出立

「やっぱり難しいな……」


 手に集めた黒い魔力が霧散してしまう。

 自室に戻ったゼクスは習った魔力操作をゲームで遊ぶような感覚で訓練していた。

 勉強会の終わり際にトリス先生が教えてくれていたことがある。


『魔力操作は日々の積み重ねが大切なので、暇を見つけたら練習しておくといいですよ』


 なにせ魔法を使う際にも魔力操作は必須であり、とりあえず意識することが重要らしい。

 トリスは簡単にやってのけていたが、手に魔力を集中させることすらもゼクスにとっては難しかった。

 技術というのは一朝一夕では身に付かない。ゼクスはまだ卵から孵ったひよこ、どころか卵として生まれたばかりの段階である。


「魔法を使える日は遠いなぁ」


 ベッドにどさりと寝転がって自分の魔力を確認する。

 トリス曰く魔力にはそれぞれの性質があると言っていた。つまりゼクスの魔力にも何かしらの性質があるのは確かなのだが、考えても思いつかない。


 魔法は魔力性質に強く依存する。


 セラの場合ならわかりやすく治癒魔法が使えるのだろう。実際にトリスも土塊を創る土魔法を使っていた。

 故に性質がわからないと魔法もへったくれもないのである。


 展望も開けないままできることは基礎的な魔力操作のみ。


 だが泣き言をぼやいてはいられない。


 魔力操作を完璧に会得するだけでも十分に価値がある。

 操作しながら色々と調べたゼクスが見つけたのは、魔力を纏えば身体機能が強化される点だ。

 魔力を操作して肉体の動きを補助すれば、通常よりも身体が良く動く、といった感じなのだが……


 これが意外と難しい。


 いくら魔力を身体の一部という感覚を持ったとしても、未だ発達しきっていないため鈍くしか動かない。

 ゆっくりとした動きなら魔力操作による補助を実感できるが、少しでも速度をつけると魔力が追い付かず意識が離れて霧散してしまう。

 だが、もしも肉体よりも早く魔力を動かすことができれば、まるで操り人形で遊ぶように超人的な領域の動きが可能となる。


「これは今後の課題だな。入学前までは訓練をするらしいし、毎日こまめにやっていこう」


 リアンの忠告通り当事者意識を持って、わからないことだらけの中でもやれることはやっておくべきだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 それから約一カ月後。


「今日が最後の授業なんですよね……なんだか寂しいです」


 毎日魔力操作の訓練と魔女の常識について勉強している間に、あっという間に過ぎ去っていった。

 この期間でトリスは二人に対して完全に愛着を持ってしまい、涙こそ流さないものの丸眼鏡の奥にある表情は寂しそうだ。

 いつもは明るく元気ある声のトーンも一段下がってしまっている。


「では魔力放出から、右手に魔力圧縮、そのまま10秒維持してください」


 ゼクスもセラも言われた通りに魔力を固定する。

 苦戦していた魔力操作も自在な形を作ることができるくらいには成長し、さらに出力できる量も増え、身体に膜を作る程度だったのも今では繭のように拡張が可能となった。

 応用として出力した魔力を圧縮する技術も教えてもらい、最近の授業内容は専ら魔力圧縮について訓練していた。

 二人は脂汗を流しながら、圧縮して色濃くなった魔力に集中する。


「はい、二人とももう大丈夫ですよ。基本的な魔力操作はもう問題なさそうですね」

「ふぅ、よかったぁ」


 セラがへにゃりと顔を綻ばせて安心する。

 毎日こまめに練習していたゼクスは少し余裕のありそうに魔力解いた。

 その様子を見ていたトリスは少し眉を下げて笑う。


「全く筋が良すぎです。普通はもっと時間がかかるんですよ?」

「トリス先生の教え方のおかげじゃないかな」

「そう言って貰えると先生冥利に尽きますね。でもこれはあくまで基礎の部類ですからね、入学しても――」


「「日々の積み重ねが大切」」


 声を合わせてトリスが口酸っぱくして言っていた忠告を反芻する。

 毎日真面目に勉強した甲斐もあって、頼もしくなった生徒二人はある程度の算術、歴史、読み書き、モンスターの知識なども身について今では立派な魔女見習いとなっていた。


 だが、ゼクスには一抹の不安があった。

 結局黒の魔力の性質はわからないままで、魔力を纏わせて物に触れてみたり、火に近づいてみたり、水に浸かってみたり、暗闇でぼーっとしてみたりとあらゆることを試してみたが、特に反応がない。

 これにはトリスも苦い顔をしていたが、細かいことは学園に着いてから学ぶしかないようだ。


「入学式は三日後でしたよね。もうそろそろリアン支部長が用意した馬車が到着するはずです。玄関まで送りますね」


 そうして三人は教会の入り口へと足を運ぶ。ふとゼクスが気になったことを口にする。


「でも馬車に乗って三日で着くってそんなに近いんですか、魔法都市って」


 トリスから受けた説明だと、セレスティア魔法学園はこの国の"魔法都市アルカナム"にあり、入学式前日に到着する予定だ。


 アルカナムは魔女しか入ることができない聖域、別名では「夢の都市」と呼ばれている。

 ゼクスらも噂を聞いたことくらいはあったが、到底三日でいけるような近い場所にはなかったはずだと記憶していた。


 するとトリスが遠い目をしたまま答えた。


「いえ、速いんですよ、馬車が。それはとてもとても速く、思い出しただけでも吐き気がするほどに……」


 眩暈をしたように頭を抑え、振り返って可哀そうなものを見るような目で、


「三日間、頑張ってください」

「はい……?」


 教会の玄関まで辿り着いた時、一台の馬車が止まっていた。

 街中で見かけるような荷馬車ではなく、個室を取り付けたような扉付きのものだ。

 驚くべきは普通の馬ではなく、頭に角を携え背中には羽根を広げた白い馬が引手を担っている。誰が見てもわかる明らかなモンスター、ユニコーンである。


 物珍しさから周囲に人が集まっていたが、それを全く意に介さず愛おしそうに撫でていたのはリアンだった。


 モンスターの家畜化は何年も前から盛んに行われているが、ユニコーンを飼いならしているなど聞いたこともない。ゼクスはようやくトリスが言っていた意味を飲み込み始めていた。


「おお、来たか。紹介しよう私の愛馬ジュリアンだ。どうだ、可愛いだろう?」


 まるで乙女が宝物の人形を見せびらかすように自慢するが、ゼクスからするとただのモンスターという認識しかない。というかペットの名前に自分の名前を含ませるセンスはいかがなものだろうか、と思ったくらいだ。

 だが隣に居たセラはトテトテと近寄っては「撫でていいですか?」と許可を貰い、意味を理解しているのかジュリアンは頭を下げて気持ちよさそうに撫でられていた。

 乗せてもらう立場ではあるし、旅路を任せるという意味でも挨拶しておこうとゼクスが手を伸ばす。


「よろしくな、ジュリア――」


 ――ふいっ。


 避けられた。

 流石はモンスター。機敏な動きでゼクスの撫でようとする手を躱し、あと一歩のところを角で弾かれる。


「痛ぇ! なんだよ、セラは良くて何で俺はダメなんだ!?」」


 ジュリアンは俺様に気安く触れるなという目でゼクスを睨む。どうやら気に入られなかったらしい。

 言葉を理解している分、気位が高いのかもと思いながらゼクスは自分の手を摩った。


「ははっジュリアンは好き嫌いが激しいんだ。男や懐いてた魔女が結婚した途端に殺意の籠った眼を向けるんだ、なんでだろうな」


 だが嫌々ながらでも乗せてくれるから安心しろ、と座席の扉を開けるリアン。

 どう猛な瞳を向けられながらも座席に座り込むと、御者台にリアンが乗り込み手綱を握った。

 すると腰から白い短剣を抜き出して、


「"浮遊する箱舟よ、風の導に従いたまえ"」


 指揮棒を振るうように短剣を空で躍らせると、馬車全体がぐらりと浮遊感に包まれる。

 窓の外を覗いてみると景色が低くなっており、周囲の人たちもそれを見上げていた。


「では行こうか」


 その合図と共にジュリアンが嘶き、直後身体を後ろから押されるような衝撃を起こして馬車が勢い良く急発進した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る