魔法都市
「トリス先生が言ってたのはこういうことか……っ!」
ゼクスが振り返った時には既に元居た教会は小さく遠ざかっていた。
建物よりも遥かに高い空の上、青空と地平線が二分された景色を眺めるなど初めてのことである。
試しに下を覗いてみると底冷えするような恐怖心に駆られてしまう。
少し青ざめてるゼクスを横にその絶景を楽しんでいるのはセラだった。
「すごいよゼクス! 魔法ってすごいんだね!」
「あ、ああ……。
だとしたら高所恐怖症のゼクスからすれば住み辛い環境かもしれない。そう思っていると呟きにリアンが答えを返してくれた。
「もちろん普通の馬車もあるぞ。まあ、馬ではなくモンスターが走っているんだがな。学園の移動手段はもっとすごい、目を閉じて1秒もすれば目的地に着く『瞬間移動』の魔法陣がある」
唸る風を横切っているはずなのに、鮮明に声が聞こえてるのは魔法のおかげだろう。
ものすごい速さで移動しているはずなのにリアンの緑髪がそよ風に流されてる程度にしか揺れていないのがその証拠だ。
「本当はその瞬間移動の魔法で連れて行ってやりたかったんだが、白の魔女は貴重だから都合が付かなくてな。悪いがこれで我慢してくれ」
馬車で空を移動するなど十分に凄すぎる気もするが、本人は大した様子ではなさそうなのである。
改めて魔女の力を実感してしまう。
普通の人間が馬車を飛ばそうとしたら相当な労力、いやそもそも飛ばせないかもしれない。だが魔女はそれを軽々とやってのけるのだ。
こんな化け物染みた力を持ってしてもなお、毎年モンスターとの戦闘で何十人もの魔女が殉職しているのも恐ろしい話である。
それだけに魔女に教育を受けさせるのも納得がいく。
持て余した力がモンスターではなく人々に向いた時には抗いようがない。
「そういえば魔法都市ってどんな場所なんですか?」
夢の都市アルカナム。
ゼクスは噂には聞けど具体的な容貌というのは耳にしたことがなかった。
普通の人間、ひいては男連中が女だらけの園へ立ち入ることが許されていないから"夢の都市"と呼ばれているのは知っているが、だからといって全く
街であるならば人が行き交い、多少の情報くらいは出てきそうなものだ。
さっきの口ぶりから察して、都市の像を知っているみたいなのでゼクスは疑問をぶつけた。
「魔法都市は大海に浮かぶ巨大な島だ。しかし、ただの島じゃない。文字通り海の上を浮遊しているんだ、今の私たちみたいにな」
そう返されてゼクスは地上を見た。
つまり空に巨大な岩塊が浮いている、
確かに魔女以外が空を飛ぶ技術など聞いたこともない。
なるほど、それは確かに魔法都市と呼ぶに相応しい、と納得した。
「だから陸路じゃ絶対に辿り着けないし、飛行魔法か空間魔法持ちが必要なんだ。教会支部の魔女の駐在もその意味がある」
「なんだか落ちそうで怖くないんですかね……」
「はははっ その心配はないさ。何せ世界に誇る
リアンは魔法都市の地盤を信用しているらしく疑った事すらない様子だ。
やはり空を飛ぶ魔法を使っているからなのか、未だにこの馬車は安全であると頭でわかっていながらも、空を飛んでいる状況にそわそわと心許なさを感じているゼクスには理解しがたかった。
「まあそう不安そうにするな、実際に降りてみると地上と何ら変わりはない」
それからはリアンの休憩のために街へ降りお茶を一服したり、夜になれば宿を取って休んで移動した。
「うわあ……あれが
遠くに漂う浮遊島を見て息を漏らしたセラ。
大気によってぼんやりにしか輪郭を掴めない状態ですら、間違いなく巨大なことは容易にわかった。
距離が近付くにつれてその壮大さは増し、 全貌を見渡せば刳り抜いた山を逆さまにしたような盃のような形をしている。
「想像してた何倍もでけえ……」
大質量の浮島を支えていたのは山肌から露出した巨大装置、幾何学的な紋様が刻まれた浮遊式魔動機構だった。
水面に接さず停滞したその島は落下防止の役割も含めた城壁が都市一帯を覆い、一目見ただけでもただの人間が辿り着くのは不可能だと想像に難くない。
飛び越えて見えるのは象徴のように聳える塔や半球状の施設、一際大きい館……と城壁よりも背の高い建物がいくつも立ち並んでいる。
外縁には数か所の進入用の門が開放されており、波止場のように伸びた滑走路が入り口となっていた。
「中に入ったらもっと驚くぞ」
リアンがやんちゃな笑みを浮かべて、手綱を引くと天馬ジュリアンは急降下して滑走路へと舞い降りた。
着陸してからは普通の馬車となり、ガタゴトと車輪を走らせては門を目指す。
厚みのある拱門を抜けると色鮮やかな街並みがゼクスらの目に飛び込んできた。
丁寧に区画整理されながらも没個性にならず趣きのある建築群、舗装された石畳を走るのは四つ足の大蜥蜴やずんぐりとした鳥、空には羽根を広げたモンスターに乗った魔女。
目まぐるしいほどの自由と活気に溢れた街は元居た処とは別世界のような景色だった。
「どうだ? 賑やかな場所だろう。学生の時は
指を差しては懐かしみながらおすすめの店を紹介するリアンだが、余程行きつけが多かったのか通る露店や料亭を殆ど指さしていた。そして「美味かった」「良かった」などの大雑把な情報しかないのでゼクスも途中から流しながら聞いていた。
「それにしても本当に女の人しかいないな……」
窓の外を流れる景色を見ながら口にしてしまう。
しかも同性だけの空間のせいか、いやに露出度の高い服を着ている魔女や女性向けの店しかないため目のやり場に困る。
まるで更衣室のような入ってはいけない場所を覗き見ているような感覚がして居た堪れない恥ずかしさが込み上げてきていた。
その様子をよく思わない幼馴染が一人ぷくりと頬を膨らませていた。
「むぅ……ゼクスってば女の人見て鼻の下伸ばしてる! しかも胸の大きい人ばっかり!」
「ぅぐっ!?」
確かに女を見ていたことは否定ができない。
それに胸元を大っぴらにしている女性が横切ると年頃の男子としては見ずにはいられないだろう。
むしろこの街においては見るなと言うほうが難しい。街の景観を楽しむにしても人の生活圏である限り目に入ってしまう。
それにゼクスは積極的に脳裏に焼き付けようとしていたわけではなく、もしかしたら学園でもこんな感じなのかと不安を募らせていたのだ。
「私だってちゃんとあるんだからね」
目を伏せ落ち込んだセラは自分の胸にそっと触れた。
服を押しのけて強調する程の大きさはないにしろ、セラも十分に女性らしい体つきであった。
ただゼクスからすれば昔から一緒にいる妹のような存在に疚しい意識を向けるなど自制の心が許すはずもない。
そして目の前でこんな話をされてはセラのことを見るに見れない。
心中の評価を問うようにも聞こえる呟きに答えを持ち合わせていないゼクスは頭を抱えて呻いた。
「そう責めてやるな、中には魅了体質の魔女だっているからな。特に男は当てられやすいんだ」
「ず、ずるい……! ゼクスの目に入れないように注意しないと……!」
目隠しでもしてないと無理だろうな、と心の中でツッコミながらも気まずくなって最終的に視線が空へと行きついた。
だが空も魔女が支配しているせいか今度は色とりどりの下着が見えてしまう。
そっと目を閉じたゼクスは早く目的地に着かないか祈るばかりだった。
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