不発

「今ならお望みの方法を選べますよ。串刺しですか? 薄切りですか? 粉々ですか?」


 魔力で保護していたものの爆風で投げ飛ばされ、全身を強打したせいかズキズキと警告するように五体が軋む。

 ゼクスは乱れた呼吸を整えながら身体を起こして冷え切った声の主を見上げた。


 相変わらずの無表情のカーラだが、その声音からは呆れと怒気が込められ、背後に吹雪が吹き荒れているかと錯覚するほどの迫力を醸し出していた。

 右手には棘のように伸びる氷柱が創り出され、一応聞くけど弁明は?という目をしている。


「違うんです! 聞いてください! 俺の部屋の魔道具が壊れて、水が出て、風邪を引きそうだったんです!!」


 必死に縋る勢いで捻り出した言葉に、カーラの眉がピクリと動く。


「そんなはずはありません。使い方を教えた時は正常に動いていました」

「なんとそれがこの短時間で壊れてしまいまして……」


 事実を述べているはずなのだが、あまりにも白々しすぎる。

 だが、これ以上に説明しようもない。

 えへへーと愛嬌を持って可愛く笑おうとするが、引きつって上手く表情が笑ってくれない。


「――言い残したいことはそれだけですか?」


 カーラは、真面目に聞いて損をした、と白けたように目を細め、不機嫌を表して手を握り込み氷柱を粉砕した。


「本当なんですう!!」


 自身が全裸であることを忘れ、四つん這いになりながらも懇願するように説得するゼクス。

 が、その姿はカーラからしてみれば、覗きに失敗した変態そのものであった。

 その様に見兼ね、蔑む声音で呟いた。


「"氷結の牢獄よ、咎人に厳戒なる檻を"」


 冷たい青がゼクスの周囲に渦巻き、瞬時に立ち込める。

 青が固まり、形を顕現させた小さな結晶がキラキラと反射し、


「ちょっと待っ――!!」


 爆発するように発生した氷晶が全身を包み込み、少年の氷漬けの標本が一つ出来上がる……


 ……


 ……


 ……はずだった。


「――――んん?」


 何も起こらない。

 青い魔力がゼクスの周りを包み込んだだけで、本来生成されるはずの氷塊はいくつもの礫を作っては霧散した。

 身構えていたゼクスが強張りを解いて自身の状態を確認するが何も起きていない。


「……っ? "氷結の牢獄よ、咎人に厳戒なる檻を"っ」


 もう一度詠唱スペルを強く響かせるが、やはりさっきと同じで魔力が渦巻いては氷が出来る前に霧散してしまう。


 その光景に眉を寄せるカーラ。


 何でもない、魔女の世界において魔法で生成された物質が他の魔法で破られるなど珍しくない。

 火を発生させれば水を創り出し相殺することが簡単なように、発生した魔法を撃ち破る方法などいくらでもある。

 カーラが使おうとした魔法の場合だと、対象を氷の塊の中に閉じ込めて拘束する魔法なのだが、これは生成後に内側から壊すことは可能だ。本人もその程度のことは理解している。


 だが、今のは違う。

 内側からこじ開けた訳でもなく、熱によって氷を溶かした訳でもなかった。風魔法で吹き飛ばしたのなら生成途中の氷の粒が散るはずだ。


「……ゼクス=ライラック。あなた今、何をしたんですか……?」


 低く、問う。


 今のは、そもそも魔法が発生していない。

 厳密には集束した魔力が魔法としての形を取らなかった。集まり、固まるはずの魔力が解けた。

 不発。それも奇妙な形で。


 経験したことのない出来事に眉を寄せて表情を崩すカーラだが、


「えっと……何のことです……?」


 何も知らない、とすっとぼけた表情のゼクス。

 違和感を覚えたカーラはその疑念を糧に更なる発見をした。


「というか、そもそも何故火傷すら・・・・・・・・・・していないんですか・・・・・・・・・


 カーラは赤髪の少女の悲鳴を聞きつけて様子を見にきた所に、彼女の火球に押し出され扉をぶち破って出てきたゼクスを見つけた。

 その後、すぐに火球は消滅したが、壊された扉の残骸には焼き痕が残っていた。

 だが、見ても彼の身体には火傷どころか煤一つ付着していない。


 魔法で相殺したのならわかる。けれど、ゼクス直撃していた・・・・・・


 ――水魔法で膜を張った? いえ、なら水蒸気が出てるはず。他の系統の魔法だったら火球と身体の間に見える形で現れる……。


 何かしらの魔法で防いでいたとしても何一つ痕がないのはおかしい。

 徐々に膨れ上がる疑念に思考を反芻させ動きを止めていると、無惨に壊れてしまった脱衣所の戸枠から声が飛んでくる。


「"炎熱の一矢よ、断罪の弓撃を"!」


 奥から細い炎の矢が勢い良く飛び出し、ゼクス目掛けて一閃を描き、


「"不破の氷壁よ"」


 寸前で一枚の氷の壁が出現し、矢は透明な氷の表面を削り炎を散らして消え失せた。


 ひたひたと脱衣所から赤髪の少女が不満そうな表情で歩いてくる。

 髪は濡れっぱなしだがちゃんと服を身に着けていた。少女の状態をゼクスが一瞥すると苦い顔で身を引かせた。

 変態というレッテルはまだ剥がれていないそうだ。


「邪魔しないでカーラ、そいつを消し炭に出来ないじゃない」


 面白くない展開に忌々しそうに双眸を潜ませる。


「お待ちください。もしかしたらこの男ゼクスの言っていることは本当かもしれません」

「はあ? 魔道具が壊れたとか安っぽい言い訳を信用するわけ? ていうか私の裸を見たのよ死罪決定よ」


 当然、という顔をしながら軽薄に指を差し、まずなんで男がいるのよ、と続けてゼクスを刺すように睨みつける。

 状況が状況なので何のリアクションすらもできず、ゼクスは視線だけを両者の間で彷徨わせていた。

 淡々とブレない声音でカーラが答える。


「一応彼も魔法学園セレスティアに入学する予定の生徒の一人です。いくらあなた様でも同級生を死刑にするのはまずいかと」

「はあ!? 男が入学!? 聞いてないんだけど!?」

「言ってませんからね」

「なんで言ってないのよ!?」


 まるで寸劇を見ているかのようなやりとりだが、本人たちは至極真面目である。

 柳眉を逆立てた少女は非常にご立腹だったが、手を出すような感じではなかった。


「言えば納得しましたか? "男が入寮する"なんて事前に伝えたら何をしでかすかわかりませんからね。私の判断で事後報告にしようかと」

「……こいつが入寮するなんて学園長は許可してるの?」

「はい、それはもう満面の笑みで。学園長あのお方曰く新しいオモチャとのことです」


 少女は歯をぎしりと鳴らして、押し黙った。


「ですから、まずは事実確認を致しましょう。言い分が本当であれば寛大なご容赦を。もし嘘だったのであれば死なない程度に制裁しても構いません」

「……カーラと学園長に免じて確認をとる時間を与えるわ。でも、嘘だった場合は覚悟しておきなさい!」


 ふん、とそっぽを向いてその場を立ち去る少女。

 勝手に話が進み、ゼクスは困惑の顔を浮かべながらカーラに聞いた。


「もしかして、さっきの子って……」

「ああ、顔合わせが早くなりましたね。あのお方は我がクランメリア王国の第二王女、アリス=クランメリア様です。ここの寮生ですよ」


 素っ気なく説明され、え、王女!?と驚愕しながら少女の後ろ姿を二度見してしまう。

 動揺しているゼクスを放って、脱衣所から煤けた衣類を持ち出してきたカーラはそれを渡す。


「確認に行きますよ。まずは服を着てください」

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