになっている。

 香油を塗った脚を揉んでもらうのは気持ちがいいから、ソファに座って身を任せた。

 細い指は力強く、肌が少し荒れているみたい。

 働く人の手に目が引き寄せられ、真っ白な自分の手を恨めしく思ってしまった。


「ねぇ、タミー」


「なんでしょうか、お嬢様」


 目の前にしゃがむタミーは、私に目を向けることなく手を動かし続ける。

 休憩の後はみっちりしごかれたから、じんわりした疲れを感じてしまう。

 ぼんやりとしながら浮かぶのは、半日過ごしたマーカスではなく、シグルドのこと。


「タミーは……狼の末裔のこと、どう思う?」


「おとぎ話以上のものではないかと」


 目すら向けずにきっぱりと言われてしまった。

 そういうものだよね……。

 私だって最初はそうだったし、シグルドに会うまでは存在するかだって曖昧だった。

 だけど今はそうじゃない。


「じゃあ、もし実在したとしたら?」


「フロンティエル領の外部に存在しているのでしたら、歓迎できるものではありません。

 お嬢様も、領外の者には心を開かないようお気を付けください」


 この質問には顔を上げ、淡々とした忠告を返される。

 今までだったら、ずっと領内で暮らしていたからだろうなんて軽く考えていた。

 でも、シグルドが言っていた排他的という言葉が浮かび、つい唇を尖らせてしまう。


「もう、またそれ? タミーもマーカスも、どうして外と中で分けちゃうの?」


「……お嬢様は、領主様の一人娘なのですから」


 マーカスの名前に、タミーがほんの僅かに反応する。

 それはきっと長年一緒に過ごしている私じゃなきゃ分からないだろう。

 絶妙な力加減に気持ちが解けてしまいそうになるけど、慌てて気合いを入れ直す。

 夕食会の時も、タミーは元気がなさそうだった。

 そして、お父さんとマーカスが話すという時も。

 ようやく二人になった今なら、聞いてもいいんじゃないかな。


「タミーって、マーカスのことどう思ってる?」


 今日あった特別な変化といえば、マーカスくらいだ。

 だからと思って聞いたことだけど、その予想は的中していたらしい。

 滑らかに動いていた指が一瞬、ぴくんと止まった。


「フロンティエル領の警備隊長として、ご立派な方だと伺っております」


 すぐに動いた指と一緒に、すらすらと言葉が出てくる。

 まるで準備でもしていたかのようで、固すぎる文言は模範的すぎる。

 聞きたいのはそういうことじゃないんだから。

 無表情を浮かべたまま手を動かすタミーに、立て続けに聞いてみることにした。


「タミーとマーカス、歳の差はいくつだっけ?」


「お嬢様との違いが八つですので、六つになるかと」


「マーカスと会ってどれくらいだっけ?」


「わたしがこちらにお世話になってからですから、六年です」


「マーカスの性格ってどう思う?」


「礼儀正しく、紳士的な方でしょう」


 私が知っているマーカスの情報は、タミーから聞いたものが多い。

 経歴や職務的なことばかりだったけど、今の答えからして悪い印象は持っていないんだろう。

 むしろ、これは……。


「タミーはマーカスのこと、嫌いじゃないよね?」


 そう聞くと、タミーは温かいタオルで私の脚を拭き始める。

 答えはない。だけど、それが答えなんじゃないかな。

 タミーはきっと、マーカスが好きなんだ。

 だから今日は朝から様子がおかしくて、ダンスの時に変になっちゃった。

 その気持ちは痛いほどに分かる。

 もしもシグルドが誰かと仲良くしているのを見たら、私だったら間に割り入っちゃうかもしれない。

 タミーにそんな不安を抱かせたくないから、誤解される前にちゃんと教えておくことにした。


「あのね、タミー。私、マーカスのことはお兄ちゃんみたいって思ってるの。

 一緒に居ても全然どきどきしないし、それに私ね……」


 好きな人ができたの、って言おうとしたら、タミーはすっと立ち上がってしまう。

 そしてガラス玉のような目で私を見下ろし、動きの少ない唇を開いた。


「マーカス様は、大衆を率いるのに特化した、上に立つ者として相応しい方でしょう。

 お嬢様は兄としてではなく、一人の男性として接するべきです」


 てきぱきと片付けを済ませたタミーは、素早く扉のほうへ行ってしまった。

 話の途中で遮るなんて、タミーらしくもない。

 やっぱり誤解されているんだと思い、慌ててタミーの背中に声をかけた。


「タミー、私本当に……!」


「マーカス様はフロンティエル領が誇る警備隊長で、お嬢様は領主様のご息女です。

 その意味を、重々胸に止めていただけますよう」


 顔を向けずに淡々とした言葉が返され、タミーはそのまま出ていってしまった。


「……そんなの、関係ないよ」


 警備隊長と、領主の娘。それが一体なんだっていうの?

 タミーがマーカスを好きだっていうなら、私は絶対に応援するのに。

 恋する気持ちに、生まれや立場なんて関係ない。

 そうは、思っているんだけど……。


「私が領主の娘じゃなかったら、シグルドともっと会えてたのかなぁ」


 例えば、防壁の外で働いているお家に生まれていたら。

 今よりもっと早く出会えていたかもしれない。

 休息日なんて待たずに毎日会えたかもしれない。

 そういう意味では関係するのかななんて、この時の私は軽く考えることしかできなかった。

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