忠告
「魔法学園に……?」
「そうだ、キミには例外が多すぎるのも事実だが、少なくとも魔道具はキミを魔女の資質アリと判断している。となればこれからキミは自身の力のことを学ばねばいけない」
前代未聞なのは重々承知だ。なにせ入学させようとしているセレスティア魔法学園は魔女しかいない、つまりは完全な女学園。
そんな場所に男を編入させようなど正気の沙汰ではない、のはわかっている。しかし何のバックアップもない特異な少年が安全な環境で過ごすにはあの学園しかないのだ。
入学させた子供が魔女であれば、権威と誇りに賭けて必ず守るだろう。そういう確信があった。
「周知の通り、これは魔女の義務だからな。強大な力を持つ者はそれを制御する責任がある。いくら例外だらけでもそこに変わりはないはずだ」
「なら、私とゼクスは一緒の学園に行けるってことですか!?」
こくりと頷くと、やったぁと顔を綻ばせるセラ。ここに来た時に見えていた曇りが晴れて太陽のような笑顔でゼクスに抱き着いた。
いきなりのことで「抱き着くな!」と困ったように引き剥がそうとするゼクスだが、どこか安心といった雰囲気だ。
「いいんですか? 中央に話を通さなくても」
喜んでいるところに水を差しては悪いとトリスは小声でリアンに確認を取った。
魔女教会の支部長ともなれば、中央教会に報告して決断を仰ぐのが筋だろう。しかし結果など見え透いている。どうせ引き渡せばその後の消息など知れたものではない。
私情を挟んでいるのは認めているが、かと言って非難される対応でもないはずだ。
「構わないさ、私はあくまで中央教会の定めた
屁理屈、完全な詭弁だ、とリアンは内心でわかっていた。
常々全て教科書通りが正しいとは思ってはいないが、この時ばかりは教科書に頼らせてもらう。
「私の頭は固いと思うか?」
「いいえ、私もこの方がいいと思います。二人を見ていると引き裂くのは胸が痛みますし」
見る限りセラはゼクスのことが好き、というか依存しているように見える。
彼女もまた白い魔力を持つ貴重な人材であるため、不用意に機嫌を損ねて魔女として機能しなくなっても困るのだ。
性格に難はあっても能力としては優秀なことは証明されている。それはセラの検査結果からもわかっていることだった。
「さて、支部長権限にて君たちの入学は決定事項だ、入学シーズンまで少しあるし、それまで二人には魔女の基礎知識を学んでもらう」
この時リアンはゼクスが書類段階で入学拒否を受けることは、まず考えていなかった。
魔女と判明した者は須らく魔法学校への入学義務が生ずるし、物好きな学園長のことである、十中八九で承諾する。そういった確信がリアンの中にはあった。
「そういえばゼクス君達は孤児院暮らしでしたよね。教会には魔女見習いを保護する決まりがあって、出来れば用意した部屋で編入の時まで過ごしてもらいたいんですけど……もちろん嫌なら戻ってくれても構いません」
余程その決まり事が重要なのか、ちゃんと3食お風呂付き着替え付きですよ、とダメ押しで付け加えるトリス。
ゼクスらに断る理由などない。孤児院には未練など全くなかった。
「本当にいいんですか? もちろん、お願いします」
「ではまずはお部屋に案内しますね」
トリスは扉を開けて退出を促したが、ゼクスだけは呼び止められた。
「書類作成に必要なことを聞かねばならないから、キミは居残りだ。すぐに済むからセラは先に行ってなさい」
多少不満そうに頬を膨らませたセラだが、さっき色々と質問を受けていたことを覚えているので、素直に従ってトリスと共に退出した。
残されたゼクスとリアンはソファに座ると早速作業に取り掛かった。
軽い質問ばかりでほんの5分程度しか経たずに用件が片付いた。
すると、リアンは質問していたときよりも真剣な表情で話し始めた。
「キミにはいくつか注意をしておこうと思う。これはキミ自身のために必要なことだ」
いきなり空気がピリつき、ゼクスも改まって姿勢を正した。
「まず一つ目は、学園では真面目に勉強しろ」
「え……?」
至極真っ当すぎる助言に素っ頓狂な声をあげてしまう。
そもそも学園は魔女の教育機関なのだから、勉強することは当たり前である。しかし、語り手の口調は単なる人生の失敗者からの教訓ではないことが容易に伝わった。
「先も言った通り、キミは特殊すぎる。だからこそ、魔女の普通である勉強は欠かすな。"特別"に傾くのか"異端"として評価されるかはキミの頑張り次第ということだ」
「なるほど……?」
正直、全体像の掴めない話である。だが、勉強しろという助言は至極正しいのでちゃんと守るようにしようと思うゼクス。
「二つ目は、結果を残せ」
勉強しろと繋がる部分はあるが、具体的な指示はない。それをちゃんと察しているリアンは続けた。
「キミは特殊すぎるが故に魔女としての才能、そして強さを誇示しなければいけない。何故だと思う?」
「えっと、イジメられるから……?」
「馬鹿者、そんな甘い話ではないぞ。もしも何の成果も上げないまま卒業したとしよう、そうしたらキミを付け狙う者が現れた時、助けてくれる人間は殆ど居ないと思え」
頭が混乱してしまう。噛み砕かれていない情報を喉に押し込まれている気分である。
ゼクスからすると正義や守護の象徴である魔女から「助けてくれる人間はいない」と聞くとは思うまい。
そもそもの話としてゼクスからすると付け狙われる謂れがない。だがリアンの瞳はそれを越えた何かを見つめていた。
「魔女教会が助けてくれるんじゃ……? リアンさんみたいに」
「私を頼ってくれるのは嬉しいが、魔女教会は一枚岩ではないんだ。派閥があったりと面倒でな、間違いなくキミのことをよく思わない人間が現れるだろう。それが私よりも上位の存在だった場合、私はキミを守ってやれない」
魔女の世界においては男とは戦闘価値のない守られるだけの存在という認識が蔓延っている。
男がいくら自衛のための武器や防具を編み出しても凶悪なモンスターの前では紙切れに等しく、結局は魔女の助けがなければ生きていくことができない。
リアンの言う『よく思わない人間』とは男を羽虫や家畜程度にしか思っていない魔女たちのことである。
彼女たちからすれば羽虫が力を振るって戦場をのさばっていたら、目障りとしか言いようがない。
モンスターのようにわかりやすい敵なら容易だったろうが、味方の中に紛れている敵という存在ほど厄介で、所属している組織の内部からつま弾きにされる可能性がある。
そんな事情などわかっていないがゼクスはとりあえず首肯する。
いよいよ話がどこに着陸するのか疑問だったが、それはすぐに解消してくれた。
「だが、キミが実績を積み上げて魔女として優秀なことを認めさせれば、それが権力となる。常に己の価値を示し続けることによってキミの名前には箔が付くんだ。魔女はそういったお飾りに弱いからな」
実際、魔女の世界には
これは働きに応じて魔女教会から授けられるもので、魔女の世界でも優劣が存在している。
魔女に限った話ではなくゼクスも日常的に体験していることだ。魔女という肩書には畏敬を示すが、肩書を伏せてただの女性と言われれば何も思うところはない。
「そして最後は、危機感を持て」
今までの忠告からか、水を飲むようにすんなり受け入れることができた。
むしろこのために長い前置きをしたと感じるくらいに、最後には重みがあった。
「キミが望む望まないに関わらず、既に状況に足を一歩踏み入れてしまった。酷だが魔女はいつまでも被害者ではいられない、力を与えられた責任のある人間になったんだ」
この国が国防のためと称して魔女に徴兵まがいなことをしているのは事実だ。それが彼女の呼ぶところの責任なのだろう。
「度々、魔女は神に与えられた不思議な力をもつ超人と贔屓されるが、誰一人として望んで手にした能力ではない。皆生まれながらにして授けられて、そのついでに責任も押し付けられる」
どこか自嘲気味に目を伏せた。
魔女から生まれた娘は高い確率で魔女である。おそらくその呪縛の被害者なのだろうか、ゼクスはリアンという人間の過去をほんの一部だけ垣間見た気がした。
「だから自分は当事者なんだぞ、という意識を強く持て。まあ、これは学園でも口酸っぱく言われることだがな」
重かった空気を蹴り飛ばす様に笑い脱力してソファの背もたれに倒れ込むリアン。
もう忠告すべきことは終わったようで、その後呼び出されたトリスに連れられ、部屋を出た。
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