勝機

「―――ということで、アリスと戦うことになりました」


 アリスの宣戦布告後、担任は少し学園の説明を加えたりして初日のガイダンスは終わった。

 転移装置の使えないゼクスは徒歩以外に道はなく、セラと一緒帰っている最中だ。

 学舎前で少し重い空気が流れる二人を待っていたのはカーラだった。


 連れて来たはいいが帰り道に迷われても困る、ということらしい。


 三人で歩いて帰る中、入学式からの出来事を順に話していくとカーラはため息を吐いた。


「どういうことですか、それは」


 確かに尤もな感想である。

 カーラの経験上、入学式を終えて速攻で宣戦布告を受けるなど聞いたこともない。

 無表情は変わらないが声音からは若干の呆れた感じ取ることができた。


「俺だってわかりませんよ……アリスの術中にハメられたというか、俺が息巻いたというか……」


 正直アリスの位階は同じ『B』と算段を立てていた節もあった。

 クガサが『一組には全員位階『B』以上しかいない』と言っていたせいで、自己基準がそうなっていたのだ。


 まさか、それを遥かに凌ぐ『S』とは誰も思うまい。


 しかし、あの場でアリスの位階を知らなかったのは二人だけだった。

 むしろ総魔女数の一桁パーセントにしか限られていない位階『S』の到達者でありながら、一国のお姫様ときたら有名でないほうがおかしい。


「ごめんねゼクス。私のせいで……」


 出来事を省みたのか、気まずそうにセラが声を掛けた。

 そんな様子を見て、今更責める気にもなれない、という風にゼクスは微笑んだ。


「いやいいんだ、お前が何も言わなかったらやり過ごせてたかも、なんて思ってないから」

「思ってるよね!? あの時はゼクスをバカにされてカッとなっちゃったんだよぉ!」


 薄情、と涙目になりながら、ぽかぽかと肩を叩いて理由を主張する。

 入学式では散々チクチクと悪態を吐かれていたのだ、これくらいの意地悪も許されるだろう。

 だが、冷静じゃなかったのは幼馴染のゼクスから見てとれたし、自分を想って行動を起こしてくれたことに嬉しさはあった。


「冗談だって、俺のために怒ってくれてありがとうな」

「そりゃ好きな人のこと悪く言われたらイヤだもん……」


 頭を撫でられながら熱のある瞳でゼクスを見つめ、か細く自分にだけ聞こえるように呟いた。


「でも成績三位の相手なんてどうするかな……負けるにしても、どうにか鼻を明かしてやりたいな」

「そ、そうだね。ルールは確か護石破りだっけ……?」


 その後、ゼクス達は試合の細かなルールを取り決めていたのだ。


 最もメジャーな対決方法である護石破りは、守護石を心臓の位置に着けてそれを破壊したほうの勝ちという、簡単な試合形式となっている。

 守護石は致命的なダメージを一回のみ撥ね退けるという魔道具で、効果発動後は破損しその時点でも負けという安全を考慮しているルールだ。

 だが安全とは言っても致命的な攻撃以外は防いでくれず、生命に危険の及ぶ特定の閾値までは普通の石と変わらない。


 石を直接破壊、奪い取る、気絶させるなども勝利条件となる。

 このルールで実力の劣る魔女が逆転できる要素があり、戦略性が生まれて競技としても人気が高い。


「魔法が使えず勝てる要素って、守護石をどうにか『壊す』か『盗る』かだよね。武器の持ち込みはいいの?」

「それは大丈夫だけど、持って行ってもあんまり意味なさそうなんだよな」


 魔女は力の塊である魔力を纏っているため、通常の武器程度では傷一つ付かない。

 これはゼクス自身も試していることで、圧縮した魔力で地面を殴っても痛みがないどころか削れて穴が開いたくらいだ。

 位階『S』ともなれば刃くらい防ぐのはわけない。


「やっぱ勝てないかな……」


 八方塞がりにうんうんと唸ってしまう。

 魔法が使えるアリスと使えないゼクスでは土俵が違い過ぎる。

 そう思っていた。



「いえ、あなたにも勝機はありますよ」



 二人の道案内に務めていたカーラが振り返ってさっぱりとした口調で言い放った。


「「え?」」


 同じ動きで先を歩く麗人を見つめた。


「お二人ともアリス様の肩書に囚われすぎです。それだと勝負をする前から結果が決まってしまいますよ」


 呆れたように言い放ち、今度はゼクスとしっかり向き合った。

 このカーラという女性、無表情ながら冗談をかます人間だが、こういった時に意味のない嘘は吐かない。


「護石破りでしょう? ならばあなたにも勝ち目はあります。まあ、濃厚ではないですが」

「どうすればいいんですか!? 俺は魔法すら使えないんですよ」

「安易な答えを与える気はありません。自分で自分のことを見つめ直してみてください」


 焦ったゼクスを窘めるように、至極落ち着いた口調で思考を促した。


「今朝のことをお忘れですか? あなたは何をしにこの学園に来たんですか?」


 その言葉を切っ掛けに朝に起きた出来事が頭を過る。


 ――『まさか俺の魔力が関係してる……?』


 はっと驚かされたようにカーラを見つめた。


「黒い魔力の性質……?」


 引っ掛かりならあった。


 前提として魔力には性質があり、自身が発することで周りに些細な現象を引き起こす。

 学園ここに来るまで周囲に影響など与えた経験などなかった。


 しかし、それがこの短期間で偶然とは思えない現象が続いている。

 正常に動くはずの浴室の温水を出す魔道具が壊れ、登校のための転移装置は使えない。

 なにより昨日、カーラは魔法を使おうとしたが不発に終わった。


 そして、ようやくたどり着く。


「"魔法の無力化"」


 物理的な影響は一切与えず、唯一魔法的な事象にのみ影響を及ぼす。

 これでは気付けるはずもない。

 生活の質を向上させる利便性もなく、モンスターに抗う力でもなく、対魔女のみに作用する。


「男のあなたに相応しい性質ですね、魔女の代名詞たる魔法を封じる能力……魔女殺しの男」


 魔女にとっては恐ろしい話だ。なのに目の前にいる彼女は怯えることもなく、淡々とそれを述べた。

 これならアリスにも対抗しうる、今お誂え向きの性質だ。


「それに、魔法を使えないと言っていましたが、あなたには魔法を使うだけの基礎能力がもう身についていますよ」

「え……?」


 さらりと貰った衝撃の事実にゼクスだけでなく、セラも驚いていた。


「そもそも魔法自体は未成熟な幼児でも発動自体は可能です。ただ威力や効果内容、継続時間、効果範囲などが拙いだけで手段さえ誤らなければ魔法は使えます」


 魔法とは魔力で顕現させた現象のことだ。

 現象は手段と条件さえ揃えば生ずる。

 魔女でありさえすれば、誰にだってできること。


「初めて魔法を使う時は皆、誰かの真似をして拙い魔法を使うのですよ。故にあなたたちは参考にする相手がいなかったせいで、魔法を難しい技術だと誤認してるんです」

「ぐ、具体的には……?」

「魔法はイメージすることが大切だと言われています。どういう結果を齎したいか、どういった自分になりたいかなど、それらを詠唱式スペル刻印式コードにして発動するんです」

「な、なるほど……?」


 よくわかってなさそうなゼクスの様子を見て、話を少し深入りさせて過ぎてしまったと気付く。


「まあ、一朝一夕で身に付く技術ではありませんので、今はとりあえず性質を生かした立ち回りを考えましょう」


 勝負は明日だ。悠長に魔法の訓練をするような時間もない。

 故にお手軽で効果的な手段を用いるべきだ。

 そう考えたカーラにはあくまで選択の幅を広げてあげるつもりで質問を投げかけた。


「ゼクス=ライラック、あなた剣は扱えますか?」

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