提案

「私は自分の目で見たものしか信じないたちでな、付き合わせてしまって悪いな」


 リアンは真意を隠したように笑った顔を作っていた。幽霊を見たと言う人間と同じ、可愛い部下の勘違いを正すために行動している風で、本気で信じている様子ではない。

 流れるようにセラも付いてきていたが咎めることはなく、むしろ勘違いの証人として許しているのだろう。


「ゼクスも魔女なの……? あ、でもゼクスは男だから魔男?になるのかな。ふふっなんか変だね」

「まだ決まったわけじゃないんだぞ」


 一人で寂しかったのか、ゼクスが魔女である一縷の可能性を信じているのか、どちらかは不明だがセラは少し上機嫌だ。

 トリスは子供達の様子を眺めて懐かしむようにくすくすと笑っていた。


 再び魔道具が飾られている祭壇に戻ってくると、リアンはまず魔道具の具合を調べ始めた。


「これは魔女の持つ魔力色クロマを反映しその総量を計る魔道具でな。通常は黄、赤、橙、緑、青、紫、白の7色の魔力に反応する。私の場合だと」


 と、魔道具に触れて実践するリアン。すると魔道具が新緑に輝き辺りを爽やかに照らす。


「魔女が触るとこのように光るんだ。私も男が触っているところを見たことがあるが輝きはしなかった」


 言葉の端々からは未だ信じていないのが見受けられる。

 魔道具には問題が認められなかったようで、よし、と場所を開けた。


「ではやってみてくれ」


 少し緊張しながら促されるままにゼクスは魔道具に手を伸ばす。

 指先がくっつくと、最初と同じように黒い靄が魔石の中を駆けて、すぐさま真っ黒に染まった。


「……っ!? これは……!?」


 派手に驚きはしないものの理解不能な事態が起きて困惑しているのは明らかだった。

 リアンも組んでいた腕を解き損ねて途中で固まっている。


「すごいよゼクス!」


 セラがまるで己のことのように喜びながら覗き込んだ。普通は自分に魔女の素質があったときにその反応をするべきなんだけどな、と微妙な心境になるがゼクスはそれを口出来はしない。

 ゼクス本人も手放しに喜んでいなかったからだ。


 嘘ではない。


 不思議と嬉しい気持ちなど湧かなかった。それもそのはず、理屈セオリー通りなら歓喜に満ち溢れていただろうが、目の前で鈍く光るのは理外の事実。

 この場において誰よりも困惑していたのはゼクス自身だった。


「ゼクス、と言ったか。キミは今の事象これについて何か知っていたのか?」

「俺が聞きたいくらいです。魔道具に触ったのなんて今日が初めてです」


 育った孤児院では魔道具なんて高価なものはなく、持っているのは魔女か貴族くらいなものである。

 魔道具に必要な魔石など当然のことながら触れたことすらなかった。


「俺は魔女なんですか?」

「わからない、だが、この魔道具は魔力に反応して使用者の魔力色を映し出す。そして魔力を持つ人間は女に限られ、魔力色は7色しか存在しない」


 どちらか一つだけの要素だったのならば特異性で片付けられたが、二つが混ざったことによってそれは異常性へと昇華した。

 聡いリアンはさっきまで白の巫女セラが入ってきたと内心舞い上がっていたが、打って変わって厄介なものを引き入れてしまったと頭を抱えたくなった。


 正直、男で魔力を持つという一つだけでも手に余る問題なのだ。


 賢く生きるなら隠蔽すべきだろう、とリアンは内心で思っていた。

 これは魔女にとってはあってはならない事実だ、と。


 男が魔力を持ってしまうと問題になることは、いくつかある。


 まずこれが前例モデルケースとなれば、男の魔力についての研究が進み、男女平等に魔法を扱えて社会的な発展を遂げる未来だって夢ではない。

 しかしそれに付随して魔女の権威の喪失へ繋がる可能性も憂慮すべき問題だ。


 まあ、男にして魔女これが一過性の病気のようなものだとしたら、全て皮算用に終わるだろうが。


 だが直近で起こり得そうな問題は、知られればゼクスに価値がついてしまうことだ。

 それも尊い一生命の人権を無視してまでも手に入れるほどの価値が。


 国の研究者からすればこれほど楽しいオモチャもない。徹底的に調べ上げて、死んでも生命の神秘を解き明かすことに腐心するはずだ。

 また、珍しいものを欲しがる人間というのは山ほどにいる。中には魔女だって含まれるだろう。


「ゼクスは私と同じ魔女です! 確かに男の子で皆と違う色を持っているかもしれないけど、魔力はあるって魔道具が証明しました!」


 セラが珍しく声を張り上げて叫んだ。

 理由は単純、ゼクスと一緒にいたい彼女からすれば、同じ立場になるチャンスを逃すはずもない。同じ権利を有すれば環境が変わっても離れることは避けられる。

 リアンの思考など露に程にも知らない彼女は、純粋に期待として事実を受け入れた。


「魔女ならゼクスと一緒に居られる、そうですよね?」

「それは……」


 幼い瞳がリアンの心に訴えかける。


 もしも。


 清く生きるなら大人としてこの小さな子供達を守ってやるべきだろう。


 関係性を知らなかったとはいえ、二人を引き離そうとしていた人間が何を今更と笑われるかもしれない。

 魔女と平民という関係に守ってやれる手段などない。

 だが、魔女と魔女なら話は別である。


 リアンは一つだけ抜け道を見つけていた。


「一緒に居られる方法なら、一つある」


 すぅっと息を飲み、自分の決断に間違いがないか確認して考えを発した。


「ゼクス、キミも魔法学園に入学しなさい」

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