宣戦布告
「諸君らにはこれを配る。名前を読んだら取りに来るように」
担任のクガサが事前に持ち込んでいた厚めの紙袋から取り出したのは金属製の板だった。
ゼクスが受け取って見てみると、手に平に収まる程度の大きさで、金色に反射する表面には寮の浴室や転移装置で見たものと同じように文字が刻まれている。
「それは学生証だ。ただの身分証としての利用だけでなく、一目で魔女の
位階とは「F」,「E」,「D」,「C」,「B」,「A」,「S」,「SS」,「SSS」の九つの階級に分けられた魔女の格付けだ。
素材は下から順に、無し、
これは学内だけで通用する階級ではなく、全ての魔女にとっては能力証明付きの免許証となる。
学生とて魔女、この位階の向上にも努めなければならず、卒業後はこの位階がそのまま魔女としての地位にもなるため、学生の内に上げる者は多い。
通常の授業はもちろん、中間試験、期末試験と基礎教養を試される機会があり、魔女の学園と言っても意外なことに優雅で華々しい学園生活が待っているわけではないのである。
「知っての通り、学生の間は
魔女同士で実戦形式の戦闘をして覇を競う『競技対戦』
死力を尽くして戦い合う姿はド派手で迫力満載となっており、毎年何千人もの魔女や貴族を沸かせている
だが、単に見世物として面白いから、という理由だけで実戦形式が採用されているわけではない。
学園で教育を受けたからと言って全ての魔女が正道を歩むわけではなく、邪道に外れる魔女も一定数いる。
そういった犯罪者や組織に対抗するためにも魔女同士での対人戦闘訓練というのは必須となり、もちろん怪我などは当たり前だ。
個人、団体から依頼を受けて魔女が解決に当たる『課外授業』
大抵はモンスターの駆除だったり、遠方に荷物を運んだり、素材を集めてくるなど便利屋としての要素が多い。位階によって内容が変わり、上位帯ほど危険で困難な依頼が待ち構えている。
これは学生魔女が倒せる範囲のモンスターや難易度を選ばれているため、本職の魔女になる上での訓練としての要素が多い。
基本的に卒業後の魔女達が相手にするのは危険度が格段に跳ね上がった狂暴なモンスターなので、そういった依頼は事前に省かれている。
依頼以外で社会的奉仕する『貢献活動』
土地開発やモンスター被害にあった人々の援助、流行病の治療法確立、学術論文の発表、新技術の発明、犯罪組織の壊滅……など公共的な行為が該当し、かなり長期的な活動になる。
魔女は超常な力を扱いモンスターを倒すだけのイメージが強いが、こういった貢献方法を選んでる魔女も少なくない。
位階は得点制になっており、上記三つの合計値が一定の点数を越えた者に階級が授けられるという仕組みだ。
「この学生証はそれらの得点も管理もできる優れモノだ。施設利用時、個人対戦時、依頼受付時でも使うから失くさないようにな」
さて、と少し息を吐いて、
「成績最上位者が集う
ああ、忘れていた、とクガサがゼクスらの方へ声を掛けた。
「
大半の魔女は位階『D』~『B』あたりで学園を卒業する。
凡人であれば並外れた努力次第で『A』に辿り着くことができると言われており、以降『S』からの位階は別格と評されるほどである。
特に『SSS』の魔女は指で数えられるほどにしか存在せず、その称号を与えられた者は総じて歴史に名を刻むほどだ。
つまり位階『B』は上から五番目の階級ではあれど、決して低い部類ではない。故にそれだけ白の魔力色には奇跡的な価値がある。
クガサがセラに「期待している」と言ったのも、この辺りの理由が含まれていた。
「だが、先に言った"魔女としての有用性を示すこと"ができない場合は問答無用で降格処分を受けることを忘れるなよ」
どれだけ稀有な存在であっても、価値を示せなければ意味がない。
その言葉にゼクスはゴクリを唾を飲み込む。
――『常に己の価値を示し続けることによってキミの名前には箔が付くんだ』
ただのうのうと授業を受けているだけではいけない。
再度、そう心に刻み込むゼクス。
それからは『競技対戦』や『課外授業』の申し込み方、学科授業の時間割、と細かな説明へと入っていった。
するとタイミングを見計らっていたのか、アリスが手を挙げて質問を飛ばす。
「先生、個人戦っていつからやっていいの? 今日から?」
個人戦とは『競技対戦』の中でも最もメジャーな一対一の戦闘となっている。
学生同士での宣戦布告後、教員立ち合いの下で試合をして、その勝敗によってポイントの増減がなされる仕組みだ。
生徒間でもランキングがあるくらいに人気であり、上位の魔女が戦うとなれば観客が増え、賭けが起きるほどである。
血の気の多い学生は勝つことに楽しみを見出し、中には
「学科オリエンテーションを終えて明日からだ。なんだ、もう相手が決まっているのか? 事前申請なら受け付けておくぞ」
「ならお願い――」
アリスが立ち上がってくるりと振り返り、指を持ち上げた。
指し示したのは教室後方、
「――ゼクス=ライラックとの対戦を申し込むわ!」
ざわり、波が押し寄せるように視線がゼクスへと集中した。
「え……?」
当のゼクスは何の準備もしていなかったせいで、何故いきなり、と困惑の表情を浮かべる。
アリスはまるで因縁の戦いに挑む前のように真剣な表情で睨みつけながら、返す答えを待っていた。
その様子にざわざわと場が熱を持ち始めたが――
「い、嫌だけど……?」
当然、断るに決まっている。
学生間の戦いといっても拒否権は存在しており、宣戦布告したからと言って試合が成立するわけではない。
普通に断られたことが恥ずかしいのかアリスは面白いくらいに頬を真っ赤に染めて捲し立てた。
「なんで嫌なのよ!? アンタの覗き行為、私が許したとでも思ってんの!?」
「それに関しては謝っただろ! なんでわざわざ戦わなくちゃいけないんだよ!」
「乙女の裸を覗き見たんだから、戦うくらいしなさいよ!! 本来は死刑なのよ!」
むしろ何故それで承諾されると思っていたのか。
制裁なら風呂場の時に十分受けたし、正当な理由も取り揃えていたはずだ。
ゼクスは一度アリスの魔法を目にしているため、その強さは良く知っている。
魔法すら使えず、防御と移動にしか魔力を回せないゼクスが戦ったとしても勝てる見込みなどない。
「それに私はね、アンタみたいに何の努力も、痛みも負ってないような、偶然持ってた才能だけで生きてるような奴が一番嫌いなのよ!」
「……」
純粋な怒り、才能への嫉妬。単純ではない感情が渦巻く瞳がゼクスを見つめていた。
するとガタリと引かれた椅子から音が響いた。
「……取り消してよ、今の言葉」
立ち上がっていたのはセラだった。
「この腰抜けの、なにを取り消せって?」
「ゼクスは確かにえっちな所があるかもしれない。でも、何の痛みも負ってない腰抜けじゃない」
「ただ男の魔女が珍しいからって、いきなり位階『B』の等級貰っておいてどこが辛い思いをしてるのよ? 才能のない魔女が位階を上げるのにどれだけ苦労するか知ってるの?」
結論の決まっていた言葉だった。お前にはわからないだろうと。
バチバチと視線で斬り合う二人に教室の空気はいつの間にか飲まれていた。
「ゼクスの悪口を言うのなら、代わりに私が勝負の相手になる」
セラは至極真剣に言った。ただ喧嘩を宥めるために言っている感じではない。本気のものだ。
「はあ? どうしてそうなるのよ。別に私はアンタとやりあいたい訳じゃ――」
やれやれと鬱陶しそうにしていたアリスが、何かに気付いたように目を見開く。
「――いや、いいわ。そうしましょう」
「……っ、どういうことだ、セラは関係ないだろ」
はっきり言ってセラは戦いには向いていない。運動神経が悪く、喧嘩などまともにしたことがなく、ゼクスと同じで魔法だってゼロだ。
正直ゼクスよりも勝ち目は薄い。
「その子が申し出たんじゃない、白の魔女の実力ってのも気になるのよね。先生、セラ=ストレイリアとの対戦を申し込むわ」
思惑のある瞳、アリスはわかってやっている。
それを察した時、ゼクスは思わずギリッと歯噛みしてしまった。
学生であれ仮にも魔女の戦闘となれば過激なものとなるだろう。特にアリスの魔法は身をもって体験した記憶が、危険すぎると警鐘を鳴らしているほどだ。
このまま行くと、セラはおそらく一方的に負ける。
ただ負けるのではなく、ゼクスが宣戦布告を受けなかったことを後悔するように、大切なものを目の前で傷付けられる苦しみを味わわせるように。
セラがゼクスの罵倒を見過ごせなかったのと同じ、ゼクスはセラが傷つくことを看過できない。
「――待てよ」
さっき決めたばかりではないか。
のうのうと授業を受けているだけではダメだ。存在を、価値を示せ。
「受ければいいんだろ、宣戦布告」
「そうこなくっちゃ」
ふふん、と思惑通りに事が運んで満足気なアリス。
不本意だが、やるからには勝つ。
別にゼクスも腰抜けだの変態だの罵倒されて喜ぶような性癖は持ち合わせていない。
ゼクスの中にあるのは大きな胸と溜まった不満を仕返ししてやりたい気持ちだけだ。
「ボッコボコにしてあげるわ。ちなみに私、入試成績三位で
「……へ?」
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