魔力

「ここがゼクス君の部屋です」


 開けた扉の先には走り回れるほど広くはないが、一人、それも子供が生活するには十分な奥行きのある部屋があった。

 ベッド、机、椅子……と最低限のものしか置いてないが、どれも孤児院のものより数段質が高いようだ。

 さらにスイッチを押すと光る魔道具も置いてある。やはり魔女の待遇は驚くべきほど良い。


「セラちゃんは別室にての生活になります。流石に一緒にはできないですからね」


 眉を下げて笑っているトリスだが、さっきセラに駄々を捏ねられていたらしい。


 ゼクスと一緒の部屋が良い!と泣きそうな顔をしながら喚いてるセラが想像できてしまう。

 隣にいるときは分別のある物静かな子なのだが、如何せんゼクスが離れると自制が効かなくなるようで、ゼクスとしても極力離れないように気を付けている。


「学園に行くまでは魔女としての基礎知識を私がお教えしますね。ただ本格的な魔法は学園に行ってから、ということになります」


 ここでは魔力の扱い方だけ、と付け加えるトリス。


 魔法と聞いてゼクスの内心は浮つく。


 雲のない晴天に稲妻を降らせ、手も触れずに火炎を生み出し、また枯れた大地を一瞬で一面の花畑に変える。

 人智を越えた超常の力との噂の魔法をもしかしたら自分を使えるかも、となればそれも仕方ないだろう。


 しっかり勉強しろとのお達しなので、ゼクスは気を引き締めて臨むことにした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「まずは魔力についての基礎知識からですね。ゼクス君たちはどのくらい知っています?」

「殆ど知りません。ただ女の人しか持てないってだけで」


 ゼクス達は教会にある小さな教室に連れてこられていた。

 生徒はたったの二人で先生はメガネの魔女ことトリス先生だ。


「わかりました。簡単に説明すると魔力とは魔法を使うにあたっての必要なエネルギーのことです」


 魔女は生まれた時からごく自然に魔法を行使できるわけではなく、魔力を感知して操る技術を磨いてその先にある発展こそが魔法となる。

 摩訶不思議な力ではあれど鍛えたり学んでいく必要があるあたりは、普通の人間が技能を習得することと何ら変わりはない。

 道具の造り方を学ばねば道具は生み出せない、魔法もまた使い方を学ばねば使えないということだ。


「しかし、誰しも向き不向きというものはありますよね。それと同じで全ての魔女が同じ魔法を使えるわけではないんです」


 炎を出すのが得意な魔女、水を出すのが得意な魔女、とできることが人によって限られている。

 世間に伝わっている魔女の噂を一緒くたに混ぜ込んでいたゼクスは、その人間臭さに親近感を覚えた。

 説明を区切るとトリスは右手を前に出して、二人は何事かと注目する。


「"留まる土塊つちくれよ"」


 見せびらかすような意気込みもなく、さも当然のようにトリスが何もない空中に作りたての泥団子のような土の球を作り出した。

 そしてぎゅっと拳を握り込むと、それに呼応して土塊はすぐに崩れ去り跡形もなく消える。

 まるで手品を見せられたように目を剝いた二人の反応に、トリスは恥ずかしそうに照れメガネを掛けなおす。


「こ、このようにですね、私は土の魔法が得意なんです。そして得意な魔法は魔力色クロマによって大体決まってくるんです」

「確か、7色の……黄、赤、橙、緑、青、紫、白だっけ?」

「そうです。私の魔力色はその中の一つの橙。橙は『土』や『金属』といった性質を持った色なんです」


 他の色ならば、

 黄は『光』や『電気』

 赤は『火』や『熱気』

 緑は『風』や『植物』

 青は『水』や『冷気』

 紫は『毒』や『幻惑』

 と解説していく。


「そして珍しいのが白の魔力色ですね、魔女が1000人に1人しか生まれない特別だとしたら、白の魔力色を持つ魔女は中でも1000人に1人しか生まれない奇跡と言われているんですよ」


 ついゼクスは隣に座っているセラを見てしまう。自分がそれほど貴重レアな存在だと露ほどにも知らなかったセラは驚いていた。


「そんなに奇跡的とくべつな性質があるんですか?」

「まだ詳しくは調べられていないのですが、白は『再生』や『空間』といった性質を持つそうです。セラちゃんが手当すると傷の治りが早かったんですよね? おそらく『再生』の性質が強いんだと思います」


 魔女は幼い頃から不思議な現象に見舞われることが多々ある。

 セラの件も然り、トリスの場合は土を触っていると質が良くなったり、一般的には火に近づくと火力が増し、水に触れると澄んでいく……と自身が発する魔力が些細な現象を引き起こす。

 そうして自分と親和性の高い性質を見つけ出し、魔法として組み込むのが当たり前となっている。


「なら俺の黒は……?」


 当然の疑問だった。

 魔力には性質が宿っているというのが前提ならば、無論ゼクスの身の回りにも何かしら起きていないとおかしい。

 しかし、過去を振り返って特殊な現象に見舞われたか洗い流してみるも、やはり周囲に影響を及ぼしていた経験など皆無だった。


「思い当たる節がない……俺ってやっぱり魔女じゃないんじゃ……?」

「魔道具は確かに反応していましたよね、あれは使用者から魔力を吸い取って起動するものなんです」


 だから魔力そのものは在るはず、と続けて何か思いついたトリス。


「なら、魔力操作の訓練をしてみましょう! 性質はわからなくても魔力を操れれば実感できるはずですよ」


 魔法を使った時と同じように二人の前に立つと「見ててください」と身体の力を抜いて手をお腹あたりで固定させた。

 程なくして微かにだがトリスの身体の周りに淡い靄のような燐光が立ち込め、次第にはっきりとわかるくらい夕日色に発光し始める。

 焔のように揺れながら肉体から放たれる橙の輝きを纏ったトリスは幻想的な光に包まれていた。


「これは可視光粒プラーナといって高い密度の魔力を体外に放出した時に起きる現象なんですよ。普段は薄く出ている魔力を操作すればこういうことも可能です」


 トリスは煙のように漂う可視光粒を手に集束させて光の球を作った。

 この発光体こそが『魔法を使うにあたっての必要なエネルギー』を可視化したもので、魔法の原料となる。

 純粋な力の塊と呼ぶべきか、魔法を使う時にはトリスのように体外へ放出させる必要はないが、状態を維持すれば格段に肉体の強度が増し通常の刃などでは傷がつかない。

 凶悪なモンスターと戦う際には魔力は身を護る鎧となり、同時に攻撃へと変化する武器でもある。

 そのため魔力操作は必須技術であり、魔女にとっては鍛錬の甘さが命取りとなる。


「まずは身体の力を抜いて自分の内側に意識を向けてみてください。身体の奥で熱、人によっては圧力と感じるような力を感じませんか?」

「うぅん……」


 二人とも立ち上がって言われた通りにやってみていた。

 意識を深めると眠る前に自身の血流が巡っているのを感じ取るのと同じように、暖かく巡る魔力の波動を知覚する。

 血液とは違い、その流動は手や足を動かすのと同じで意識をすれば応えてくれる。

 しかし、どろどろの重い液体を混ぜ合わせている時のように鈍くしか動いてはくれない。

 根気良く揉み解していくと、体内でスムーズに巡りはじめ、やがてある程度従ってくれた。

 頃合いを見ていたトリスが邪魔をしない控えめな声で二人を促す。


「今度は染み渡った魔力を身体の外へ出してみてください。自分の肉体の一部という意識を持って、どんどん内側から掻き出すんです」


 すると淡い可視光粒が二人を包み始めた。

 トリス程ではない。だが確かな色味を捉えられる量の可視光粒がその身に宿っていた。

 自然に閉じてしまっていた目を開けて二人は驚く。


「これが魔力……?」


 意識が拡張していると表現すべきか、身体の感覚器官が一つ増えたような認識だ。

 まだまだ手足のように速やかに動かせはできないが、初めての経験で二人は舞い上がる。

 日に照った白煙を思わせるセラの魔力と、燻ぶり空を舞う黒煙を思わせるゼクスの魔力、二つを見比べながらゼクスの口から感想が零れる。


「セラはキレイだな」

「はぇ!? キ、キレイ!?」


 羨ましそうに見つめるゼクスにセラの魔力がぶわりと広がり、頬の熱を抑えるように顔を隠した。

 指の隙間から熱っぽい視線でゼクスの表情を確認していると、ゼクスが何気も無しに言い放った。


「ああ、魔力がな。俺も白い方が良かったなあ。黒い魔力ってなんか灰を被ってるみたいでなんだかなぁ……」

「むうぅ……」


 言った途端、セラの表情から赤みが引き、ぱちりと大きな瞳が下弦を描いてゼクスを睨む。

 セラは頬を膨らませて機嫌を悪くしたが、ゼクスは怒った理由を知る由もなかった。

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