偶然
セラが連れて行かれてからは魔女教会の中は大わらわとなり、魔道具の置いてあった祭壇部屋にゼクスは取り残されていた。
帰った方がいいのだろうが、セラとちゃんとした挨拶をしていないので帰るに帰れないのだ。
人見知りのセラのことだから緊張して固まっているだろうし、魔女として褒めてやり緊張を解いてから送り出してやらないと。
奥へ連れていかれたセラを戻るのを待ちながら、暇つぶしにゼクスは祭壇部屋を見回した。
台地に祀られた魔道具は卵のような形をしており、仄かに白かった魔石が今では無職透明へと戻っている。
「やっぱりセラは魔女だったんだな……」
わかっていたことだが、胸に穴が開いたように空虚が押し寄せてくる。
魔女になれば一生会えないことはないにしろ、長い間は会うことが叶わない。
「男にも魔力があったらな」
過去途方もない実験の結果、男には魔力がなかったことは既に判明済みだ。
子供が産めないのと同じで、身体の仕組みがそうなっているんだろう。
この魔道具も魔女を検知するものだろうから、触れたところで反応するはずはない。
結果は何も起こらない――はずだった。
ドクリ、指先が触れた瞬間に身体の奥底から熱を奪われて脱力してしまう感覚に襲われる。
「え……っ!?」
すると魔石に接している指先から液体が染み出すように、透明だった内部が黒く染まっていく。セラの時とは違う反応に身体が強張る。
水の中に真っ黒な墨をぶち込んだみたいに一気に魔石の色が曇り、その比率が逆転してやがて完全な黒へと変化した。
「なんだこれ……」
すると、後ろの扉から魔女の一人が入ってきた。その様子を見ていて入ってきたわけではない、ほんの偶然だった。
「付き添いの男の子~セラちゃんって――っ!? キミ、それは一体…!?」
真っ先に考えたのは魔道具を破損させたのではないかという後悔だった。そもそも魔女の扱う器材に許可もなく触れていいわけもない。
その声に驚いて素早く手を離したが、すぐには元の無色透明には戻らなかった。
小走りでメガネをかけた職員が駆け寄ってきて、魔道具と触れているゼクスの間を何度も往復する。
今度は自らも魔道具に触れて何かを確かめて、やがて数秒固まった。
「そんな、まさか……さっきの、キミがやったの?」
ずれてしまったメガネをカチャリと掛けなおして改まって確認された。
その様子から察するにどうやら一大事らしい、セラの時とは違った焦燥の一大事。
魔道具は貴族や大商人くらいしか買えないほどに高価らしい、不幸なことにゼクスの前にあるのは造形も丁寧な意匠が施された特別製の魔道具に見える、きっと聞いたこともない桁の金額なのだろう。平民、しかも孤児院育ちの少年が払えるわけがない。
「す、すいません……」
「こんなこと今まで……! ちょっと来て!」
まずいことをして、怒られるのではないかとビクビクしていると、真剣な表情の職員に手を掴まれ引っ張られる。
案内されたのは応接室だろうか、部屋の中央にあるソファにはセラを連れて行った魔女とその対面には連れていかれた本人がいた。
「リアン支部長! 大変です、この子……!」
「慌ただしいなトリス。魔女たる者、落ち着きをもって堂々と、いつも言っているだろう」
リアンと呼ばれた女性は真ん中で分けた暗い緑の髪に鋭さのある切れ長な琥珀色の瞳、冷静さを保ったカッコいい雰囲気のある人だった。
部屋に案内したトリスと呼ばれた魔女はリアンの前に躍り出て、熱も冷めやらぬという勢いで口を開いた。
「この子、魔力があります!」
「「は……?」」
二人の声が同時に響いた。ゼクスとリアンのものだ。
ゼクスは「この子、大切な魔道具を壊しました!」と報告されるかと思い、リアンはまさか冗談を言われるなど想像していなかった。
「ゼクス、どういうこと……?」
「……俺もわからん」
振り向いて小声で話すセラにあるがままを話そうとすると、やや興奮気味のトリスが説明を始めた。
「あの少年が魔力を注いでいたんです。魔石が反応して黒く光っていました。こんなこと今まで見たことがありません」
「黒の魔力……? そんなの聞いたことがないが……魔道具の故障じゃないのか?」
「確かめましたが、魔道具は正常に動いていました」
それを聞いていたリアンが目を見張ってゼクスへ向いた。訝しんでいるという顔だ。
「トリスが冗談を言うとは信じがたい……確認してみよう」
仕方ないと立ち上がり、その場に居た者全員に付いてこいと目くばせした。
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