自己紹介
「今日からこの
ゼクス達を教室まで案内したのはこのクガサという教員だった。
紫がかった黒髪に細いフレームのメガネを掛けた教員の中では若年にあたる魔女だ。
きちんと整えられた服装や髪型、鋭く光る目つきから厳しそうな印象を受ける。
「ここにいる皆は同じ学び舎に通う同級生でありながら、切磋琢磨するライバルでもあり、時に死線を潜る戦友にもなろう。まずはお互いのことを知るためにも自己紹介からしてもらおうか、最初は――」
教卓正面を基準に右列から名前順に席が決められており、呼ばれたのはアリスだった。
席を立つと堂々とした歩調で教卓前まで移動して、腰に手を当てて堂々と言い放つ。
「アリス=クランメリアよ。よろしく」
面倒そうに髪を掻き分けて、雑に挨拶を終える。
それで大丈夫か、と思うゼクスだったが、アリスは元より有名人であるため、それほど凝った挨拶をする必要もない。
クラスメイト達もそれをわかっており、教室内は拍手で溢れた。
「では、次」
そして順々に後ろへと自己紹介を終えていくわけだが、ゼクスが座っているのは窓から差し込む暖かな光が心地よい人気席、左側最後尾の隅である。
つまり自己紹介の順番としては一番最後。
前方にはセラが座っているが、式典の終了以来ずっと頬をむくれさせて口をきいてくれてはいないので、相談できる雰囲気でもない。
「はあ……嘘だろ……」
つい誰にも聞こえない声を零してしまう。
まさか自己紹介のトリを任されることになるとは、想像もしていなかった。
己が特異なのは散々聞かされたし自覚を持とうとしているが、すぐに意識が追い付いてくれるはずもなく、衆目に晒されることに慣れていないために変な気負いをしてしまう。
しかし、最初だろうが最後だろうが結局は自己紹介はする。
ゼクスは慣れないプレッシャーに溜息を吐いて、必死に脳内で自己紹介文を練り上げ始めた。
入学式ではアリスのせいで要らぬ誤解を持たれたかもしれない。それも解消できるような、そんな自己紹介。
できれば奇をてらったことは言わず、威圧感も持たせず、不快感のない……欲を言えば好印象なものだ。
ぐるぐると頭の中で書いては消してを繰り返していると、刻一刻と順番が消化されていき、とうとう前方のセラにまで辿り着いていた。
「セラ=ストレイリアです。よろしくお願いします……!」
「お前は確か白の
「は、はい……」
興味津々といった担任に促されたセラは胸の前で手を重ね、祈るように魔力を放出させた。
天使の祝福のような純白の光が身体を包み、見る者達はどこか神々しさを見出してしまう。
教室内では、
「すごい……キレイな魔力」
「聖女様……!?」
「
と口々に零れていた。
「やはり素晴らしいな、活躍を期待しているぞ」
担任がそう褒めて肩を叩くと同時に、教室内で歓迎の拍手が鳴り響く。
セラは困ったように愛想笑いを浮かべ、いそいそと座席へ戻った。
やはり白の魔力色は相当珍しいようだ。
ならば誰も見たことのない黒の魔力色はもっと珍しい。
これは好意的に受け入れられる要素が増えたかも、と期待したゼクスは自己紹介に盛り込む算段を立てた。
「次……で最後だな。お前も特待生だったな……」
「はい」
どこか担任の声が鈍くなり、引き気味の嫌悪するような視線がゼクスを刺すが、気にしないようにして席を立ちあがる。
「男……本当に魔法が使えるの……?」
「入学式でアリス様に覗き魔って言われてた男よね……」
「パンツを嗅いだとか、変態……?」
黒板の前に行く途中だが、散々な言われようである。
だが、ここで狼狽えるのは逆効果だ。
担任にも伝わっているのかは謎だが、現時点においてのゼクスの情報は「男」「覗き魔」「変態」しかない。
「ゼクス=ライラックです。男だけどちゃんと魔力があります。ほら、この通り」
さっきのセラの件もある。まずは不正入学でもなく、変態侵入者でもなく、同じ魔女と信じてもらうために魔力を見せるのが何よりも証拠となる。
魔力を放出させて手に集束させ、わかりやすいように掲げて見せると、黒く燃える炎のような魔力は教室内の眼を釘付けにした。
「まだ魔女としては半人前ですが、よろしくお願いします」
行儀よく頭を下げてまともな男をアピールする。
この一連の丁寧な所作によって予想だと、
『黒の魔力なんてかっこいい!!』
『あなたには特別な才能があるのね! すごい!』
『ふーん、面白い男……』
と、絶賛の嵐。までは行かずとも、印象が変わって幾分か興味を持って接してくれる可能性が生まれたはずだ。
内心は決まった、と思ったゼクスだった。
しかし、
「うわあ……なんか不吉じゃない……?」
「あれで無理やり覗きを……?」
「一緒に居たら妊娠させらちゃうわ……」
なんでだ。
張り切ったゼクスの魔力は深淵のような黒だったせいか、全員が自席で身をよじって引いており、むしろクラスメイトとの溝が深くなっていた。
流石に予想外の反応すぎて絶望していたところに担任が声を発した。
「一応コイツも特待生だからな、うん……」
活躍を期待しろよ。
と、渋い顔をしながら、心の中で悪態をついてしまう。
拍手ではなく警戒の視線を浴びせられながら、ゼクスはしょんぼりと自席に戻った。
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