生徒会

「はっはっ……なんとか……間に合った……基礎体力もつけないと……っ」

「もう新入生の皆さんは集まっているようですね」


 肩で息をしながらゼクスは辺りを見回すと誰もおらず、代わりに講堂内からひそひそとした話し声が零れていた。

 カーラが扉を少し開けて覗いているのに乗じて確認してみると、出遅れたせいか皆指定されていた席に綺麗に座っている。


「うっ……わかってはいたけど、女生徒ばっかだな……」


 唯一の男のゼクスがこの中を突っ切って座席へ向かうのには勇気が必要だ。

 自意識過剰かもしれないがおそらく視線が針の筵のように突き刺さるだろう。

 視線が好意的であればまだしも、今まで出会った魔女の反応からもそれは期待しにくい。


 不安を募らせて怯んでいると、その様子を見ていたカーラが魔力を練った。


「"安寧の青よ"」


 衣を被せるようにして魔力をゼクスの頭から降り注がせ、通り過ぎた青い霧はすぐに乾いて消えた。

 だが、身体を見ても主だった変化はない。


「おまじないです。青の魔力には『鎮静』という性質もあるんですよ」


 説明しておきながら、魔法的にはロクに効果がないのはわかっていた。


 だが敢えて詠唱にしたのは意味がある。

 人はたった一つの言葉で前向きにも後ろ向きにもなれる。

 魔法の詠唱式スペルと同じで、言葉は一つの変化で効果や作用に影響を及ぼす。


 故に魔法という体を取ったのは落ち着かせるための方便だが、どうやらゼクスは効いてくれたようだ。

 少し勇気を貰い、背中を押されたゼクスは扉の取っ手を握り、


「ありがとうございます……。よし……!」


 意を決してガチャリと厚みのある扉を開けると、数名が振り返った。

 反応は想像通りだ。困惑、あり得ないものを見るような目だ。数名の感情が講堂内に波及してざわざわと膨れ上がる。

 だが、ゼクスは怯まずに足を進めた。


『男……どうしてここに?』『侵入者じゃなくて?』『でも私たちと似た制服着てるよ』


 こういった時、誰かが騒ぐとそれが周囲に飛び火することがある。器に溜まった水が表面張力で零れてない状態と同じで誰かの一声で均衡が崩れるかもしれない。

 下手な動きを取らず真っすぐ堂々と指定された番号の席へと向かう。


 講堂内は舞台を正面に座席が中央を開けて各列に並べられている。

 残念なことに座席は一番前の端となっており、場内後方から入って来ているせいで衆目を横切ってしまう。

 だがそれも数秒。


 辿り着いた座席列には見慣れた顔が一つ……


「あっゼクス! こっちだよ!」


 小声ながら手招きしたのは輝く銀髪を伸ばし、丸みのある大きな紫の瞳にまだあどけなさを残した顔立ち、肌は初雪のようにきめ細やかでほんのりと赤みのある健康的な白さを持った幼馴染、セラだ。

 ちょこんと座り、ゼクスのための空席を指さしていた。

 そして、


「うっ……!」


 見覚えのある顔が隣に一つ。

 艶やかなバラ色の髪を左右に垂らし、きりっとした情熱的な赤の瞳に垢抜けた美しい顔立ち、他の生徒とは一線を画すように内側から押し上げられている胸部。

 威風堂々、どしんと座っているのは爆裂死刑宣告娘ことアリス=クランメリアだ。


 ゼクスの視線に気が付いたのか、一瞥して今度は目を瞠って二度見した。


「ああああっ!! 昨日の覗き魔っ!!! なんでアンタがここにいんのよ!!?」


 ガタリと椅子から立ち上がり、紛れもないゼクスを指さした。

 よく通る声が講堂内に響き渡り、ざわついていたはずの生徒全てがピタッと息を止めた。

 もちろんゼクスも時が凍った。


 今朝、『謝り倒す』と言っていたが、講堂内こんなとこで『ごめん!』などと言えば、ゼクスへの印象はどうなる?


 覗きを肯定して、初手から変態の称号が与えられるに違いない。

 確かにリアンは魔女はお飾りかたがきに弱いと言っていたが、変態は魔女でなくても怯む。


 ここは意地でも正当性を主張しなければ、最悪の二つ名が付けられてしまうかもしれない。


「声がでかい! 昨日も言ったろ、俺は同じ新入生だ!」

「そういう意味じゃないわよ! この区画ここは一年の中でも成績上位エリートの魔女しかいないのよ!?」


 腕を広げて見せるようにして最前列付近の座席を示した。

 釣られて視線を向けたが、アリスは全く気にしていないが殆ど全員がこちらを見ていた。


「それとも、見るだけじゃ飽き足らず、ここまで触りに来たとか!? いやああっ変態!!」

「いや、合ってるよ! 番号は確かに――」

「やっぱり触りに来たのね!!?」

触りそっちじゃなくて番号が合ってる、だ! どうして人の話を聞かない上に、そこまで想像力が逞しいんだ!?」


 アリスは身体を守るように腕を交差させて、威嚇するように頬を染め睨んでいた。

 ゼクスもまた、まずはこの女の暴走を止めねば、と証拠の番号表を見せては誤解を解こうと躍起になっていた。


 主張というのは真偽はともかく、しばしば声の大きさと語りての情熱によって通ることがある。

 そして猜疑心で満水になっていた講堂内は、よりにもよって一番最悪の人間の声が呼び水になって溢れ出た。

 ざわざわと場内が不穏な空気に包まれていく。それは悪い方向へ。


「覗き魔……?」


 そこに、この場の誰よりも煮詰まった不穏な空気を纏った、銀の少女が俯きながら黒く呟いた。

 ゼクスの背筋に虫が這ってきたようなゾクリとした感覚が登り、小刻みに震えながら視線を移した。


アリスこの子の声、昨日の悲鳴の子だよね……? カーラさんはお風呂場って言ってたよね……?」


 点と点が繋がり真相に辿り着くセラ。最も、点同士があまりに近似しすぎていたのもあるが。


「ゼクス、どういうことかな?」


 ゆらり、少女が顔を上げた。

 子供を宥めるように笑顔を作っているが、大きく見開かれた瞳には光が宿っていない。

 笑っているのに心が笑っていない、表情と感情の落差のせいかゼクスは暗闇で人形を見たような恐怖心に駆られてしまう。


「ひぇっ……いや、別に何も、アリスコイツが、何か言ってるだけで……」

「はあ!? どうもこうもないわよ!! あろうことか、コイツは入浴中の裸の私を覗いて、それに、パ、パンツをくんかくんか……っ!!」

「してねえ!! 結果的に覗いたことは事実だが、ちゃんとした理由があっただろ!!」


 俺には事情がありますよーと喧伝するように、ゼクスは流れの上で肯定したがその瞬間、場に居た女生徒たちが統率された動きで身を引いたのは予想外だった。

 つくづく大事なところで墓穴を掘るのは癖なのだろうか、自分の要領に呆れてしまう。


「へえ、覗いたんだ? 私のことは一っ回も覗いたことないくせに……その子のお風呂は覗いたんだ……?」

「セラ……?」


 ふーん、と嵐の前の静けさのように暗く沈むセラ。


「やっぱり胸なのかな、ゼクスは昔から大きい胸ばっか見るけど、私の胸は全然見ようとしなかったし、私だってそれなりにあるはずなのになんでだろう。柔らかさかな? 形かな? ううん、やっぱり大きさだよね、うん、魔法が使えるようになったら胸が大きくなる魔法を使えるように頑張ろう。すごく大きくなってゼクスが私のことしか見ないようにしなきゃ……」


 まるで呪詛のようにぶつぶつと己の内側と対話するが、小声のためゼクスには恨みつらみを言われているようにしか聞こえなかった。


「お、おい! お前のせいでセラが壊れたじゃないか!」

「え!? 私のせいなの!? どう考えてのアンタが元々の原因でしょ!!」

「んん! 否定しきれない! でもお前が騒ぎ立てなかったら――!!」

「うるさいわね、私が昨日どれだけ恥ずかしい思いをしたことか――!!」



『――――は~い、静粛に~』



 子供のようにやいのやいのと騒ぎ立てている中に、和やかな気の抜けた声が響いた。

 だがその声は屋内を反響するほどの音量で、聞き取りやすい声質だったのも含め、皆一様に出所を確認する。

 すると、いつの間にか講堂の正面舞台には人が立っていた。


『入学式、始めちゃいますよ~』


 二人。

 同じ制服を着ているがその腕には腕章が付けられており、その慣れた雰囲気からも在校生の者とすぐにわかる。


 一人は、ウェーブがかった明るい茶色の髪を後ろで纏め上げ、にこにことした表情が良く似合う女生徒。

 手に収まる程度の拡声型魔道具を手に持っている。おそらくは彼女が声の主であろう。


 そしてもう一人、腰まで伸びた絹のように光沢のある紫苑の髪に、遠目ながらも存在感のある魔性の美貌。

 どこか憂うような陰りの含んだ美人は、講堂内でもちらほら息が漏れるほどだった。


 ある意味対照的な二人がそこに佇んでいた。


『私たちは生徒会で~す。よろしくね~』


 さっきまで言い合っていたゼクスも、遮って生徒会ふたりに釘付けだった。


 ふと、魔道具を持っていない方の、紫髪の女生徒と目が遭った。


 この講堂内で立ち上がっていたのはゼクスとアリスだけだ。明らかに浮いているため、見られるのは仕方がない。

 そして、何よりゼクスは男である。魔女の学園でも珍獣クラスには珍しいだろう。


 しかし、それを差し引いても、彼女の見開かれた瞳は必要以上の驚愕を含んで、ゼクスを見つめていた。

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