入学式

『私は"生徒会副会長"のココで~す。隣の美人は"生徒会長"のシャーロットで~す』


 間延びした陽だまりのように柔らかな声が響き、式典だと言うのに張り詰めた空気ではなく、どこか弛緩した静寂が漂っていた。


 何故二人が突然舞台に現れたのかは、すぐにわかった。

 彼女たちの背後には、寮にあった転移装置ポータルとそっくりな白のゲートが姿見のように浮かんでいた。


 その白い水面から若い魔女から中年の魔女、白髪の老婆の魔女まで老若不問の女性たちが吐き出され、各自の位置へと並んでいく。

 生徒とは違った個性ある服装から察するに教師だろう。


 ゼクスらは式典の開始を察して大人しく席へと座っている。

 元より着地点もない喧嘩ではあったので、この外的要因によって思いの外簡単に収まった。


 流石のアリスも式中にまで絡む様子はないようだ。

 不機嫌そうにゼクスから距離を取って一人分の席を端へ詰めて座っていた。


 セラもまた頬を膨らませてはそっぽ向いてしまっている。あとできちんと事情を説明しなければ機嫌は治らなさそうである。


『先生たちが揃うまでちょっと待ってね~。あっ暇だからシャーロットの昔話でもする~? シャーロットはねえ、昔から暗いのが――』


 教員が並んでいる最中、待つだけでは退屈だったのか、間を持たせるようにココがいきなりシャーロットの昔話を始め出した。

 隣にいたシャーロットは予想外と言った表情で、肩に手を置いて部下の行動を制止させる。


『コ、ココ? 入学式でいきなり訳のわからない女の話を聞かされても困るでしょう? それに先生方もいるのよ? やめましょう?』


 幼児を宥めるように小声で注意するが、魔道具にはその声がばっちりと入っており、静寂で埋め尽くされている講堂内に響き渡っていた。


『ええ〜だってこの話、皆に大ウケなんだよ~? もっと聞きたい~って子がいっぱい……』

『それは"あの人たち"だからでしょう? お願いだからやめて、ココ……』

『うん、わかったぁ~』


 シャーロットは恥ずかしさからか白い肌を朱に染め、ココは大人しくそれに従った。


 見ると、二人は昔馴染みのようで、そのやり取りには洗練されたものがある。

 マイペースな子とそれに引っ張られるしっかりした子、そんな構図を簡単に想像することができた。

 間抜けな様子だが教員は誰一人として注意などせず、むしろ微笑ましくニコニコと笑いながら見ている魔女すらもいるくらいだ。


 どうやらいつも通りなことらしい。


 魔女の学園と聞いていたから堅いイメージをしていたが、むしろ自由な雰囲気なのだからゼクスも苦笑いをしてしまう。


 そんな気の抜けた応酬を終えると、いつの間にか檀上はズラリと並んだ魔女によって埋め尽くされていた。


『あ、揃ったみたいだね~。えーっと、これより~セレスティア魔法学園の入学式を執り行います~。まずは生徒会長からの歓迎の言葉で~す』


 はい、と拡声魔道具を渡されたシャーロットは短くため息を吐いて気持ちを切り替える。


『新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます――』


 凛々しく開式の辞を述べ始めると、空気がきりっと引き締まった。

 朗々と挨拶を述べる生徒会長の声は楽器の音色のように心地よく響き、講堂内の空気を支配する。


「綺麗な声……」


 ふと、新入生の一人が零す。

 ゼクスがその声に気付き、振り返って確認してみると、頬を赤らめて恍惚の表情で生徒会長シャーロットを見ている女生徒たちが居た。

 それも何人、どころではなく何十人とわかりやすいくらいにうっとりとしていた。


『――ここに集まった魔女と共に、平和と更なる発展を歩んでいきましょう。在校生代表、シャーロット=ローゼンハット』


 さっきのやりとりが嘘のように引き締まった挨拶を終え、新入生からは自然と拍手が沸き上がった。

 シャーロットは対応するように軽く頭を下げて後ろへ退いた。


『続いては新入生代表の挨拶~。エスメラ=イーグントレハさ~ん』


 はい、と横並びの奥から、女性にしては低めの声が上がった。

 機敏な動きで登壇したのは、端正な顔立ちの女生徒で金髪を後ろで纏め上げ、背筋をピンと伸ばした高い身長。

 如何にも代表生らしい重々しい雰囲気のある生徒だった。


 それを見て、ゼクスの口から気になったこと零れた。


「……代表ってアリスおまえじゃないのか?」


 寮長カーラ曰く、アリスは第二王女らしい。

 そんな立場のある人間が代表でなくて良いのだろうか?


「はあ? 私じゃないわよ、喧嘩売ってんの? 代表は試験結果トップが選ばれるのよ」


 否定するように腕を組み、忌々しそうに睨みつけられる。その態度から何やら琴線に触れてしまったらしい。


「魔女の世界は泥臭い実力主義なの、そこは学園でも変わらないわ。私が王族だからって学園はお伺いなんて立てないわよ。むしろそんなことされたら逆に私が文句言ってやるわ」


 瞳の奥には燃えるような意思、闘志のようなものを滾らせて新入生代表を睨みつけ、


「私は、私の実力で代表を取るの」


 小さく、けれど確かな力の籠った声で呟いた。


 それ以上アリスは何も語ることはなく、代表の深く重みのある声が講堂に響き宣誓を終えた。

 

 その後は進行に従って紹介を受けた教員が挨拶を始め、副学園長の式辞やら来賓の祝辞やらと続いた。

 入学式のような式典に慣れていないゼクスの元に眠気がやってきて、つい小さく欠伸を漏らしてしまう。

 それぞれ堅苦しい言葉を連ねるせいで余計に聞くのが面倒になり、挨拶を聞き流しながら教員らの顔を眺めていると、一人と目が遭う。


「……?」


 艶やかな紫苑の髪、瞳に宿った鮮血のような赤さは人を惹きつけ、その魔性の危うさを秘めた美人。

 生徒会長シャーロットがゼクスを見つめていた。


 相手が視線を悟ると、バツの悪い顔で逸らした。


 まただ。


 魔女の学園に男がいたら物珍しくて見てしまうのも仕方のないことだが、それにしては視線が変なのである。

 これが恋慕であればゼクスも嬉しいことだが、どうにもそういったのとは違う。

 表記の間違った看板を見るような、困惑の、居心地の悪そうな視線だ。


 まあ、珍獣を初めて見るというのであれば、こういった反応もするのかも知れない、とゼクスはあまり気に留めなかったが、隣に座るセラがこっそりと話しかけた。


「さっきから生徒会長、ゼクスのことチラチラ見てるよね? まさか生徒会長にも手を出したの? アリスその子みたいに」

「私でも十分烏滸おこがましいっていうのに、アンタ生徒会長にも? 自殺願望でもあるの? 変態も極まれりね」


 セラのじとぉっと陰湿な眼光がゼクスを刺し、呆れたという口ぶりのアリスが突っかかって来た。

 どちらも既に何かやらかしたことを決めつけている声音だ。


「俺をなんだと思ってるんだ……何もしてないって。単に男が珍しいだけじゃないか?」


 ありきたりな回答だが、これ以外には持ち合わせていない。

 見れば目も覚めるような美人だ。たとえ前世で会っていたとしても一度見たら忘れることはないだろう。

 聞かれて首を傾げるのはゼクスも同じだ。


「まあ、もし手を出していたら確実に消されているだろうし、そうよね」

「消されるってどういうこと?」

「会長って"魅了体質"だから、抵抗力がないと同じ魔女でも心酔するのよ。ほら、さっきの挨拶で何人かやられてたでしょ。ああいうのが露払いの親衛隊やってんのよ」


 結構過激らしいわよ、と付け加えられ、できるだけ関わらない方がいいだろうと内心で決め込むゼクス。


「でも、なんでアンタは普通なわけ? 噂じゃ男は見ただけで靴を舐めたがるようになるって聞いたんだけど」

「若干不名誉じゃないか? それ……」


 いくら美人さを表現した噂だからといって、見ただけで靴を舐めたくなる!というのは、もはや何かの笑い話だろう。

 そう思って再びシャーロットの全体を見てみるが、


「美人だとは思うけど、別に靴は舐めたくならないかな……」


 これは素直な感想だった。

 アリスは冷めた瞳のまま、ふーん、とゼクスから視線を外す。


「つまんな、死刑」

「えぇ……」


 女王様はどうやら靴を舐める滑稽な姿をご所望だったようだが、期待には応えられそうにもない。

 その後、ゼクスは生徒会長からの視線と両側の同級生からの視線を、チクチク刺されるように感じながらも閉式の挨拶まで乗り切った。

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