03.教会と牧師さん
「いってらっしゃーい……」
今日も日課のお見送り。
だけど、いつも通りとは到底言いがたい。
きれいな服を着せられた私は、いつもより無表情なタミーと一緒に手を振っていた。
昨日の夜、タミーはお母さんと密談を交わしたらしい。
その結果、無理に押し込め縛り付けるよりは、監視付きで動かしたほうがいいと判断したようだ。
私としても外に出られるのは嬉しいんだけど、やっぱり息が詰まる。
「お嬢様、お手を振る時はもっとお淑やかに」
「……はぁい」
遠くからでも分かるように大きく振るようにしていたけど、ご令嬢としては失格らしい。
見えないなら振っても意味ないのに……。
文句を言っても反論されるだけだから、渋々小さく手の平を揺らした。
いつもは世間話をしてくれるおじさんたちも、生暖かい視線を送ってくるだけだ。
外でまでご令嬢教育をされている状況なのに、誰一人として不思議に思わないらしい。
やっぱり、私はどこまでも領主様の一人娘なんだろう。
「このあとはどちらに行かれますか」
「えっと、料理屋に……」
「なりません」
はっきりきっぱり言い切られ、深いため息が出る。
昨日のうちにヴァネッサに手紙を送っておいたけど、店長にも謝りたかった。
仕事が続けられないことも、嘘をついちゃったことも。
だからせめてお店の前を通り過ぎようとしたら、タミーが別方向へと私を誘導してしまう。
「ねぇ、タミー」
「適度な散歩はよろしいでしょう。お屋敷に戻りましたらお勉強がありますので」
「……はぁい」
言うこと聞かないなら散歩すら許さない、っていうことだろう。
仕方なく別の道をとぼとぼ歩いていると、普段はあまり立ち寄らない地域に入っていった。
古くから立ち並ぶ住宅街の中、ぽっかりと開けた場所。
まるで防壁にへばりついているみたいに、古びた教会があった。
イストワール王国には国教があって、布教のために教会を建てているらしい。
だけど詳しいことはよく分からないし、みんななんとなく信じていくらいだろう。
「あれ……?」
「どうかされましたか?」
たまたま視界に入った場所。
壁に沿って植えられた木に目が釘付けになっていると、タミーもこっちに寄ってくる。
いや、そんな……まさか。
建物や木で隠されているけど、防壁に何か……小さな扉みたいなものがあったような。
「タミー、教会行きたい」
「なぜですか?」
見えたものが本当かどうか確かたい。
だけどその前に、確かやすいように周りを確認しておこう。
タミーの視線をそらすように歩き、広がる芝生をさくさく歩く。
「教会といえば憩いの場でしょ?」
イストワール王国では、六歳の時に教会で祝福を受ける決まりだ。
といっても、それはここにある地方教会ではなく、都市部にある大教会まで行くことになる。
それに敬虔な信者は一握りしか居ないから、地方教会はただの寄り合い所という印象が強い。
「こちらの牧師は、赴任して短いと聞いております」
「短いって、もう何年か経ったはずだよ? パン屋の奥さんが言ってたもん」
なぜか渋っているように見えるタミーだけど、神様にお祈りするのは悪いことじゃないはずだ。
気にせず門をくぐり、開け放たれている扉から中へと入った。
「わぁ……きれい」
まっすぐに伸びた通路の先。一番奥の壁には、丸くて大きな薔薇窓があった。
色とりどりの硝子で描かれているのはお花と……女の子、かな?
目を閉じた金髪の女の子は、お祈りでもしているのかもしれない。
背中に背負うように咲き乱れるお花は、領内の花壇では見たことがないものばかりだ。
「こんにちは、お祈りですか?」
薔薇窓の下にある石像の影から、牧師さんが姿を現した。
ちゃんと話したことはなかったけど、何度か見かけたことはある。
肩まである髪は銀色で、眼鏡をかけた瞳は緑色。
金髪と青色の瞳の私と同じくらい珍しい見た目は、領内でも一人だけだろう。
大きな布を重ねたような白と黒の服は、牧師さんの仕事着らしい。
「牧師のノエルさん?」
「はい、ノエルと申します。そういうあなたは領主様の娘さんの、クレアさんですね」
くりんとした目でにっこりされると、つられて笑ってしまう。
背が高いけどほっそりとした体格で、警備隊には入れないだろうななんて思ってしまった。
「お嬢様。そろそろ帰りましょう」
挨拶を交わしただけなのに、タミーはもうそんなことを言う。
もしかして、神様なんて信じられないなんて言うんじゃないかな?
頭が固いにも限度がある。
「もう少し居ようよ。それに、ここだったら狼の末裔だって来れないんじゃない?」
昨日のお母さんの言葉を揶揄してみると、タミーは僅かに眉を寄せた。
人狼は神聖なものを嫌いだという。
だったら神聖の塊である教会なんて、間違っても入ってこれないだろう。
子ども騙しをされたんだから、これくらい仕返ししてもバチはあたらないはずだ。
「クレアさんは、狼の末裔に興味があるんですか?」
「興味っていうか、昨日言われたの。
あんまり我が儘なことを言っていると、狼の末裔に食べられちゃうわよって」
「食べ、られる?」
首を傾げるノエルさんに私が知っているお話をしてみると、ははぁと感心したように声を出した。
「こちらではそんな話として伝わっているんですね。興味深いものです」
「こちらではって、よそでは違うお話なの?」
「伝承というものには土地柄が出ますので」
ノエルさんはいくつかの領地を辿ってここまで来たらしく、旅の間にたくさんのお話を聞いたらしい。
せっかくだから外の話を聞きたいのに、タミーは何度も制止してくる。
邪魔されてつい口を尖らせてしまうと、ノエルさんはほんの少しだけ眉を下げた。
「そうですね。今、僕が言えるとしたら……」
タミーに目を向け、私に戻す。
腰をかがめたノエルさんは、声を落としてこう言った。
「魔の森に住んでいる狼の末裔は、決して悪い存在ではありませんよ」
ぱちんとウインクをしての言葉は、タミーには聞こえていなかったと思う。
お勉強や食事を済ませ、自分の部屋で外を眺める。
月は昨日よりも欠けていて、今は満月から遠い時期なんだと分かった。
ノエルさんの言葉の後、すぐに教会から連れ出され、近所の人たちと話しながら帰った。
その内容はもちろん、狼の末裔について。
老若男女、たくさんの人と話したけど、やっぱり聞けたのは私が知っているお話だけ。
中にはあからさまに悪く言う人も居たくらいで、ノエルさんの意見は少数派だった。
「狼の末裔、か……」
とっても怖い悪い存在なのか。
決して悪い存在じゃないのか。
考え出してしまったら止まらなくて、ベッドの上でごろごろと転げ回ってしまった。
「なんか、気になるぅー……」
どすんとベッドから転げ落ち、壁際に置かれた書き物机に手が触れる。
お勉強は書斎でしているから、ここでするのはせいぜい手紙を書くくらいだ。
だから上には紙とペンとペーパーナイフくらいしか……。
「ペーパーナイフ……」
めったに使わないものが頭に浮かび、すぐさま身体を起こした。
そう、ペーパーナイフ。私が持っているのは、銀のペーパーナイフだ。
銀は神聖なもので、人狼は神聖なものを嫌いだという。
「これがあれば、いけるんじゃない?」
防壁の外でお仕事をしている人の話によると、警備隊のおかげで魔獣はまったく見かけないらしい。
ということは、魔の森といってもそこまで危ない場所じゃないのかもしれない。
少なくとも、入り口からちょっと中を覗き込むくらいなら……。
本当だったら、警備隊についていければ一番いい。
だけどお父さんとお母さん、そしてタミーやマーカスの反応を考えれば不可能だって分かる。
防壁の中ですら自由に動けないんだから、外に出られるはずなんてない。
そうなったら、取れる手段は一つだろう。
「私一人で、狼の末裔に会いに行く!」
こっそり防壁の外に出て、ちょこっとだけ魔の森を覗いてみる。
もし危なそうだったり、誰かに見つかりそうになったらすぐに帰ればいいだけ。
外には人っ子一人居ないわけじゃないんだし、私だってばれなければ十分だ。
「そうなると、変装しなきゃ」
私の髪はよく目立つから、料理屋で働いている時はモップハットを被っていた。
これはタミーにばれてるから、もっと違うものを考えなきゃ。
「なんか楽しくなってきた!」
蝋燭の炎が揺れる中、私は遅くまで部屋中をひっくり返した。
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